第55話 人穴墓獄5

Side 勇実礼土


 この世は地獄である。どこにも救い何てない。そう、救いに見せかけた善意なんて何の役にも立たないのだ。誰だよ。匂いを消せとか言った奴。事前に確認したんだ、消臭剤ってあるの? ってさ。恥を忍んで話したさ、車の匂いが苦手なんだってさ。


「そうなんだね。じゃあ車のそういう奴を買っておくから安心して、礼土君!」


 確かにそういっていた。実際に買ってもらった商品を現在も車に設置している。だけどさ……。





 芳香剤って俺が求めてたのと違くね? むしろ逆に匂いがきついんだけど? 気持ちが悪い、世界が灰色に見える。頼みの綱であるコーラが役に立たない。これが絶望って奴なのだろう。


 栞……帰ったらデコピンだ。





「おぉーすごいすごい、この調子ならこの後だす動画の方も期待できそうじゃない?」

「はッ! ムカつくがこうやって数字で結果が出ると何もいえねぇな」



 運転席に座って運転している桐也と助手席に座ってスマホをいじっている八代が楽しそうに話している。何やらつい先ほどSNSに上げた1枚の写真が好評らしい。それは、動画撮影時に3人が集まった集合写真だ。ただ駐車場の前で3人が立っているだけ。それだけの写真を動画を投稿する前にネットへ上げたそうだ。桐也達の意図はわからない。何か理由があるんだろう。ただ絶望の淵にいる俺にはその話のやり取りが微かにしか聞き取れないため、よく分からないが、謎の外人、銀髪、ポッキーとよくわからない単語が聞こえてくる。

 だが、どうでもいい。俺は一つの覚悟を心に決めたのだ。既に車に乗って1時間が経過している。動画撮影をして、恐らく後方の車両では先ほどのカメラマンである斎藤という彼が必死に編集しているのだろう。桐也が言うにはすぐに投稿するための事前準備は随分していたようだ。


「事前に台本に沿ったセリフを話してたから先に字幕を用意してたんだよ、お陰でかなり早く投稿出来たよ」


 なんて言っていた。だから、出来るだけこの通りに読んで欲しいと頼んできたんだろう。まぁいいさ、俺はやれることはやったのだ。だから……。



 誰か、あの芳香剤を捨ててくれッ!!!! マジできっつい!! 何かをしていないとマジで吐きそうだ。そのため俺は無意味にコインを親指で上に弾き、また落ちてきた所を同じように指で弾くという昔やっていた謎の遊びを久しぶりにやってしまった。

 回転しながら落ちてくるコインが変な方向に飛ばないように力をコントロールしながらもう一度上に飛ばす。そこそこ頭を使いつつ、集中できる一人遊びなので昔から好きでやっていた。まぁガキの頃より成長した今ならポッキー食べる余裕さえあるね。



「――すげぇなどうなってんだ?」

「……何、どうしたの?」


 む、いかん。落ち着け俺。ちょっとトゲトゲしいな。恐らくずっとコイントスを連続でしていたからうるさかったのだろう。親指で弾くたびに金属音がしているわけだしな。落ちてきたコインをキャッチし、ジャケットのポケットに入れた。ちなみにこのコインは雑貨屋で買ったなんかカッコいいコインだ。


「ん、どうした友樹」

「いやよ。何かうるせぇから後ろみたら勇実の奴がコイントスしてたんだけどさ、なんかすげぇんだよ」

「何が? それだけだとわからないけど」


 俺からすればこの地獄の中で後ろを見てスマホを見ている八代の方が何倍もすごい。どうなってんだ? 俺がおかしいのか? そしてちょうど赤信号で車が止まったタイミングを見計らって八代はスマホの画面を桐也に見せていた。どうやら俺の謎の遊びを動画で撮影していたらしい。


「――ッ! はぁ!? 何これ! どうなってんの!?」

「だろ? 意味わかんねぇって」


 そういって桐也は目を見開いた様子でこちらを見てくる。チャンスだとすぐに気が付いたのだ。桐也、八代。二人ともがこちらを驚いた様子で見ている。どうやらこのコイントスに興味が湧いたようだ。そうだ、俺はこの機会を待っていた。



 



 俺は二人が見ている前でもう一度コインを取り出し、右手の親指で弾く。コインは回転しながら宙を舞い、車の天井に当たるすれすれまで上昇した。当然、二人の視線はコインに集中する。俺はその瞬間に、

 ターゲットはこの諸悪の根源ともいえる芳香剤。まるでコインに光が反射したかのように見せかけ、一瞬だけ光を放ち芳香剤に向けて飛ばす。芳香剤を包んだ光は俺の魔力を浴び、光り輝き始める。だが、それも刹那の出来こと。俺の魔力により芳香剤は光に包まれる。



