第14話 初めての依頼3
Side 鈴木明菜
私には好きな人がいる。同じバスケ部でエースの渋谷隼人君だ。切っ掛けはなんてことない事だった。高校一年の時に学校の廊下で私がよそ見をして歩いていた時に隼人君とぶつかってしまい、その時「大丈夫か?」と優しくそう声を掛けてくれた。
たったそれだけ。ナンパから助けてくれたとか、幼馴染だったとかそういう劇的な出会いではない、本当によくある日常のワンシーンで私は簡単に恋に落ちてしまったのだ。私がバスケ部に入ったのも隼人君がいたから。どうしても一人で入る勇気がなく、親友の利奈を巻き込んで入部した。隼人君は本当にバスケが上手く、1年生なのにすぐレギュラー入りしていた。試合でも活躍してて、恥ずかしいけど声だして応援もいっぱいして、隼人君がシュートを決めて先輩たちとハイタッチしたりしていると、普段カッコイイ隼人君が更にカッコ良く本当にキラキラしていて、とても眩しかった。
一つの転機は1年生の冬頃。大好きな隼人君に彼女が出来た。相手は3年生の先輩で女子バスのキャプテン。手を繋ぎとても仲が良さそうにデートしている姿を友達が何人も目撃してた。
ショックだった。何となく顔を見るのも辛くて、部活も休んでしまい、利奈にも迷惑を掛けてしまった。でも正直どこかで分かっていた。自分にはチャンスがないって事は……。
隼人君の周りにはいつもたくさんの女の子たちに囲まれている。理由もなく、遠くの自動販売機に行き、その道中にある隼人君のクラスを横目で見ると、いつも複数人の可愛い女の子に囲まれているのを見たからだ。付き合うのが難しくても、せめて友達として隼人君と話せる関係になりたい。少しずつそう思うようになり、そこから私も変わるようになった。
恋人は難しくても気軽に話せる友達になる事。そのためには私もあの周りの子たちと同じようにお洒落をしないと駄目だと思った。高校に入り最低限の化粧くらいしかしてこなかった私だが、書店で雑誌を買い、バイトも多くいれ、デパートでちょっと高いコスメなんかも買うようになった。
ちょっと遅めの高校デビューという奴だ。利奈も一緒に買おうと誘って買い物も行ったが、休日の休みに私と遊ぶ時にたまに化粧するくらいで学校ではほぼスッピンのようだ。理由を聞いたら、休日は外に行くから化粧するけど、学校でする意味ないでしょ? と真顔で言われた。好きな男子はいないの? と聞くと、いないと即答された。私から見ても利奈はかなり可愛い。私が化粧してもスッピンの利奈に正直勝てるとは思えない。
羨ましいと思った。家もお金持ちで、お兄さんもお姉さんも芸能関係の仕事をしている利奈の家。それに比べ私はどうだろう。父は公務員、母はパート。貧乏ではないが裕福という訳でもない。お金もルックスも何もかも持っている利奈。自慢の友人が少しずつ妬みの対象へ変わっていくのを私はこの時自覚できていなかった。
2年生になった。クラス替えで利奈とは離れ離れになってしまったが、念願の隼人君と同じクラスになれたのは本当に嬉しかった。同じクラスなら自然に話せる関係にだってなれる。私の高校2年はとても良いスタートを切れたと思う。昼食は利奈と一緒にとるのだが、ある日、利奈の様子は少しおかしかった。理由を聞いた所、男子に告白されたらしい。同じクラスの男子だそうだ。名前を聞いた所、私も記憶にあるそこそこイケメンの男子だった。
「そうなんだ、良かったじゃん。おめでとう」
「え? いや断ったよ。好きでもなんでもないし」
自然にそう言われて私は驚いた。よくよく聞くと告白されたのは今回が初めてではないらしい。高校に入って既に5回。驚いたのは男子バスケ部のキャプテンからも告白されてたそうだ。だが、それを利奈は断った。断った理由はじろじろ身体ばっかり見る男子が気持ち悪いという事だった。利奈曰く、相手が好きなのは私の見た目だけ。とのこと。確かに高校に入り2年になった時の利奈の胸はとても大きかった。恐らく学年で一番大きいのではないかとさえ思ってしまう。ただ、利奈の姉である栞さんもかなり大きかったので遺伝なのだろう。それに比べて私は貧相だ。身体の起伏がなく、サイズもAとBの中間くらいだ。その頃からだろう。利奈と一緒に歩く時は無意識に胸を隠すようになったのは。
