第82話 虚空に願いを4

 梅海町。何の変哲もない普通の町だ。苦手な新幹線に乗り、その後電車に乗り換え、たどり着いたのだが、見渡す限り建物はほとんどなく、田畑などがあるのどかな町だった。いつもいる都心の方はどこにいても車の音や人々の雑踏などであふれかえっていたが、ここは非常に静かで落ち着いていると思う。


「こういう自然が多い場所に来ると、昔を思い出すね」


 そう独り言を言いながらポッキーを口に咥え、手元のスマホを見る。鏑木から送られた資料に目を通し、実際の現場へ足を運んでみる事にした。

 久しぶりに感じる木々と土の匂いを懐かしみながら人気のない道を歩いていく。一応駅の周辺にはまだそれなりに建物もあり、商店街もあるようだが、ほんの少し進むと周りは田んぼや畑しかないようだ。よく見れば農業に勤しんでいる高齢の方なんかを見かける。だが、しばらく歩いたが特にこれといって若い人はあまり見ない。どうやらこの世界の若者も俺がいた世界同様に農業などよりも何か一旗揚げる夢を見ているのだろう。まぁ気持ちは分かるけどね。

 しばらく歩き、自動販売機の前で止まる。資料によればここが最初の犠牲者が出た現場の近くのようだ。確かここから数十メートル先の道で殺害されたという事だ。しかし特に周囲に霊の気配は感じない。周囲を確認するが電柱が等間隔で並んでいるくらいで周囲は僅かな建物と後は田んぼしかない。人影がないことも確認し、俺は魔力を放出した。


 俺を中心に僅かに空気が歪み、それが放射状に周囲へ広がっていく。だが、何の反応も感じない。少なくともここにはいないとみるべきか。今までの事件はすべて夜だと考えると昼に発見するのはそれなりに困難とみるべきかな。




「さて、次がここ最近出た所ではあるけど……」


 その後教えてもらった場所を回ったがこれといった手がかりはない。今俺が向かっている場所が一番最近起きた事件の場所であり、以前写真でも見せて貰った商店街の路地裏だ。歩いて回ったためか既に日は落ち始めている。


「ん? 雨か」


 ポツポツと空より雫が落ち始め、次第に本格的に雨となり俺の身体を濡らしていく。


「……はぁ、傘でも買うか、ついでに何かお菓子でも――」


 目的の場所までもう目の前まで来ているが流石にこれは本降りになりそうだし、傘を買おうと周囲を見渡すが、どこにもコンビニがない事を思い知った。


「ありゃ……ま、仕方ないか」


 幸い商店街も近い場所だからそこで雨宿りすればいいだろうと考え、まずは最初の目的であった路地裏の現場に行く。スマホに送られた住所をスマホアプリで打ち込んだ場所に行き俺は考えた。


 あぁこれか。


 間違いない。霊の残滓がわずかに残っている。これで捜索が一気にやりやすくなった。後はこの梅海町全体を覆うように薄く魔力を満たし、この残滓と同じ気配を感じたらすぐそこまで移動すればいいだけだ。とはいえあまり強い魔力で辺りを覆ってしまうとまったく別の霊まで刺激してしまう可能性もあるので、薄く、薄く風のように、ゆっくりと魔力を放出させていく。

 この調子でいけば1時間もかからないで町を覆う事は出来そうだ。さて、雨宿りでもしながらチョコボールでも――あぁ早速か。一瞬で周囲を確認し、俺は迷彩魔法を使用して跳躍した。俺がいた場所から約3km先に先ほど感じた霊の残滓と同じ気配が出現している。



 空中に魔力の足場を作りそれを踏み、さらに跳躍をする。空気を切り裂く弾丸のような速さで目的の場所まで移動する。

あの霊が現れたのが俺の魔力を感知して出現したのか、それとも新しい獲物を見つけたかのどちらかだ。多少強引でも急ぐ必要がある。遠くから強い力を確認した。そしてその近くに人がいる事も、だ。


「着地を考えてる暇はないなッ!」


 黒い人の形をした何かが尻餅をついた男性の前に立っている。座り込んだ男性は腰が抜けたのか動くことが出来ないのだろう。そしてあの黒い霊が腕を振り上げた瞬間。何ももっていなかった手に細く鋭い刃のようなものが出現した。

