第72話 人を呪わば11

「大胡さん、今日の紬さんの予定は?」

『今日はオフの日です。ただ、いつも午前中はご実家に行ってると聞いています』


 実家。例の父親に会いに行っているという事か。

鞄からポッキーを取り出し口に運ぶ。

今日は水曜日、恐らく呪いが紬を襲う日だ。いつ襲うか不明のため本来であれば付きっ切りで護衛をしたかったのだが、今は反省しても仕方がない。やるべきことをやるとしよう。

問題は紬の位置が現在不明って所だろう。探索するために何か魔力が付与された物を渡しておくべきだったんだが、それも出来ていない。はぁ仕方ないな。



「紬さんのご実家の場所を教えて下さい。今からそちらに向かいます」

『え? で、ですが……いえ、わかりました。メールでお送りします』

「安心して下さい。いきなり姿を現したりしませんよ」

『……申し訳ありません。今は刺激しない方がいいかと思うので、よろしくお願いします』



 大胡との通話を切り、そのままポッキーを口にくわえ、俺は周囲を見渡した。

俺が今いる場所はとあるビルの屋上だ。本来は鍵が締まって閉鎖しているのだが、そこは魔法を使って昇って来た感じだ。

監視カメラがないことも事前に確認しているし、あとは大胡から連絡が来た場所へ姿を隠して移動する。

屋上で風を感じつつ大胡から送られてきたメールの住所を確認する。

そのままスマホを使いマップアプリを立ち上げ、貰った住所を張り付けた。



「あっちか。ここからそんなに離れていないし、すぐに移動しよう」


 姿を消して屋上から別の建物の屋上へ向けて跳躍する。

身体に風が当たる感覚を感じながら、マップが示す場所へ急ぎ移動を行った。

転移の魔法は自分がマーキングした場所でないと移動が出来ないのが難点だが、この分なら10分も掛からず到着できるだろう。

そう考え、建物の屋上の床を、柵を、たまに壁なんかを蹴って目的地に到着した。



「……これは――」



 スマホのマップをもう一度確認する。

間違いない、目の前の家が紬の実家なのだろう。

一見普通の家だった。他の住宅と大きく変わりはなく、特別大きいわけでもないし、小さいわけでもない。

一般的な家。だというのにこの家から感じる気配はまるで出来たばかりの迷宮のようだ。

どう考えても異様だ。気配がまともじゃない。

色々な力の気配が織り交じり、重なり合い、溶け合っている。そんな印象を感じる。

どうしたもんかな。ってあれは――。



 僅かな気配を感じ俺は上を見た。



「……ありゃ、あの時の霊。いや、


 間違いない。これで3度目の遭遇になる。それが――紬の家から出てきたという事実。

懐からチョコボールが入ったケースを取り出し、2,3個ほど口の中に放り込む。

生霊の存在、気配が薄い妙な呪いの残滓、週に1度だけ狙われる紬、妙な力の気配が入り混じる紬の実家、そして強くなっていく呪いの被害。

俺は一度跳躍し、紬の家の屋根に上る。

そのまま手を屋根に置き、家の中に俺自身の魔力を流し込んだ。



「これは――そういう事なのか?」


 水道から捻った水のように垂れ流しにした俺の魔力を弾くような力を感じた。

それにもう一つ、

そこから先ほどまでの疑問点を含め、この事実を考えれる。そこから導き出される答えは……。



「どっちにしろ、大馬鹿野郎だな」


 この呪いは祓えない。いや、

どちらにしろ、事実を確認する必要がある。

今は生霊の正体が分かったということが重要だ。

ある程度全容が見えてきたが、またわからないことも多くある。



 さて、現状では紬の現在地を知るすべがない。

それにこの家にいる人間の気配は恐らく紬のものではないだろう。

だが、俺の考えが間違いなければ、この生霊の後を付けていけばその先に紬がいるはずだ。




 そうして空中を飛んでいる生霊の僅かな気配を辿り移動を開始した。

住宅街を抜け、交通量の多い道路の上を飛ぶようになり、そして――。




 ――いた。




 信号機がない長い道路の上。

恐らくここが高速道路という場所なのだろう。

あの生霊の後を付けていき今にも大事故が起きそうな車を発見した。

間違いない、あの中に紬がいる。

だが、このままでは、紬以外にも恐らく運転していると思われる人間も巻き込まれてしまう。