2年生の秋。事件が起きた。隼人君が新しい彼女を作っていたのだ。本当に驚いた。確か卒業したバスケ部のキャプテンと付き合ってたはずなのに、いつのまに別れたのだろう。ただ、問題はその相手だ。
「昨日隼人先輩と一緒にパンケーキ食べたんだけど、めっちゃおいしくて! しかもね、ウチが変なナンパに絡まれた時に凄くかっこよく助けてくれたの!」
「へぇ! やっぱ隼人先輩カッコいいんだね!」
「ホント羨ましい。私ももっとアプローチすればよかった」
私は部活の更衣室で下唇を噛みながらその話を聞いていた。そう、隼人君の新しい彼女というのは一年の後輩だったのだ。更衣室で急に惚気話が始まり最初は全員唖然としていた。だが、よく聞くと、どうやら隼人君は先輩が卒業と同じタイミングで別れており、それから半年ほどフリーだったそうだ。そしてそれを知ってか知らずか。その後輩の女の子は入部してからずっと隼人君にアプローチをしていたそうで、1ヶ月前に付き合うことになったというのだ。
怒りがこみ上げる。
同じクラスで同じ部活という圧倒的なアドバンテージがあるはずなのにッ!!!
嫌がらせをした。隼人君と別れさせようと匿名の手紙を書き、靴を隠す。やっていることは地味な嫌がらせだ。だが、身ばれしない範囲で出来る事は限られている。本当はあの後輩の鞄にも何かしたいが、私が1年のいる階にいれば目立つし、部活のロッカーでやれば犯人はすぐに特定されてしまう。幸い、隼人君が好きな女子は多いからちょっと声を掛けたら何人かの女子が直ぐに協力してくれた。
「え? 隼人もう別れたの?」
「ああ。何か俺と別れろとかそういう嫌がらせされてたらしくてさ、犯人捕まえようとしてもどうも複数犯みたいで難しいんだ」
「へぇ、それで? どうしたん」
「いやさ、聞いてくれよ雄太。最初は解決しようと思ったんだけど、なんかあいつのメッセが段々うざくなってさ。見ろよこれ」
「どれどれ。……『隼人先輩はウチと別れないよね?』『隼人先輩はウチを守ってくれるよね』『助けて隼人先輩』――すげぇな。1時間おきに来てんじゃん」
「だろ? いい加減……な? だから、君のためだって言って別れたよ」
「なんか勿体無い。あの娘、結構胸デカかったのに」
そんな会話が教室で聞こえる。私は机で顔を突っ伏しながら笑いを堪えるのに必死だった。上手く行った! 身の程をようやく知ったか! あの後輩じゃ隼人君と釣り合わないのよ!
「じゃ隼人は暫く一人か」
「いや、もうアプローチかけてる奴いるぜ」
「え? はやくね?」
「一人なんて寂しいだろ? ずっと気になってた奴いてさ。ちょうどいいから落とそうと思ってよ」
「まるでゲーセンの景品みたいに言うじゃんか。――で誰よ?」
「なんだ教えて欲しいか?」
「あ、ああ。なんだよそんな顔して」
心臓が大きく跳ねた。隼人君が狙っている人。最近アプローチしてるって言ってた――そういえば、最近妙に隼人君と目が合う。それに今日の朝はおはようって挨拶もされた。私かもしれないッ!
そこまでだ。本当に儚い希望だったと思う。次の二人の会話を聞いてから私の中で何かがおかしくなった。
「雄太の仇を取ってやろうと思ってさ」
「は? 仇ってなん――もしかして」
「ああ。お前がこの間振られた山城だよ」
「――告んの?」
「いいや。そんなの黙ってりゃ向こうから告ってくんだろ」
「……どうだかな」
目の前が本当に真っ暗になった。呼吸が出来ない。何も考えられない。力強く手を握ったせいで爪が皮膚を破り、血が出てくるのを感じる。どうして? どうして?