 それを見て俺はすぐさま座り込んだ男に結界魔法を使い守護を試み、そのままの速度を維持した状態でその霊に蹴りを入れた。


 まるで爆発が起きたかのように空気が爆ぜ、隕石が落ちたかのように地面は陥没した。幸い近くにいた男性は俺が張った結界の力で無傷だ。


「あ、あ……な、なにが……」


 俺はしゃがんで男性と目線を合わせて肩に手を置いた。


「落ち着いて。ここは危険だ。変質者がいるからね。すぐにこの場を離れて家に帰りなさい。いいね?」

「え? いや、さっきのあれは……何が……」


 よほど怖かったのだろう。かなり震えている。しかしこれでは自力で逃げるのは困難か。どうしたもんかと思案した瞬間にすぐに立ち上がり、身体を回転させ回し蹴りを後ろに放つ。


 俺の足に当たった黒い刃。だが、この程度の力では魔力を纏った俺の肌はおろか服を切り裂く事だって出来やしない。上げた足をそのまま刃を踏むように下ろし、叩き折る。そのまま前に体重を移動させ、目の前の黒い霊の身体に魔力を籠めた拳を叩きこんだ。

 俺の拳を受けた霊はそのまま近くの竹やぶの方へ数mほど吹き飛び、竹を数本折りながら地面に倒れた。先ほどの蹴りの時も思ったが、今の攻撃で確信した。この霊は実体がある。しかも、最初の蹴りの手ごたえから考えると間違いなくあの霊の身体は爆散したかのように粉々になったはず。だが、すぐにあの黒い実体が生まれ復活した。そしてさっきの拳での一撃。あれはオークレベルなら一撃で屠れる強さだった。だというのにこの霊はまだ消えていない。


 雨は完全に本降りになった。濡れた髪をかき上げ、滑った土の上を歩き、霊の元へ行く。このまま距離を離せばあの男性は助かるだろう。ゆっくりと歩き近づいてくとあの黒い霊は刃を地面に突き立て、ゆっくりと立ち上がる所だった。


「“光の棘フラッシュ・ニードル”」


 指パッチンをして、俺の身体から閃光が走る。それを浴びた黒い霊に俺の魔力が宿った光子から幾重もの光輝く棘が黒い霊から生えてきたかのように出現。そのまま身体を覆って行き、消滅したのを確認した。――その時、背後から刺すような鋭い殺気を感じた。


「ッ!」


 反射的に俺は上半身を反らせその攻撃を躱した。すぐ近くの竹が複数切り裂かれ倒れる気配を感じる。さらにもう一撃。こちらに迫る攻撃を俺は手で受け止めた。


「――やるじゃないか。これほどの殺気を感じたのはこの世界で初めてだぞ」


 すぐ目の前にいる先ほど消滅させた黒い霊。こうして近くでしっかりと視界に収めるとその異様さがよくわかる。この霊はまるで闇で塗りつぶされたかのように全身が黒い。光沢もなく、すべての光を吸収した闇のように、その場所だけ穴が開いたかのように、ただ黒いのだ。そしてここ最近遭遇するタイプと同様に消滅させても祓えない。恐らくこれは伝承霊と同じだ。感じる気配は随分と毛色が違うようだが、この霊の源となる依り代がどこかにあるという事なんだろう。後ろで糸を引いてる奴は一緒なのか? 一度、区座里の事を調べた方がいいな。後継者か同僚でもいるんじゃないだろうか。


「■■■■ッ!!」


 音になっていないが、目の前の黒い霊は何かを話しているようだ。ゆっくりと手を前に出し、その黒刃を俺の方へ向ける。


「なんだ? 俺に挑むつもりか? ――いいよ、どこに目があるか分からないけど、そうやって真っ直ぐに俺を見る奴の相手は絶対にするようにしているんだ。受けてやろう」


 どういうつもりは分からない。だが、この黒い霊の殺気を思い出す。まさか霊が殺気を出して殺しに来るとはな。だが、その殺気の根源となる底知れぬ怒りのような感情を感じる。この霊が何に怒りを感じているのか。この戦いを通じて分かればいいんだが。

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