魔力を指先に籠め腕を振るい、タクシーのボディにある屋根部分を切断し、そのまま消滅させる。

魔法で衝突自体を防げないかと考えたが、時間が無さすぎる上、下手に車だけ止めても中の人間が無事とは思えなかったため却下した。

車の座席部分に足を乗せ、中を見ると、パニックになっている運転手と手を合わせ必死に祈っている紬の姿があった。

どうやら何とか間に合ったようだ。



「神様、どうか……助けて」





「神様じゃなくて済まないが、遅くなった」


 そんな軽口を言って俺はすぐに運転手と紬を抱え、その場から脱出した。

車が通らない場所を選び、そこに着地。そして二人を置いて残りの運転手を救出するために更に行動を開始する。

魔法を使い、まずタクシーを拘束した。このまま2台が正面衝突した際に、どの程度被害が出るか想像できない。

そして既に2台の車の距離はもう数mもない状態だ。

そのため少しでも衝突する時間を稼ぐために無人になったタクシーを強制的に動きを止め、停止させた。

一瞬、タクシーを魔法で消滅させる方法も考えたが、この場合、事故後の警察の調査などで厄介な事になる可能性があるためその考えはすぐにやめた。

タクシーの運転手がいるのに、車だけ消えたなんて流石におかしすぎるだろうからだ。

まずは魔法を使いこちらに迫ってくるダンプカーのタイヤをすべてパンクさせ、これ以上暴走しないようにする。

そのまま俺はダンプカーに飛びつき、フロントガラスに手を触れ、さらに魔力を流しフロントガラスに光魔法で包みすべて消滅させる。

そしてハンドルに突っ伏している男を引きずりだし、そのまま抱えた跳躍。

俺は空中でタクシーとダンプカーが衝突した瞬間、その2台を更に拘束魔法を使ってその2台の動きを止めた。

そのまま衝突後に2台の車両がそれ以上移動しないための処置だ。

さらに結界魔法を使い、紬たちの周囲を覆う。

これならあの二人に衝突した際の車の欠片などが当たる事はないだろう。


「よし、俺たちは一旦ここから離れよう。まだ終わってない可能性がある」

「え!? どこに行ってたんですか! っていうか今のどうやって――」

「そういうのはあとだ。また他の人を巻き込む可能性がある。……すみません、この人を病院にお願いします」


 俺は担いでいたダンプカーに乗っていた男性をタクシーを運転していた人に預け俺は紬を担いで更にその場を跳躍し高速道路から急いで離れた。もちろん、その際に姿を隠すことも忘れてはいない。

近くのビルの屋上へ着地し、そこで紬を下した。その瞬間、紬から怒涛の質問攻めにあった。

どうやってあそこに来たのか。

タクシーの屋根部分が消えていたのも俺の仕業なのか。

人間二人を抱えてあんなにジャンプできるわけがない。

どうやって高速道路からこのビルの屋上へ来たのか。



「これが霊能力だ」

「嘘つかないでよ! そんなわけないでしょ! いくら何でもあんなスーパーマンみたいな事出来るわけないじゃないの」

「大丈夫、全部霊能力のお陰だ。信じろ」

「信じられるわけないでしょぉおがぁああ!!! はぁはぁ……その――」


 ひとしきり叫んだあと、紬は一瞬俺の目を見て、すぐに視線を逸らす。


「助けてくれて。ありがとう」

「そういう依頼だからね。お礼は大胡さんに言ってくれ」

「……ねぇ。私って本当に呪われてるの?」


 その質問に対する答えを俺は躊躇した。

だが、紬は知る必要がある。この一連の事件の真相を。


「そうだね。紬さんが呪われているのは間違いない。ただ――普通の呪いとは少し違う。今日はこのまま近くのホテルへ移動して宿泊しよう。念のため俺は隣の部屋を取って控えておくから安心して。今日はそこで籠城しようか」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

「なんだい?」

「霊能者かどうかは置いておいて、貴方が只者じゃないのは理解したわ。なら、その呪いって奴をあなたの方でどうにか出来ないの?」


 やっぱりそういう質問がくるよな。

仕方ない、嘘も方便ってね。


「そうだね。この呪いは普通の呪いじゃない。君自身を呪っているのではなく、紬さんに害を与えるように周囲の事象を歪めているんだ。だから祓っても新しい呪いが君を襲う可能性がゼロじゃないんだ。だから、この呪いの襲撃が終わるまで一度籠城しよう。安心してくれ。俺が君を守ってあげるから」

