第3-7話 レイルとフィルの海底サバイバル(中編)

 

「……イル……レイル……」


 遠くから少女の声が聞こえる。


 ……なにがあったんだっけ……確か、迷宮で……。


「……レイル……レイル!」


 女の子を助けて……水に流されて?

 こめかみがズキズキする……記憶はもやがかかったように曖昧だ。


「レイル!! ……もう! 最後の手段ですわ……」


「「治癒のパティシエ」!」


 むにゅん!



 ぱああああっ


 後頭部に甘美な感触を感じた瞬間、身体が暖かくなる……これは、このハリと肌触り……美しいフィルの、ふとももッ!?


「はっ!?」


 急速に意識が覚醒する。

 目の前にあったのはフィルの笑顔。


 口元は三日月を描いているが、形の良い眉はハの字になっており、やれやれという感じで苦笑を浮かべている。


「まったく……上級治癒魔術よりわたくしの膝枕の方が効くとか……レイルはなかなかにヘンタイさんですね…………脚で踏んだ方が良かったかしら」


 それは今度ぜひ!


 思わずむくりと荒神が目覚めそうになったオレは、慌てて邪神を抑え込むと、視線を周りに走らせる。


 ここは……先ほどまでいた海底洞窟と違い、淡く光るコケが生えていないからなのか、周囲は真っ暗だ。

 フィルが点けてくれた照明魔術のみがこの空間に存在する明かりとなる。


「そうか……海水に流されて、よほど奥まで来てしまったようだな」


 オレは途中で気を失ってしまったのか……治癒スキルを掛けてもらったとはいえ、いまだに少し痛む後頭部をさする。


「「緊急転移」の発動を確認しましたので、エレンは大丈夫でしょう……ですが」


 そう話すフィルの表情が曇る。


「どうした、フィル? もう一度「緊急転移」を使えばここから脱出できるんじゃ?」


 だって、迷宮から脱出するためのスキルなんだろ?

 オレの問いに、静かにフィルが首を振る。


「確かにそうなのですが、脱出できるのは出口までの道順が分かっているダンジョンのみ……不甲斐ないのですが、流されている時に出口への道を見失ってしまいまして……」


「現状、スキルで脱出することは不可能という事か」


 後頭部に感じる柔らかな感触は惜しいが、フィルも重いだろうからと体を起こしたオレは、今いる空間の天井を見る。


 10メートルほど上に穴が開いており、あそこから落ちてきたのだと推測される。

 穴の直下には水場があり、そのおかげでケガもなく助かったようだ。


 ただ……あの高さは厳しい。


 登攀キットを持ってきていないし、あそこまで登ったとしても、その先の通路が、よじ登れる形になっているかどうか。


 無事に脱出したであろうエレンが助けを呼んでくれることを期待し、ヘタに動かないことも選択肢の一つではある。


 くぅ……


「はうっ!? いやあの」


「……とりあえず、食事にしようか」


 シリアスシーンぶち壊しな、フィルのお腹から控えめに主張する腹の虫に負け、オレは食事の準備を始めることにしたのだった。



 ***  ***


 ぱちぱち……


 魔術で起こした炎が控えめに爆ぜる。


「はい、フィル」

「粉末スープだけど、ベーコン入りだから」

「あとは乾パンしかないけど、ガマンしてね」


「大丈夫です。 こんな場所で贅沢は言いませんわ……ふぅ、あったかくて美味しい……」


 鍋で沸かしたお湯にスープを溶かし、乾燥ベーコンを入れる。

 少ししょっぱいが、沢山動いた体にはちょうどいいだろう。


 マグカップに入れたスープと、乾パンを手渡すとおいしそうに頬張るフィル。


「食料は切り詰めて3日分といったところか……日帰りの予定だったから、メイン使いのバックパックを屋敷に置いてきたのが痛いな……」


 オレは、腰に下げた魔法バッグの中身を漁りながらため息をつく。


 先ほど釣り上げたフィルの戸棚などもこの中に入れているのだが、冒険に使う武器などを除くと、数日分の食料と念のため持ってきた毛布しか入っていない。


 寝床代わりの毛布を取り出していると、フィルが恥ずかしそうに話しかけてくる。


「えっと……食べ物でしたら、わたくしの戸棚にいくつか入っていますわ」


「いや、違いますよ!? 決してわたくしの食い意地が張っているのではなく、宮廷の購買は夕方で閉まってしまいますので……夜のお嬢様は小腹がすくのですっ!」


 フィルの言葉通り、戸棚の中からは少し……いや、大量の缶詰や保存用ビスケットの山が出てきた。

 ……10日分はありそうだ。


「……ぷっ……お嬢様は燃費が悪いんだな……そういう事にしておこうか」


 ”小腹”というには、あまりにも多いその量に、思わず吹き出してしまうオレ。


「もう! いくらわたくしでも一気にそんなに食べません! 非常用と言っているでしょう!?」


 顔を真っ赤にして口をとがらせるフィル。

 その様子がおかしくて、さらに笑いがこみあげてくる。


「はははははっ、ごめんごめん……ホッとしたから可笑しくてさ」


 オレは、目尻に浮かんだ涙をそっとぬぐう。


「これだけあれば、救助が多少遅れても大丈夫だな」

「水はフィルの氷雪魔術で氷が作れるし……なんとかなりそうだ」


 フィルの魔術で、火も水も準備できる事がありがたい……オレは冒険者学校でたたき込まれたサバイバル技術に感謝する。


「それでは……もう少し食べても大丈夫ですよね?」


「もちろん!」


 それからしばらく、オレたちはフィルの非常食……ロゥランド製の缶詰を堪能するのだった。



 ***  ***


「ふぅ……レイル、せっかくですし、お互いのことを少し話しませんか?」


 食事の後、オレたちは毛布を敷くと、魔術の炎を焚火代わりにして、ゆったりとくつろいでいた。

 毛布は2枚しかないので、お尻が痛くならないように重ねてその上に座っている。


 そのためか、オレとフィルの距離は肌が触れ合うほど近くて……洞窟内の薄暗さも相まって、とてもドキドキしてしまう。


 お互いのことか……出会ってすぐに冒険に出たし、コテージでは仕切りがあって部屋が分かれているし、ふたりとも寝つきが良すぎることもあって、あまりお互いの事は話していなかった気がする。


 時間はいくらでもあるし、それもいいかもしれない。


 オレが同意すると、フィルはにっこりと微笑み、ゆっくりと語りだした。

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