第1-6話 悪徳理事長サイド・不正転売をレイルのスキルで無意識妨害

 

「ふふふ……悪くない……いくら片田舎にあるとはいえ、伝統校。 稼いでくれそうな学生が多くいるではないか」


「できればディアンヌ冒険者学校を手に入れたかったが……贅沢は言うまい」

「前任者のジジイを上手くだましてくれた”奴”には感謝だな」


 座り心地の良い理事長席に座り、昼間だというのに高級ワインのグラスを傾けるザイオンは、ついに手に入った念願の地位に、満足の吐息をもらす。


 中年太りの身体を包むシルク生地の高級スーツも、ゴテゴテと悪趣味な光を放つ指輪も、ここに来てから新調したモノだ。



 若者たちのあこがれ、冒険者。

 その育成を一手に担う冒険者学校の理事長ともなれば、各方面に顔が効くようになる。


 大抵の冒険者学校は在校生、卒業生問わず冒険者のあっせん業務もしており、モンスター退治や迷宮の探索など……国家や街の依頼に応じて適切な冒険者を派遣し、莫大な報酬を得る。


 各種スキルは


 女神か悪魔か……誰が作ったのかは知らないが、私にとって都合のいいルールだ。

 そう、この制約により冒険者学校の理事長は絶大な権力を得ることが出来るのだ。


 大抵の理事長は、使命感を持った高潔な人物なのだが……ごくたまに上手くコトを運んだ輩がこの地位に就く。

 残念ながらザイオンは後者に属する人間だった。



「……で、ニーナ君」


「君はこれっぽっちのシルバースキルで、伝統輝く我がラクウェル冒険者学校に残りたいというのかね?」


 数分後、ザイオンは先日放校を言い渡したはずの、ひとりの女子生徒の訪問を受けていた。

 彼女は魔法使いクラスの学生で、いくつかの初級魔法スキルを発現させているだけの低レベル生徒……要は落ちこぼれである。


「ふむ……君には10人の兄弟姉妹がいて、両親ともども生活が苦しい……食い扶持を稼ぐためになんとしても冒険者になりたいと……」


「切なる事情は私も理解するがね……伝統校の理事長として、低レベルな冒険者を顧客に斡旋するわけにはいかないのだよ」


「ザイオン理事長! わたしのスキルが足りないのは理解していますが、なんとか、なんとか学校に残していただけないでしょうか……!」

「冒険者としての収入が無いと、来月の食費すら……」


 ニーナと呼ばれた少女は、大粒の涙を浮かべながら、額を床にこすりつける勢いで腰を折る。

 その拍子に、制服の上からでも分かる彼女の豊満な胸がむにゅりとゆがむ。


 この肉体……まさに私好みだ。

 くくっ……思わず邪悪な笑みを浮かべるザイオン。


 権力欲にまみれ、好色なザイオンは最初から好みの女子生徒に目を付けていたのだ。


 この茶番は、彼が少女を手籠めにするための儀式に過ぎない。

 深く考え込むふりをするザイオンは、思慮深げにニーナに声をかける。


「私も鬼ではない……これから私がすることを黙っているというのなら、考えなくもない……どうするね?」


「……ひっ」


 にやり……生理的な嫌悪を催す、いやらしい笑みを浮かべるザイオン。

 これから何を要求されるのか、理解した少女はしかし、家族のために拒否することは出来ず。


「くくく……賢明な判断だ」


 ザイオンの醜悪な手が、少女の制服に掛かる……。



 ***  ***


「ははは! なかなか良い具合だったな……さて、すっきりした後は財テクだ」


 哀れな女子生徒ニーナとの情事を終えたザイオンは、上機嫌で分厚いファイルをめくる。


 そこに載っているのは、冒険者学校に所属する学生、卒業生が獲得したアイテムの一覧。


 冒険者が迷宮探索などでアイテムを入手した場合、冒険者学校がまとめて買い取り、報酬として適切な金額を渡すことになっている。


「ふん、冒険者学校連盟の公示価格などどうでもよい……私のコネクションを使えばな」


 ザイオンは特に貴重な回復アイテム、エリクサーが入荷していることを確認すると、出入り業者に偽装した”闇”の商人にブラックマーケットでの売却を依頼する。


 迷宮のモンスターからは、人間の技術では作れない武器、道具などのレアアイテムがドロップすることがあり、正規ルートでこれらを入手できない犯罪組織など、法外な価格であったとしても欲しがる者は多い。