「ッ!! そ、そう。なんだか納得できないけど、わかったわ、でも私明日大事な仕事があるのよ」

「ふうん。場所は?」

「ここよ」


 そういうとスマホで地図を表示して見せてきた。

まぁそれだけ見てもさっぱりなので自分のスマホで住所を見てアプリに打ち込みをする。

なるほど、まだここから離れている場所のようだ。

今の現状では交通機関を使うのは悪手だろうし、仕方ないな。


「ならすぐに移動しよう。ここにいても仕方ないからね。とりあえず寝ていてくれ」

「は? ちょ、ちょっと――」


 指で軽く当てるように紬の頭を揺らし気絶させる。

起きていると運ぶとき面倒だし、気絶してもらった方が大分楽だ。

俺は肩に紬を担ぎ、姿を消して目標の場所まで移動を開始した。





「おい、起きろ。おーい」

「え、ちょっと待って。ここ、どこよ」


 少しおぼつか無い様子だが、ようやく目を覚ましたようだ。

紬が予約していたホテルはかなり高級なホテルのようで、随分大きなホテルで驚いた。

ロビーも随分広く、俺が最初に泊まったあのホテルとは大違いだと思う。

ちなみに紬はロビーの端にあるソファーに寝かせていた。



「は? ここどこ?」

「紬さんが宿泊予定だったホテルのロビーだ。とりあえず受付を済ませてしまおう」

「ちょ、ちょっと待って! さっきまでどこかのビルの屋上にいたわよね!? しかも外も暗いし、今何時よ!?」


 時間は19時だ。このホテルに着いたのは16時頃なんだが、紬が目が覚めるまでロビーのソファーをずっと借りていた。

そのまま目が覚めるのを待っていたのだが、流石にホテルの従業員の目も痛くなってきたので仕方なく起こしたという感じた。


「気にするな。あとあんまり大声を出さない方がいい。目立つぞ?」

「あぁもぉおお。なんなのよ!」


 喚く紬を連れてホテルにチェックインをする。

ちなみに俺は普通に受付を済ませ宿泊した。

何とか紬の隣の部屋を確保できたことにほっとして、俺たちはホテルの中へ移動する。

出来れば紬を気絶させている間に、治療もしてしまおうかと考えたのが俺の治癒魔法では一度水をぶっかける必要があるため治療はしていない感じだ。

流石に寝ている女性を水浸しにしようとは思わないさ。



「なんだかまだ混乱しているわ。まだ早いけど、とりあえず寝るわね」

「ああ。何かあれば連絡してくれ」


 ホテルの廊下で紬はそういって部屋の中に入っていった。

まぁ無理もない。強引に運んだ俺がいうのもおかしな話だが、疲れているのは本当だろう。

一応守りの意味を込めて俺の魔力で紬の身体を覆っている。

これなら俺が近くにいる限り問題はないはずだ。


「とりあえず俺も部屋に移動して――ッ!」


 そういって自分の部屋に移動しようと思った瞬間。

廊下の電気が一斉に落ちた。

ただ照明が落ちただけではない、明らかにおかしいと思えるほどに廊下は闇に包まれている。




 タン、タン、タン



 何か音が聞こえる。

音が方がする方へ顔を向ける。



 タン、タン、タン




 ボールのようなものをまるで毬のように跳ねさせている人影が徐々に見えてきた。

大きさは子供くらいのようだ。


「ネェ。アソボーヨ」

「はぁ……面倒だな」




 この呪いは祓えない。

祓ったら呪いは術者に帰る。そう――

あの生霊は紬の父親のもので間違いない。

一度家に魔力を流した時になぜか俺の魔力の残滓が出てきた。

あれは撮影スタジオで生霊を祓った際に、その魔力が父親の元に残滓として残っていたのだろう。そこから導き出した答えだ。

生霊は紬の父親のものであり、その生霊が紬に呪いを運んでいる、と。

だが、最初に生霊を見たのは火曜日だった。だが呪いは水曜日だけ。

恐らく何か理由があるはずだ。まだ俺が知らない真実が。



ーーーー

仕事がまた忙しくなり更新が遅くなってしまいました。

申し訳りません。

こちらのエピソードも終盤です。

引き続きよろしくお願いいたします。




 

 

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