第4話 凶痛テスト
さて、英語教室の話をしよう。
帰国生や英語を6年真面目にやった人と肩を並べるには、一年という時間は短すぎる。怠惰な我々が勉強する間に、真面目な人はより多くの勉強をするので、我々との実力の懸隔は開く一方だ。
だから前話で「時間当たりの効率」が大切だと言い、それを最大にするために作者が選択した英語教室だが、ただ通って受け身でそこの教材をやってればいいというわけではない。「時間当たりの効率」を引き上げるには優秀な教師陣と、その指導を最大限吸収することが必要だ。
作者の選択した英語教室は高額で、ひと月当たり学校の学費の3分の2もかかった。
しかしその分、半個別指導の形態を取り、教師が高い実力を持つ教室だった。
両親に土下座して、小遣いカット覚悟の上で入塾。作者は効率を重視し、学校授業や自習内容とのシナジー効果を見込んで、英語教室の教材をやりつつも学校のテストやプリント、あるいは模試を持ち込み、解きなおして添削してもらった。
解くのと答え合わせはなるべく間隔を開けない方がいい。
解いてからの時間差が短ければ短いほど、解いた時の感覚を覚えているので、答え合わせの時に「ここの考え方が不味かったのか」と理解しやすいからだ。半個別指導の英語教室では、自分のレベルに合った問題を、解いてからすぐに教師と答え合わせをするため、学習の効率が段違いに高い。
そういうわけで自習でこなしていた参考書(『例解和文英訳教本 公式運用編』通称:
自習、模試、学校授業と緊密に関連した問題あるいは題材を、半個別指導で英語教室において学習する。おそらくこれが、高3からの間に合わせ英語学習において最大の効率を発揮するやり方だ。
それでも予備校に通うよりずいぶん安く済む。
どう足掻いても得意勢には追い付けない英語は指導を受けた方がいいだろうが、それ以外の教科は学校授業や参考書の周回を通じて自学するに越したことはない。なにせ予備校は学校の学費と同じくらいかかるのだ。
そして秋も深まる。山々が上の方から白く染まり始めると、やがて北風に誘われて、人里にも冬が降りてくる。
Q. 冬の到来とともにやってくるものは何でしょう?
A. そうだね共通テストだね!
共通テスト。
国公立は必ずで、私立大学でも多くの場合、一次試験として課される共通試験。
ほとんどの受験生が臨むこの共通テストは、全国の幅広い層が受けることを考慮されているから問題の難易度自体はさほど高くない。特に英数は、二次個別試験と比べて全体的にかなり難易度が低い。ただし、試験時間が短いのだ。絶望的に時間がない。第一に求められるのは、処理能力である。
この共通テストは、大学によって対策を始める時期は変わる。
入学試験における共テ(一次)の点数の割合は、大学によってまちまちだからだ。
東大、一橋は20%。共テの割合が低い代わりに、二次個別試験の割合が高い。
東工大は0%。共テは足切り――この一次試験で一定の点数が取れない者には二次個別試験を受験する権利を与えないこと――にしか使われない。
一方の阪大は50%。共テの入試における配点がおかしいほどに高く、共テが合否を左右する。また、早慶に至っては100%――共テだけで合否を決める「共テ利用」という制度がある。
入試総点における共テの配点が高ければ高いほど、共テ対策は早めに始めた方がいいだろう。なにせ、マーク試験は繰り返しの練習がモノを言う。ただし、だからといって二次個別試験の対策に回す時間がなくなっては本末転倒だ。共テ対策を始める時期は、岸田文雄並みに検討を重ねる必要がある。
さて、作者の第一志望は33%。一次(共テ)と二次(個別)の配点比率が1:2。東大や東工・一橋と比べるとアホほど高くて困ったが、阪大の比ではない。迷ったが、12月から対策を始めた。
12月中は一次と二次の勉強を平行することにした。一次:二次の勉強割合は、12月前半は3:7。12月後半は5:5。1月上旬に9:1にして、直前一週間は10:0にした。
時間こそないが難易度の低い英数は、多くのライバルが自分の実力と同じくらいの点数を稼いでくる。つまり、時間に追われてパニックになり、実力が出し切れない場合、一気に差を付けられてゲームオーバーということが起こりうるのだ。(だからこそ質より量で経験を積まねばならない)
一方順当にやって英数を実力の限り取ったとしても、競争相手たちと有意な差はつかない。社会は簡単なので、みんな高得点が取れる。そういうわけで、このテストで差がつくのは国語と理科になる。
特に国公立文系は個別試験で理科を課さないため、共通テストの配点における理科の割合が高く設定されている場合が多い。一橋なんか理科の点数がそのまま入るのだ。
一方の国語は現代文と古漢からなる。古漢は英語と同様、語学であるために蓄積がモノを言うから、元々得意だった人には容易に追いつけない。
しかし幸運なことに、英語に比べて古漢はみんなあまりやらない。
英語はそれそのものが一教科となり、受験における配点も高いのに対し、古漢は国語教科の一部に過ぎないから、英語ほど本気で対策する人は僅かだ。
そういうわけで古漢は一定程度やれば、共通テストレベルなら9割取れるようになる。作者は特段古文単語や参考書はやらず、学校授業を聞いて、その場で不明点を質問したりしつつで、学校に委ねた。
さて。現代文だが、どうしようもない。配点の割に対策ができない。問題集を解くたびに9割取れたり半分だったり、めちゃくちゃだ。当然本番も言わずもがな、勘か鉛筆を転がすしかなかった。少なくとも作者が行えるアドバイスはない。共テ現代文が悪かったら運が悪かったということだ。