どうして利奈なの!? なんで私じゃなくて――どうすればいい。どうすれば利奈に隼人君を盗られない?
そうだ。利奈に恋人ができればいいんだ。そうよ、親友の私が利奈のために彼氏を作ってあげる。そうすれば利奈も喜ぶ、私も隼人君を盗られないでwinwinだ。
「ねぇ。明菜」
「ん、どうしたの?」
「なんかさこの間野球部のキャプテンしてる人から告られたんだけど……」
「よかったじゃん! 佐藤君でしょ? 女子にかなり人気あるらしいよ。おめでとう!」
「ううん、違うの。断ったよ……」
「――どうして?」
「好きじゃないもん。それより、その人が明菜から私のこと聞いたって言ってんだけどさ、何言ったの?」
「前にさ、部活の休憩中に野球部の練習みてたでしょ、だから利奈って佐藤君のことが好きなのかって思ったの。だから、間を取り持ってあげようと思ってさ」
何が不満なの。野球部のキャプテンをしてる佐藤君って結構女子から人気あるんだよ? 贅沢言わないでよ。その人で我慢してよ。利奈もやっぱり隼人君を狙ってるの……?
「練習くらいみるよ。それにその人を見てたんじゃなくて、単純に野球してるのを見てただけなの」
「そう。でもせっかくだから付き合えばいいじゃん」
「付き合わないよ。好きじゃないもん」
だったら誰がすきなの? 前も私が紹介した人の告白断ったよね。
イライラが止まらない。練習中に隼人君が女子バスケの方に来ることが増えてきた。本当は喜ばしい事なのに、隼人君の目線はずっと利奈のことばかり見てる。
そうしてさらに月日が経った。三年になり利奈は女子バスケのキャプテンに、隼人君は男子バスケのキャプテンになった。二人の話す期間がより増えているのは明確だ。利奈は私に隼人君は苦手って言ってるけど、絶対に嘘。
どうすればいいの。二人が付き合うのも時間の問題だ。どうすれば私の隼人君と利奈に盗られないですむの。そんな時だ。
「なぁ鈴木。ちょっといい?」
「え? ど、どうしたの隼人君」
隼人君に話しかけられて、さっきまでの暗い気持ちは邯鄲に消えてしまった。
「実はお願いがあってさ。今度の大会で俺ら引退だろ? だから思い出作りって訳じゃないんだけど、今度さ肝試しいかね?」
「肝試し? いいよ! いつ行く!」
「ありがとう。鈴木ならそう言ってくれると思ったよ。じゃ週末駅前21時集合で、ちゃんと山城も誘ってくれよ」
「……え? 利奈も……?」
「ああ、男は俺と雄太、そっちは山城と鈴木の4人で行こうって思ったな。じゃ頼んだぜ」
そういうと隼人君は去っていった。
私の中には二つの感情がうごめいている。一つは、歓喜。隼人君に名前を呼ばれ、一緒に遊ぼうと誘われた。本当に嬉しい。今ならなんでもがんばれそうだ。そしてもう一つが嫉妬。どうして利奈も? やっぱり隼人君は利奈を狙っているの? どうしよう。隼人君が告白したら絶対利奈は付き合っちゃう。
利奈に相談し、何とか肝試しに参加してもらえることになった。チャンス。そうこれは多分私が得られる最後のチャンスだ。少しでも隼人君の近くに行って、出来れば二人で行動できれば最高だ。暗がりの廃墟だから勇気を出して手も繋ごう。きっととても楽しい気持ちになれるはず。
だというのに。
何で私の手を握っているのは
なんで隼人君は私じゃなくて利奈を選ぶの?私の方が隼人君の事好きなのに、私のほうが絶対隼人君を幸せに出来るのに、どうして、どうして、どうして、どうして。
気付けば廃墟の一室でベッドに押し倒されていた。小山が鼻息を荒くし、私のワンピースのボタンを外そうとしている。どうして、小山がここにいるの。なんで私の身体に触ろうとしているの。汚い、汚い、汚い、汚いッ!!!