(”消滅せよ、悪臭ヴァニッシュ・オウダー”)



 高濃度に俺の魔力を注ぎ込んだ光は芳香剤を包み込み、そのまま小石サイズの球体になるまで圧縮。そのまま縮小していき、最後は僅かな光だけが僅かに残り、それも消えていった。



 そして何食わぬ顔をして落ちてきたコインを先ほどと同じようにまた親指で弾く。

完璧やで。俺は誰にも気づかれる事もなくあの悪魔を消し去ったのだ。この名前はさっき適当に考えたのだが、以前もこの魔法であのサンドバッグこと、吸血鬼のケスカを殺した事がある。もっとも、血の一滴に至るまで完全に消滅させても普通に復活したから意味なかったんだけどね。あの吸血鬼、元気だろうか。最後の方は俺の顔を見ると泣きながら逃げるような奴だったからなぁ。




「すごいね。まるでサッカーのリフティングみたいだよ」


 信号が青になり、桐也はまた運転を再開させた。だが八代はまだこちらを見たままだ。何故酔わないのだろう。っていうか、今回はちゃんと薬まで飲んだのに酔うっておかしくね?あの薬……まさかパチモンだったのだろうか。


「どうやってんだそれ?」

「いや、単純に落ちてきたコインを落とさないように上に飛ばしてるだけだけど……」

「それが出来るのが意味わからんねぇけどな」

「慣れだよ」


 そう慣れだ。コインは違えど、俺も以前いた世界には同じようなコインはあった。基本年中ボッチだった俺がよくやる一人遊びの一つだからな。そりゃそれなりに上手くもなるさ。




 そうして車は進んでいく。ちなみに芳香剤が消滅した事は最後まで気付かれなかった。またアレは栞が買ったものを付けただけなので、借りている備品ではない。俺もその程度は確認したのだ。そしてようやく目的地に着いた。


 それなりに立派なホテルだった。受付で鍵を受け取り、エレベーターに乗る。そこで荷物なんかを置いて、少し休憩をするそうだ。そして今回の企画の目的地である心霊スポットへ行く。しかし、俺が以前一人で泊まっていたホテルと随分違うんだな。てっきりパネルから部屋を選ぶもんだと思っていたぜ。




Side 山城桐也


「どう、出来た?」

「はい。一応確認お願いします」


 カメラマンの博之が編集した動画に目を通す。うん、ばっちりだ。事前に取った写真をSNSに上げたけど、これが思った以上にウケがいい。やはり僕の動画の視聴者層もそうだけど、SNSのフォロワーも女性が多いため、やはり礼土の容姿には喰いついたみたいだ。コメントとかを見ても全体的に好評のようだ。多くのコメントが彼は誰なのかという問いが多い。これならこの後投稿される動画も皆見てくれるだろう。


 それにしても、車の中の礼土は随分と物静かだった。あまりしゃべる方だとは思っていなかったけど、なんていうのだろうか。とても真剣で何かに集中している様子だった。あのコイントスは驚いたけど、それももしかしたら彼なり集中するために必要な行為だったのかもしれない。やはりこれからいく心霊スポットに向けて集中力を高めているのだろう。頼もしい限りだ。


「とりあえず、お菓子の箱まで映ってなくてよかったかな」

「確かにそうですね」


 あの容姿のせいかわからないけど、本当に一人だけ物語の世界の住人のようで驚く。今日はずっとポッキー食べていたみたいだけど、意外に甘いものが好きなのかもしれないな。ただ栞からは不動産関係の依頼主からよくコーヒー豆が送られてくると言っていたからコーヒー好きなのかもしれない。確かに甘い物と一緒に飲むとあの苦さがちょうどよくなるからね。


「博之、カメラのバッテリーは大丈夫?」

「はい、予備も含めて充電はマックスです」

「よし、じゃ買い出しお願いしてもいい? 適当に軽食買ってきてくれないかな」

「わかりました」


 さて、投稿した動画の様子を見ると、すごい勢いで再生数が伸びている。コメントも多く貰っており、概ね狙った通りの状況だ。当然やらせなんかは一切なし。本当に出るか、やっぱり何も出ないかという動画になるが、多くの人は霊なんて出ないと思っているだろう。僕だってそうだ。両親は霊感があるけど、僕にはない。普段であれば何か心霊っぽい物が動画に収められれば御の字だと思っている。でも今回の撮影はどうなるだろうか。礼土がいれば何か起きるかもしれない。そんな予感があり、僕は不安よりも楽しみが強かった。



ーーーー

更新が遅くなりました。

中々仕事が忙しく結局帰ってからの投稿です。

また新しくレビューをいただけて嬉しいです。

引き続きよろしくお願いします。

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