差がつく国語と理科。作者は古漢を耐えて、理科では一気に差をつける戦法を取った。作者の選択した地学基礎は地理と内容が重複するので、地理が得意な作者は元々かなり点数が稼げた。また化学基礎は計算主体で覚える量は多くないから、幸運なことに理科の対策は直前に詰め込むだけでよさそうだった。
しかし、差をつける以前に、差を付けられてはならない。まずは英数で順当に得点しなければならないのだ。少ない時間でパニックに陥らず冷静に解く練習を積んだ。12月中の共テ対策で行った教科は英数国だけだった。特に数学は専用問題集を2冊買って数1Aを20回、数2Bを20回、あわせて40回、重点的に演習した。
とても大切なことを言う。数学において、一次対策と二次対策は違う。何が違うのか。――問題集を周回するか、しないかだ。前話で述べた通り、数学は同じ参考書を何周もしたほうがよい。しかし、これは二次個別試験の対策の話だ。設問が短く、出題者の意図を読んで、定石を試み、解き筋を自分で見つける――それは周回でこそ練習できる。
しかし、一次試験つまり共通テストの数学は違う。共テの数学は、二次個別試験と違って簡単だが、長い長い誘導文を読む必要がある。これを短い時間で適切に読解してヒントを得て、解法を見つけマークすることが求められている。
あぁ、くそったれ。
英語のみならず、数学でも処理能力を求めてくる。これが共通テストの実態か。
何が思考力だヒョーロクダマ、「短い時間で、長い誘導文を読み、ヒントを抜き出し、解放を察する」――「つまり、何が言いたいの?」――試されるのは要約力だ。
同じ問題を周回するのは、思考回路を冴え渡らせてコミュニケーションに臨まなければならない二次個別試験においては有効だ。しかし、長い誘導文がついてくる共テの数学は、難易度自体はそこまで高くないこともあって、一度やった問題であれば流れを覚えてしまっている。
アニメや映画を見たあと、その結末を覚えてしまうのと同様、共テの一度やった問題は「誘導の結論」を知ってしまっているのだ。
初見の問題を要約せねばならない共テ対策において、問題集の周回は効果が薄い。英語や国語も同様だが、共テ対策は量をこなすのが効果的だ。
二次対策は量より質。
一次対策は質より量。
直前一週間。勉強時間における共テ対策の比率は100%になった。ここで、共テでしか使わない(二次個別で課されない)理科の対策に全振りした。問題集を一冊だけ友人と合弁で買って5回演習した。
また、社会科は二次試験の勉強をしていれば難なく取れる程度には簡単であり、唯一時間の余る科目なので、直前一週間で冊子をひとさらいする程度だった。
共テ当日はあまり緊張もせず、一日目は、異常に長化した英語で時間が足りなくなって爆死した。帰路、作者は泣いていた。
英語が死んだ。英語が死んだ。
死にそうな顔で繰り返しながらバスに乗り、電車に乗り、帰宅した。
時間内に終わらなかったのだ。終わった、ボーダーを完全に割った。
いくら嘆いても変わらないのに、悪夢の英語リーディング第6問Bがぐるぐると頭の中を巡り続ける。周囲の英語得意勢や帰国生は、20分余っただの、1問ミスだの、聞いてもないのに自己採点結果を自慢する。彼らの英語と触れ合ってきた時間は、作者のそれよりも数倍だ。とうに英語脳を得ている彼らに、作者が敵うはずもない。
より長く、真面目に努力してきた者が評価される。当然で、順当で、道理にかなう、残酷な現実だった。
処理能力を問う試験は、作者のようなタイプの受験生に対して容赦なく牙を剥く。一年の7割を英語に費やしても、やはり、精々たったの一年。あの量を読み終わるはずがない。どう足掻いても差を付けられてしまう。
高3春時点で英語が劣勢な者は、どうしたって追いつかない。
積まなかった時間を取り戻すには遅すぎたのだから。
精々、差をこれ以上開かせないようにすることしかできない。
それさえできなければ敗北だ。
しかし。
春以来、差が開いていないのだとしたら、希望はある。
理数で――共テ二日目で、取り返すこと。それが唯一の策だ。
二日目。一番最初は、思い切り差を付けるつもりで臨んだ理科だった。
共通テストの理科は、文系の場合二教科を選択して、合わせて60分以内に解き終えねばならない。組み合わせの如何によっては、二教科とも量が多いのを引いて死ぬときもあれば、二教科とも易化していて時間が余るということもある。
生物・地学:知識ベースで覚える量は多いが、一問を解くのには時間がかからない。
物理・化学:覚える量が少ない分、計算力が必要で、一問に時間がかかる。
ここの組み合わせも、前話と併せて自分に有利なように考えねばならない。作者の場合(2023年度)、化学基礎が長化して解くのに45分もかかったが、地理とシナジーのあった知識ベースの地学基礎を15分で終わらせられた。この年は生物の問題数が非常に多く、生物・化学選択は多くが死を見た。運に助けられたのもあったが、やはりシナジーのある教科を理科で選択するのは大切であると実感した。
しかし、続く数学1Aでパニックが発生。だがそれをバネに数2Bは耐えた。それでも英語の失点を回収できた気はしなかった。挙句に数1Aは死んだ。帰路、完全に詰みだと思った。また来年かと覚悟した。
そして翌日。自己採点の時が来た。
2023年度 共通テスト
世界史 86/100
地理 94/100
現代文 71/100
古漢 93/100
英語R 81/100
英語L 89/100
数IA 68/100
数ⅡB 90/100
化学基礎 50/50
地学基礎 47/50
総計 769/900 (85.4%)
志望校配点 216/250 …… 86%
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