叫び声を上げる。喉が壊れてしまうほど、口が裂けてしまうほど、大きな声を上げた。目前の男は私の口を塞ごうとしてくる。
あの女から渡されたスプレーを目の前の男に噴きかける。男が呻き声を上げている。扉から何か激しく叩かれ何か聞こえる。もう暗闇だ。何も見えないし聞こえない。私が私じゃなくなっていく。
男は皆そうだ。女を快楽の道具だと思っている。そんな屑ばかりだから、私は私は私は私は……。
一緒に。みんなと一緒にいよう。そうだ、私は一人ではない、もうこんなに仲間がいる。あぁ。目の前はこんなに暗いのに、どうして心は安らぎを感じるのだろう。皆がいる。もうずっとここにいたい。私の居場所はここだったのだ。
光が来た。それがなんなのか分からない。私達とは違う知らない力を感じる。やめて。やめてッヤメテッ!!
どうして一人にしてくれないの。どうして、誰も私の味方をしてくれないの。どうして、誰も助けてくれないの。
ああ、なんだろう。暖かい光が見える……。
「助けに来たよ」
Side 勇実礼土
霊という存在を祓う。何かしら意思があるのだろうが既に人にあだなす存在だ。残念ながら俺の光魔法はアンデッドを浄化するというお上品な魔法は使えない。敵を滅ぼし、消滅させることしか出来ない。だから、俺がやっているのは霊を殺す事。ただの魔物なら兎も角、生前生きてた人間っていう霊相手にやり難いな。今後のことを考えると浄化魔法を覚える必要があるか?
そう悠長なことをいってる暇はなかった。3階に居た唯一の生体反応。利奈のスマホで見た顔と一緒の娘だ。もっとも生気もなく、頬もこけてかなりまずい状態だ。周りの霊を指パッチンしながら消滅させても様子が戻らない。
「礼土君。多分、あの娘、取り憑かれているわ」
「……そのようだ」
うーん、参った! 憑依状態らしいのだが、これが完全に手詰まりだ。普通に殺す方法しか思いつかん。
いや、落ち着けッ!!! この日のために聖書を読んできたのだろう。思い出すは一冊の本。【シャーマン・王】だ。通称マンオウというこの本には興味深いことに霊のことが書かれていた。故に知っている。これは憑依合体って奴と一緒だ。つまり……
さり気無く、そうさり気無くだ。後ろにいる栞にばれないように気絶させる。そのために必要なのはなんだ? 思い出されるのは何度か出会った聖女の姿。あの守銭奴であり、合理主義の塊のような鉄女が演出で行う発光魔法。あいつは言ってたはずだ。【いいですか、レイド。後ろの方から光の柱のような形で光らせておけば信者は皆、勝手に跪くのですよ】
なるほど、真似させていただく。俺の後頭部後ろの方から光を発光させる。その際に栞の方の光を強くする事でこちらが見えないようにする。ついでにこの利奈の友人の辺りもそれっぽく光らせる。いいぞ。何か知らんが眩しそうにしている。ゆっくりと近付き、優しく声を掛けた。
「助けに来たよ」
するとどうした事だろう。何故か本当に知らんが霊に取り付かれた娘が涙を流し始めた。意味がわからん? え、どうしたの、眩しいの? だが、チャンスだ。
さり気無く、あたかも霊を払っているかのようにさり気無く、右手を前に出し、指先で彼女の額近くに持っていく。そして――。
まさに音速の一撃。指のみを動かし、この娘の額に衝撃を与えた。その瞬間に光を消し、倒れる彼女を優しく受け止める。よぉぉぉぉし。これはばれへんやろ。
「す、すごいよ! 礼土君! 憑いた悪霊を払ったんだね!」
「ああ、すぐに連れて帰ろう」
抱きかかえた瞬間に、魔力を彼女に流したところ、取り憑いた霊は消えていた。どこへ行ったのだろうか。まさか、本当にあの光で成仏したのだろうか。
まさかね
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます