75. 戦闘終結

(シロム視点)



「無知とは怖いものだな。魔族の前で精神世界の入り口を開けるなど愚か者のすることだ。」


 ウィンディーネ様も僕の傍に居られるが、カルミさんを真剣な目付きで見つめている。


「シロム、不味いわよ。魔族に精神世界に入られたら魂の力を吸い取られる。逃げるのよ、身体を離れたらレイスに成っちゃうけど、魔族に力を吸い取られるよりましよ。」


 チーアルが耳元で囁く。吸い取られる??? 何を?


「逃しはせん。お前の魂の力は頂いた。」


 カルミさんがそう口にするなり、衝撃が走った。僕とカルミさんの魂が繋がり何かがカルミさんに吸い込まれてゆく。それに連れて力が入らなくなり砂の上に膝を突いた。


 カルミさんをウィンディーネ様の炎や雷、チーアルの影が襲うが全く効果がない。


「ほう、これはひょっとして....」


 カルミさんがそう言ったとたん、チーアルの身体が妖精に分解した。


「これは良いことを知った。精霊と契約している人間からは精霊の魂の力も吸い取れるのか! ならばまずは精霊の力から頂く。人間とは比べ物にならんからな。」


 カルミさんが何か独り言を言っているが頭に入って来ない。チーアルが消えた! 消滅した? 恐怖が全身を襲った。僕の所為でチーアルが消えてしまったら......。


「返せ! チーアルを返せ!」


 カルミさんに向かって叫んでいた。魂の力がどうのこうの言われても分からない。とにかくチーアルを取り戻す。


「んん? 小癪にも抵抗するか?」


「返せ! チーアルを返せ!」


 僕の頭にはもうそれしか無かった。


「無駄だ! 人間が魔族に勝てるわけ.....」


 そう言いかけたカルミさんの表情が驚愕に歪んだ。


「お前か! お前がこの人間に力を!」


カルミさんが何か口にするが頭に入って来ない。


「返せ! チーアルを返せ!」


 僕の心はチーアルの事だけで一杯だ。生意気で悪戯好きな奴だけど、チーアルの居ない生活なんて考えられない。


「返せ! チーアルを返せ!」


 いつの間にか僕の魂から何かが吸い出されるのが止まっていた。双方の力が拮抗して動かない。


「返せ! チーアルを返せ!」


 永遠に続くかと思われた均衡が崩れ、カミルさんから何かが僕に流れ込んでくる。


「返せ! チーアルを返せ!」


 僕は夢中で相手から何かを吸い込んだ。そうすればチーアルが返って来る気がする。


「シロム、そこまでよ! それ以上やったら相手が消滅する。」


 誰かが僕の肩を叩きながら言う。チーアル!?


 その声を聞いた途端力が抜けた。同時に僕とカミルさんの魂を繋いでいた何かが切断され、カミルさんが砂の上に崩れ落ちた。


「チーアル....」


「良くやったわね、シロム。」


「チーアル! 良かった....」


 それだけ言って僕はチーアルを抱きしめた。


「ご主人様、もはやあの魔族には何の力もありません。ここから出て行く様にお命じになれば自分の身体に帰るでしょう。」


 ウィンディーネ様も無事な様だ。僕が命じるとカミルさんが僕の精神世界から消え去り、一瞬遅れて僕も現実世界に戻った。


 目を開けるとアーシャ様が心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。そしてアーシャ様の後には魔族の4人と巫女達が座っていた。全員がジャニス皇女が作った電撃の首輪を身に着けている。


「まさかカリトラス大神が4人いるとは思わなかったの、シロムさんにまで戦わせるつもりは無かったのに御免なさいね。でも良くやったわね。魔族相手に相打ちなら上出来よ。」


 相打ち? そうか、精神世界のことは千里眼を使っても見ることは出来ない。アーシャ様には僕とカミルさんが相打ちで、両方とも気を失っている様に見えたわけだ。





(アーシャ視点)


 カリトラス大神は4人いた。これは想定外だ。一旦はチーアルの影に捕まったが、あっと言う間に影を消し去ってこちらに対峙して来る。とうさまと私、それに精霊王様とシロムさんの4人と、それぞれ1対1での戦いとなる。


 私の相手となったトルミはかなりの強敵だった。これ程の実力者が誰にも知られずに潜んでいたなんて、世界は思ったより広い。


 そう悟った私は空に飛び立った。私が本気で戦えば周りへの被害も大きい。心配だがシロムさんから離れた方が安全だ。シロムさんには私と同じくらいの力がある大精霊のウィンディーネさんが付いている。今は信じるしかない。


 空中での一進一退の攻防が続く。私の全力の一撃に耐えるなんて驚くばかりだ。私達の攻撃は聖なる山の周りの原生林で爆発し沢山のクレーターが作られてゆく。


 だが相手の頑張りもそこまでだった。ある時を境にトルミの攻撃力が弱まりだした。これはたぶん....相手は自分で神気を生成できない、貯め込んでいた神気を使っているだけだ。そうであれば持久戦に持ち込めば勝てる。


 狙い通りトルミの力は徐々に弱まりフラフラになったところで、隠し持っていた電撃の首輪を相手の首にはめることに成功した。相手も私と同じで身体を持っている。電撃の首輪を装着すれば神力を使えなくなることは私自身が体験済みだ。


 トルミを連れて石畳の広場に戻ると、とうさまと精霊王様も敵を拘束していた。そして石畳の上には横たわるシロムさんの姿が.....。


「シロムさん! 」


 冷や汗を掻きながら横たわるシロムさんに駆け寄って安心した。外傷らしき外傷はない。気を失っているだけだ。すぐ傍にはシロムさんが戦っていた相手も倒れている。こちらも死んではいない。私は急いでこの人にも電撃の首輪を装着した。


 しばらくしてシロムさんの相手が目を覚ますと同時にシロムさんも目を開けた。


<< シロムよ良くやった。私が居たと言うのに危ない目に会わせて済まなかったな。>>


 とうさまがシロムさんに話しかける。やはり心配していたのだろう。神の戦いに人間を巻き込むなんて普通ありえないからね。


「と、とんでもありません。チーアルとウィンディーネ様が助けてくれたお蔭です。」


「悔しいが我らの負けだ。だがあの者達は何も知らずに我らの命令に従っただけだ。解放してやってくれぬか。」


 魔族の1人が口にする。あの者達というのは巫女の女性達のことだろう。自分達のことより巫女達のことを気にするとは好感が持てる。それにしても中々の強敵だった。偶々精霊王様が神域に来られていたから何とかなったものの。そうでなければ負けはしなかったとしてもここまで短時間には片付かなかっただろう。もともと、カリトラス大神と戦うのは私ととうさまだけのつもりだった。まさかカリトラス大神が4人もいるとは思ってもみなかったのだ。一歩間違えればシロムさんがどうなっていたか....。


<< そうしても良いぞ。だがお前達には相応の罰をうけてもらう。レイスは人間の魂、それを狩ったことを許すわけにはいかん。>>


 とうさまが念話で答える。


「好きにするが良い....。」


 先ほどの魔族が返す。この人がリーダーの様だ。だが以外にも背後から魔族達を擁護する発言があった。シロムさんだ。


「お、お待ちください。聖なる山の神様、アーシャ様。お願いです、この人達を許してあげるわけにはいかないでしょうか。」

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