第91話 赤く染まる3

Side 五丈朝里


 あの後、運ばれた料理に碌に手を付けることもなく解散となった。直人の様子は尋常ではなかった。よく霊は錯覚だと言われる。人間の思い込み、錯覚によっていないはずの存在があたかもいるように感じてしまうという事だそうだ。俺自身霊という存在は信じているという訳でもないし信じていないという訳でもない。心のどこかでいるかもしれないと思いつつもいないだろうと否定している自分もいる。

 だが、友人である直人のあの様子を見るにこれは気のせいという一言で片づけて良いのだろうかと思った。手で視線を塞ぎ、出来るだけ余計なものを見ないように地面だけを見ながら歩いて帰る直人の姿を見て俺は何か出来ないかと思いつつも開きかけた手を握りしめ帰路に就いた。



 それから数日後――――直人の訃報が届いた。



 死因は自殺だったそうだ。自宅の鏡を全て割り、という事だ。

 死因が死因であるため家族葬という形になり俺は落ち着いた後に線香をあげるために直人の家を訪ねた。

第一発見者である直人の妻は酷く憔悴しており以前会った時から別人のように見えた。まぁ無理もない。


 立ち込める線香の煙を身にまといながら笑っている直人の遺影を見る。黒い額縁の中で笑っている直人の顔はいつも自慢話をよくする直人の顔だ。


「散々これからだって自慢してたくせに、何死んでんだよ……」


 自然と言葉が零れる。思えば中学からの腐れ縁だった。そんな友人が亡くなったと連絡があった時、涙も出なかった自分が酷く冷たいなと思っていたけどそうじゃなかった。実感がなかったんだ。直人が死んだなんて……。確かに最後にあった時様子がおかしかったがそれでも自殺するなんて夢にも思わなかった。だからこうして遺影を目の前にしてようやく直人の死を実感した。


 合わせた手を戻し頬に伝う水滴を拭い立ち上がる。直人とは親交はあったが妻の晴美さんとは面識程度しかない。それでも随分とやつれているのは一目でわかる。


「この度はお悔やみ申し上げます」


 そういって晴美さんの前に座り改めてそう言った。


「――いえ、主人のためにわざわざありがとうございます」

「直人は……」


 そう言いかけて俺は出かかった言葉を飲み込んだ。こんな状況で直人が死ぬ直前どんな様子だったのか聞くなんて出来やしない。自殺にしてもかなり異質な死に方をしているんだ。恐らく警察にも色々聞かれているに違いない。晴美さんもそうとうショックな光景だったはず。思い出させるような事は避けた方がいいか。

 気まずい沈黙の後に俺は頭をもう一度だけ下げ直人の家を出る途中二人組の人物が玄関にいた。スーツに黒いネクタイ、革靴まで履いたどう見ての営業マンのような恰好。すれ違いざまに頭を下げ通り過ぎる。


「――あの」


 思わず声をかけてしまっていた。俺の声を聞き玄関の前の呼び鈴の前で立ち止まる二人の男性。そのうちの一人が振り返り俺の方に向いた。


「はい。なんでしょうか」

「いきなり申し訳ない。お二人はどこかの営業の方ですか? この家はつい先日不幸があったばかりです。できれば営業は後日にしていただけませんか?」


 俺はあえて見当違いの事を言った。この二人の恰好を見れば喪服だという事はよくわかる。直人の訃報を知っているのだろう。葬儀社関係とは思いにくい。既に火葬まで終わっているのだ。であれば病院関係だろうか。俺は少しでも直人の死の真相が知りたい気持ちが強い。だから何でもいいこの人たちと会話をするためのフックが欲しかった。


「ああ、誤解です。我々も伊東直人様の訃報を聞きお線香を上げに来たんですよ。もしやご友人の方ですか?」

「そうでしたか、大変失礼しました。私は故人の友人の五丈と申します。お二人は病院関係の方ですか」


 俺がそういうと二人は顔を見合わせまたこちらを見た。


「いえ私たちは金沢不動産の者です。伊東様のご不幸があった直後ですがどうしても奥様とお話をしないといけない事がありましたので伺いました。それでは失礼します」


 不動産。つまりあの事故物件を所有していた例の不動産か!


「もしかしてあの直人の言っていた心霊現象のことも知っているんですか!?」


 俺がそういうと二人は目を見開き驚愕した様子になった。


「――誰から聞いたんだい? いや伊東様から聞いたのかな」


 声のトーンが一つ落ちたのが分かった。気のせいか目も座っているように見える。金沢不動産の人間が一人こちらに近づいてきた。


「どこまで聞いたのか分からないけど、口外はしないようにお願いできませんか」

「……まさかそれが原因で?」


 そう問いを投げた声が掠れている。無言の圧力のためか目の前の二人がただの営業マンから恐怖の対象に切り替わってしまいそうになる。


「ここで話すような事ではありません。もしどうしても何か聞きたい事があるならこちらに来て下さい」


 そういうと名刺を一枚取り出しこちらに渡してきた。どうやら何の変哲もない名刺のようだがここに行けば何か話を聞いてくれるのか?


「先ほども言いましたが悪戯に変な噂を流さないように。お互いいい事なんてありませんからね。では失礼」


 今度こそ話は終わりだと言わんばかりに踵を返し呼び鈴を鳴らした。俺はそれを見て手の中の名刺を握りしてその場を後にした。






 それから数日後、俺が入っているとあるグループラインに一つの写真がアップされた。




 







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