 これ私の財布はまた重くなるだろう……今度は何を買おうか。


 夕闇迫る理事長室に、ザイオンの高笑いが響くのだった。



 ***  ***


「なっ……なななっ!?」


 異世界ロゥランドの大魔導士であるフィル、彼女の身体に触れた途端、オレに発現した新たな銀スキル。



「アイテムフィッシング○」:Bランクまでのレアアイテムを釣り上げることが出来る。



 燦然と輝くスキルカードは、自動的にスキルポイントを消費し、オレの物となる。


「こ、こちらの世界のスキルというものは、こんなにぽんぽこ発現するんですかっ!?」


 この事態にはフィルも驚愕したのだろう。

 ペタンと尻もちをつき、やけにかわいい表現で驚きを表す彼女。


「いやいや、こんなの初めてだって……!」


 そうなのだ。

 つい先ほどじいさんに”グランミスリル製の釣り糸”を貰った時もだけど、”スキル”はこんなに簡単に発言するものではなく、厳しいトレーニングを積むか、各地に点在する特別な迷宮でたまに見つかる

 謎の祭壇に触れるなど、それなりのプロセスを踏む必要がある。


 それがこんなに簡単に発現するなんて……。


「……この術式は……高次元連立圧縮術式!? わたくしたちでもまだ基礎研究中の超高度魔導理論がなぜ……?」


 オレの胸元に輝くスキルカードを見ながら、オレには理解できないことを呟くフィル。

 まさか、異世界の魔導士であるフィルと出会った影響か?


 いやいやそれなら最初に発現した「深淵の接続者」ってなんなんだよ……?


 次々に起こる想定外の事態に混乱するオレを尻目に、なにか得心した様子のフィルは大きく頷くと、とんでもないことを言いだす。


「なるほど……ねえレイル、危険はないようですから……さっそくそのスキルとやらを試してみましょうっ!」


「えええっ!? ちょっと待った! さすがにスキル鑑定してからの方がいいってば!」


 やる気満々のフィルの申し出に抗議の声を上げるオレ。


 さっきは不用意にスキルを使ってフィルを釣り上げてしまったからな……これ以上謎スキルを使って、とんでもないことが起きてもいけない。


 ”アイテム (どこかの世界の言葉では魔王)”とかだったらイヤだし!


「もう! 術式解析を終えたから安全だと言ってますでしょう?」


「それ、どっせ~~い!!」


 オレの抵抗を無視し、鼻息荒く近づいてきたフィルは、背後から抱きつくようにしてオレの腕をつかむと無理やり「アイテムフィッシング○」を発動させる。


 そのままロッド (釣り竿)を振りかぶり……。


 ひゅ~~ん


 ぽちゃん!


「あっ……」


 やってしまった……思ったよりずっとフィルの力が強かったこともあるけど、無意識に背中にあてられたふくらみの感触に、健康男子は骨抜きにされてしまったのだ。


 二重の意味でドキドキするオレの目の前で、水面が今度は緑色に輝き……。



 カッ!

 ズドウッ!



「くっ……重っ!!」


 1メートルオーバーのナマズをヒットしたときのような抵抗がロッドを通して伝わる。

 砕けそうな腰に力を入れ、思いっきり力を入れて獲物?を釣り上げる!



 ザバアッ!!



「……はっ?」


 水面から現れたのは、巨大魚でも魔王でもなく……淡く緑色に輝く、一抱えほどの大きさの”宝箱”だった。


「やはりっ! この”スキル”は、ロゥランドのダンジョンから”宝箱”を釣り上げる効果があるようですわねっ!」


 頬を紅潮させて叫ぶフィルとは対照的に、ありえないだろとため息を漏らすオレ……って……冒険小説かよ。


「ええっ!? こちらではダンジョンに宝箱が無いんですかっ?」


 思わず漏れたオレのつぶやきに、大げさに驚くフィル。

 ……どうやら彼女とオレの常識には大きな隔たりがあるようだ。


 王宮などの建物の中にならともかく、自然の迷宮に宝箱があるわけないじゃん……そもそも誰が置くんだよ。


 この世界では、各種アイテムはモンスターがドロップする物と決まっている。

 だから、モンスターを狩ることが出来る冒険者の需要が高いんだけど。


「なるほど……これが”かるちゃーぎゃっぷ”というものですのね」

「勉強になりました」


「それはともかく……宝箱を開けてみましょう! この輝きはおそらく!」


 フィルはそう得心すると、宝箱のもとへ突進する。


 あっ、待って! 得体の知れないものをいきなり開けるとか……第一印象はどこへやら。

 すっかり爆走お嬢様?に振り回されるオレ。


 がちゃり


「ふふん……やはりエリクサーですね……価値は普通ですが、100個以上ありますのでそこそこの稼ぎになるのでは?」


 止める間もなく開けられた宝箱の中で七色に輝く宝玉。


「って、エリクサーだとおおおおおっ!?」


 その日最大の驚きの声が、流れ落ちる滝に反射しやまびこになる。


 オレに現れた新たなスキルがこの世界を変えていくことに、オレはまだ気づいていなかった。

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