第68話 人を呪わば7

 大胡があの後に、かなり奮闘し紬から事情を聴きだし、その内容をメールで送ってくれた。

それは俺の予想通りの内容だった。

紬の父親は交通事故により全身不随状態になっており現在は首から下が動かない状態との事。

それを紬とその母親は何とか治療しようと必死になった。

だが、脊髄が損傷しており、通常の医療ではまず回復は見込めない。

だから頼った。

普通ではない治療法に。


 それが心霊療法と呼ばれるもので、詳しい内容は聞けなかったそうだが、

その治療にかなりの借金を背負ったらしい。

そのためとにかく金が必要になった。

紬は学校をやめ、好きだった空手も辞め、仕事をするようになった。

ちょうどその頃に大胡がスカウトし、芸能界に入ったそうだ。


 そうだ。俺は地雷を踏んだ。

もっと事前に紬の事を調べておくべきだった。

大胡ももっと聞き出すべきだったと後で謝罪を貰ったが考えるべきは今後だろう。

だが不用意だったのは俺の方だ。

傷が治れば、そうすれば信じるだろうとそう簡単に考えていた。

俺は阿呆だ。もっと深く考えればどこに地雷があったか分かったかもしれないのに。

でも、後悔と反省は後だ。

その前に、確認しておく必要がある。



 俺は紬から事務所を追い出された後に大蓮寺の元に向かっていた。

大きな門があり、そこにあるインターホンを押す。

少し間があり誰かの声が聞こえる。


『はい、どちら様でしょうか』


 牧菜の声だろうか。

電話の時も思ったがこうやって声を聴くと誰か分からないものだ。


「勇実礼土です。大蓮寺さんはいらっしゃいますか?」

『あ、はい。――今、門を空けましたのでそのまま中に入って下さい』



 すると門が自動で開いた。

中へ入ると広い庭があり、大きな日本家屋があった。

周りはビルなどが見えたりするがこの空間だけ随分と空気感が違うような気がする。

そのまま家の方へ歩いていくと、一つの部屋に目的の人物がいるのが見えた。


「お久しぶりです。大蓮寺さん」

「よく来たな。勇実殿」


 ラフな格好をして布団の上で上体を起こしている大蓮寺の姿があった。

包帯が巻かれ、点滴が近くにある。恐らく以前の怪我がまだ完全に癒えていないのだろう。

まぁだからこそ来たわけだか。

縁側に近づき、靴を抜いで大蓮寺のいる部屋の中に入る。


「……調子は如何ですか」

「ふふ、特にかわらんよ。前回は少々無茶をしたが、勇実殿のお陰でそこまで重傷というわけではないさ」

「それは良かった。あ、こちらお土産です」


 そういって以前も買ったマカロンを近くのテーブルに置いた。

それにしてもこの和室は随分と広い、が殺風景でもある。

本当に必要な物しかないという印象だ。


「礼土さん。立っていないで座って下さい」


 部屋の襖が開きそこから牧菜がお茶を持って入って来た。

俺は大蓮寺の近くに座り、牧菜から緑茶を受け取る。


「さて、勇実殿は今日はどうなされた。何やら儂に質問があると聞いたのだが……」

「はい、大蓮寺さんにお聞きしたい事があります」


 そうして俺は大蓮寺に話した。

現在依頼を受けており、その際、祓っても何故か復活した霊が居たこと。

それほど強い霊ではないのは間違いないが、何か違和感を感じたという事などだ。


「……なるほど」


 一通り話すと大蓮寺は腕を組み、何かを思案するように目を閉じた。

そうして数分ほど待った後、大蓮寺はゆっくり口を開く。


「直接見ていない故、正確ではないやもしれぬが、恐らく勇実殿が見たのはの類ではないかと思う」

「生霊……ですか?」


 確か、生きているのに、その人物の霊魂が外に出るような現象の事だっただろうか。


「生霊の場合、本体である人間がいるため祓っても本人の意思によってまた生霊は発生する。――もっとも勇実殿の力で祓った生霊の本体である人間が無事だとは考えにくいのだがな。それがあまり間を置かずに再発生したという事はよほど強い思いを宿した霊なんだろう」

「それは祓って問題ありませんか?」

「問題ない。だが、勇実殿の力の強さは別格だ。祓う場合は最小限の力で祓う方が良いだろう。勇実殿も間接的に殺人を犯したくはないだろう?」

「まぁ……そうですね」


 今更殺人を気にするような事でもないが、ここの生活も長くなってきたためか、以前に比べ人を殺すという事に忌避感を感じるようになった。

でもそれはきっと良い事なのだろうと思う。


「勇実殿はあまり生霊と出会った事はないようだね」

「……はい」

「であれば、勇実殿が受けている依頼は中々大変な依頼なのだろう」

「ッ! どうしてそう思うんですか?」


 俺がそういうと大蓮寺は苦笑いをしながら俺を見た。


「生霊が出る依頼というのは、大体が人の恨みや妬み、そういったものが根幹にある。それは通常の霊よりも質が悪い。なんせ相手は生きた人間なのだ。我々が何か出来るという事は限られている」

