032 幼なじみへの不安



「ふむ……それもまんざら、あり得ない話ではないかもしれんのぉ……」


 ディアドラの放った予測に対して、エンゼルは興味深そうに頷いた。


「流石に一口食べるくらいで宿ることは、ないじゃろうがな」

「じゃあさー、どうすればありえるのー?」

「む? そりゃあ、年単位――例えば五年や十年くらいの長期間、アレンの料理をずっと食べ続けておれば、あり得るかもしれんぞ? 食べ続けると言っても、一日三食欠かさずに、という程度じゃがな」


 クーの問いかけにエンゼルが予測で答える。


「そうすることによって、その者の体に聖なる魔力が定着し、聖なる魔力を扱える者と見なされるケースがあるやもしれん」

「そうなんだー」

「まぁ、流石にそこまでのことがあるとは思え……」


 ここでようやく、エンゼルも気づいた。アレンが冷や汗をたらしながら、思い悩むような表情を浮かべ視線を逸らしていることに。

 傍から見れば、あからさまな態度だ。

 エンゼルも軽く表情を引きつらせ、アレンに問いかける。


「アレン? お前さんもしや、何か心当たりがあるのか?」

「うん、まぁその、実は……」


 隠すつもりはなかった。むしろどうやって切り出そうか悩んでいたほどだ。

 あくまで可能性の一つに過ぎないが、不安材料である以上、少しでも取り除ければと思った。

 聖女に選ばれた幼なじみの少女――その存在をアレンは明かした。

 その彼女がまさに、今の話に当てはまる一人であることを。


「――と、いうわけなんだよね」

「なるほどのう」


 アレンの話を聞いたエンゼルも、神妙な表情で頷いた。


「そのミッシェルとやらは、魔法そのものは元々使えてはいたんじゃな?」

「うん。聖なる魔法は使えていなかったけどね」

「だとしたら、やはりお前さんの不安は的中しておるやもしれんぞ」

「そっかぁ……」


 エンゼルの真剣な口調に、アレンがため息をつく。

 ミッシェルが聖なる魔法を使えたのは、アレンの料理を十年以上、毎日かからず食べていたからだった。

 まだ推測の域を出ていないが、殆ど確定に等しい判断だと見なされている。

 だからこそ、アレンは確認しておきたいことがあった。


「今のミッシェルは、僕の料理を何日も全く食べていないことになる」

「それってどうなるのー?」


 覗き込んでくるようにして、クーが無邪気に見上げてくる。今はそれすらもありがたいと思いつつ、アレンは小さな頭を撫でた。


「ミッシェルが聖女でもなんでもなければ、きっと聖なる魔力が使えなくなる程度で済んだんだろうけど……」

「聖女という立場を得ている以上、かなり影響は出るでしょうね」

「そうなのー?」

「えぇ」


 コテンと首を傾げるクーに、ディアドラが優しく背中を撫でる。


「人間界の帝国はプライドが高いことでも有名だし、間違いだったと公表するとは思えないわね」

「それ以前にミッシェルが断固として認めようとしないよ。アイツは昔から、自分の都合の悪い部分を見なかったから」

「……この話が本当ならば、見ないフリをするにも限界はあるじゃろ?」

「確かに」


 アレンは苦笑する。エンゼルの言うとおりだと思ったからだ。そして恐らく、あの幼なじみも分かっているであろうことも。


「だからミッシェルは、なんとかして聖なる魔力を使おうとしてると思うよ。それこそどんな手を使ってでもね」

「はぁ……とてもいい意味には聞こえないわ」


 ディアドラも色々と想像できてしまった。魔王をやっていた時にも、似たようなことをする者がいたからだ。


(権力の助けを借りたり、不当に入手した認可されていない魔法具を使う、なんてこともありそうね)


 そのどちらもが大当たりであることを知る由もなく、ディアドラは更に悪い方向へ想像を巡らせていく。


(更にそれを自分の力と見なして、調子に乗ってしまうことが怖いわね。流石にそこまでバカなマネはしないでしょうけれど。そんなことをしたら、絶対に痛い目を見るだけだものね)


 しています。ついでに言えば、痛い目を見るという点も大当たりです。

 ディアドラの勘が鋭いと言うべきか、それとも当の聖女が分かりやす過ぎると言うべきなのか。


(まぁ、どちらにせよ、考えられることは一つ!)


 スッと目を細くしながら、ディアドラは口を開く。


「何かしらの手段で聖なる魔法を無理やり使おうとして、その影響がこの島のコアに及んでいた……その可能性はあるわね」

「だとしたら厄介だよなぁ」


 両手を後ろについて、アレンは大きなため息をとともに天井を見上げる。


「もし戦争みたいな戦いが始まったら、ホントにどうなることやら」

「なんとも言えんが、最悪の状況も想定するべきじゃろうな」

「まさか、コアが壊れちゃうなんてことは……」

「…………」

「え、それもあり得るの?」


 厳しい表情を浮かべるエンゼルに、アレンの笑みが引きつる。ガトーやクーも、流石に聞き逃せないらしく、浮かない顔つきであった。


「まぁ全ては、ワシらの勝手な推測に過ぎん」


 エンゼルがポヨンと体を弾ませながら、軽く張り上げるように声を出した。


「何も起こらん可能性だって、十分にあり得るんじゃ。今はこれ以上、余計なことは考えんでおこう」

「そうね。それがいいと思うわ」

「メシがマズくなるのもイヤだもんなっ!」

「さんせーっ♪」


 ディアドラやガトー、そしてクーが笑みを浮かべる。アレンも軽く笑いながら頷きこそ返したが、心の中では幼なじみの少女に対して心配していた。


(ミッシェルのヤツ……本当に大丈夫なんだろうな?)


 頼むから面倒事だけは勘弁してほしい――その願いが儚いものであることを、そう遠くない未来に、アレンは体験することとなるのだった。


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