「……そうですか」


 現状容疑者候補は二人。

紬と同じ役を競っていたという女優。紬に想いを寄せているという噂の幼馴染。

いや、もしかしたらそれ以外の誰かなのかもしれない。

そこから探り、今回の事件をどう解決するべきか。

考える事が多すぎるな。



「……何か失敗したのかね?」

「――どうしてそう思われるんですか」


 俺がそういうと大蓮寺は牧菜が入れたお茶をゆっくりと飲んだ。


「なんとなくだ。以前のような覇気のある顔をしていないからな。話せる範囲でいい話してみるといい」

「……そう、ですね」


 そして俺はゆっくりと話した。

もちろん依頼内容は話さない。話すのはあくまで護衛の対象者が昔霊能系の詐欺に引っかかり、オカルト嫌いであるという事。そして俺がそれと同じような事をしようとしたという事だ。


「――なるほどな。確かにそういう被害者は今もいる。嘆かわしい事だ。儂も同じような怒りを依頼主からぶつけられた事は何度もあるよ。詐欺師だの、守銭奴だのとな」


 そういって大蓮寺は庭の方に視線を移した。

そうだ、長くこの業界にいるんだ。俺以上に依頼者と揉めたという事など多くあったのだろう。


「霊とはあやふやなものだ。見える者も見えぬ者もおる。それゆえこの業界は特に顧客と揉めやすい。だからこそ――」


 ゆっくりとこちらを向き大蓮寺はまっすぐに俺の目を見て言った。


「儂ら力ある者は揺らいではならない。常に前を向き、自分の行動に自信を持て。儂らが揺らげばそれだけ依頼者は不安になり、それは霊に付け込まれる隙となる。目を背けるな、依頼者の目を見ろ。後ろ暗いものはそれも出来ぬ。だが勇実殿は出来る。そうだろう?」

「――ええ。そうですね。……はい、容易い事です」


 そうだな。

俺に出来る事は限られているんだ。

確かに俺はちゃんとした霊能者じゃない。だが、俺が持っている力でも十分に人の力になる事は出来る。

オカルトが嫌いだからなんだ。異世界出身の俺自身がオカルトみたいなものじゃないか。

うだうだ考えるのはやめよう。

そう思えばいつまでもここにいるわけにもいかない。

遣る事をやって次へ行動を移すとしよう。



「失礼します」


 俺は立ち上がり、事前に買っておいたミネラルウォーターを取り出し、それ上に放り投げた。

そして魔法を発動させ、ペットボルトの中の水が周囲に散らばり、大蓮寺の身体を濡らしていく。


「ッ! 勇実殿!?」

「ちょっと、礼土君!? 何しているの!?」


 俺は濡れた大蓮寺の身体に手を置き、魔法を使用する。


「少し待ってて下さい。すぐに終わります」

「待て、勇実殿。――ッ! こ、これは」


 水を媒介に回復魔法を使用。

淡い緑色の光が大蓮寺の身体を包み、発光していく。


「え! 何この光!?」


 牧菜の悲鳴を無視し、そのまま魔法を使い続ける。

大蓮寺は骨折もそうだが、筋肉が断裂したり、内臓なども随分痛んでいるようだ。

とりあえずわかる範囲のものはすべて治癒しておこう。


 そうして1~2分程経過し、俺は魔力を流すのをやめた。

光が収まり、大蓮寺は濡れた身体を驚いたように自分で触っている。


「こ、これは――ッ! 勇実殿、何をした!」

「最近会得した心霊治療っていう奴です。どうでしょうか。痛みの方は?」

「……治っている? 馬鹿な信じられん」

「嘘!? お父さん、怪我が治ったの!?」

「さて、俺はこれで失礼しますね。お時間を頂きありがとうございました」


 そう言って俺は立ち上がって縁側の方へ歩いていくと後ろから声を掛けられた。


「ッ! 勇実殿! まずは感謝を。どういう力なのかまったく理解できないが間違いなく勇実殿の力によるものなのだろう。だからこそ、その力は慎重に使うのだ!」

「慎重に、ですか」

「そうだ。霊を祓う力を持つ者は多くいるが、このように人を癒す力を持った人間を儂は見たことがない。良いな、慎重になるのだ。強すぎる力は人によって毒となる場合もある」

「――はい。気を付けます」


 

 そうして俺は大蓮寺たちの元を去り、周囲に人がいない場所へ行ってから魔法で転移した。

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