61. 後継者争いの現状

(シロム視点)



「それにしても、ここでジャニス様にお会いできるとは思ってもおりませんでした。お元気そうなので安心いたしました。酷い扱いは受けておられないようですね。」


「まあね、ガニマール帝国の次の皇帝が決まるまで大人しくしているのが私への罰よ、今日は気晴らしにここに連れて来てもらったの。」


「次の皇帝が決まるまでですか....そう言えばガイラス様がクーデターに失敗して処刑されたことはご存知でしょうか?」


「ガイラス兄さんが!? 」


「そうです。聖なる山の神を味方に付けるという皇帝陛下のご命令の実現は困難とお考えになったのでしょう。武力で皇帝の地位を奪おうと企てられたのですが、ボルト様に見抜かれて事をなす前に捕まってしまいました。クーデターの証拠も数々見つかり言い逃れも出来なかった様でございます。」


「驚いたわね。これで正妻の子供は3人とも失敗したわけね。そうなると側室達の子供にチャンスが訪れるわね。」


「そう仰るという事はアキュリス様も失敗なされたのですか?」


「詳しくは言えないけどその通りよ。ガイラス兄さんも早まったわね。側室が生んだ兄妹達も聖なる山の神を味方に付けるのは難しいでしょうから、結局全員が失敗して、長男のガイラス兄さんが次の皇帝になる可能性もあったのに。」


「あ、あの、お話し中申し訳ありませんが、食べ終わったら速やかにテーブルを空けて欲しいと言われておりますので場所を変えませんか?」


 ヒソヒソ声で話されるとんでもない話に閉口しながらも、勇気を出して行ってみた。まだまだ料理大会に来る人の列は絶えていない。テーブルを占拠していると後から来た人が座れないのだ。


「それもそうね。それじゃ行きましょうか?」


「御子様どちらへ参られますか? よろしければもう少しジャニス様とお話をさせていただけないでしょうか?」


「じゃあ一緒に来ても良いわよ。行先は泉の広場という公園よ、そこにいる大精霊に挨拶に行くの。」


「せ、精霊でございますか!? 大丈夫なので?」


「ただの精霊じゃなく大精霊よ。もっとも普通の人間には見えないし声も聞こえないけどね。」


「そ、そうでございますか。よろしければご同行させていただきます。」


 そう言うわけで僕達は料理の点数を記載したカードを投票箱に入れてから、公園に向かった。料理大会の結果が出るにはもうしばらく掛かる。その間、ウィンディーネさんへ挨拶がてら泉の広場で休憩することになっている。あそこは木陰もベンチもあるし、良い風が吹いて気持ちが良い。


 アーシャ様とウィンディーネ様が挨拶を交わすが、このふたりの念話を聞くことが出来るのは僕しかいない。僕達以外は泉を見つめていても、単に綺麗な景色を楽しんでいるだけだ。


<< ウィンディーネさん、ここの環境についてご希望はありませんか? ある程度のことはご希望に沿えると思いますよ。>>


<< ありがとうございます。でも大丈夫です、ここはすごく気持ちが良いです。最高の場所ですね。>>


 アーシャ様とウィンディーネ様が話をする一方で、残りの面々は近くのベンチに腰掛けて思い思いに話を始めた。


「それでボルト兄さんは例の馬鹿げた研究をまだ続けているの?」


 これはジャニス皇女だ。


「その様でございます。それも何か進展があった様で。ガイラス様を逮捕する際には超人的な力を発揮されたとの噂がございます。」


「まさか! あんなオカルトじみた話が本当のわけが無いわ。」


「そうなのですが、どうやら皇帝陛下も興味を持たれている様で。ご兄弟のだれも聖なる山の神を味方に付けるという皇帝陛下のご命令に成功しない場合は、ボルト様が次期皇帝になるのではとのもっぱらの噂でございます。」


「そうなの....まあ私には関係ないけどね。」


 近くに座っているジャニス皇女とアニルさんの話声が聞こえる。国家機密級の話ではないのかと思うが無視だ。僕にこそそんな話は関係が無い。


 しばらくして料理大会の会場に戻ると、沢山の人々が審査結果の発表を待っていた。ちょうど良いタイミングで帰還出来た様だ。


 主催者側が、料理への評価を記載したカードを100枚ずつ集計して、それを前方にある大きな表示版に記載して行く。その度に喝采が湧く。


 最初は全店舗が接戦だったが、その内に3つの店舗が混戦を抜け出した。嬉しいことにその内のひとつは二葉亭のチィ飯だ。もう一つはアルムさんが食べた黒と白のソースがかかった円盤状の不思議な料理、もう一つは僕達が食べなかった料理なので詳細は分からない。


 この3つの料理が接戦を繰り広げる。最後まで手に汗握る接戦を演じたが、二葉亭はわずか10点の差で2位に終わった。優勝はアルムさんが食べた不思議な料理だ。


「惜しかったわね。」


 カンナが慰めの言葉を掛けてくれる。父さん達ガッカリしているだろうな....。


 そして表彰が始まり、1位から3位までの店舗の主人が前に出る。なんと1位になったのは以前アーシャ様と食べた焼き麺の屋台のおじさんだった。只者ではないと思った僕の評価は間違いではなかった様だ。父さんは2位だったけど、やり切ったというさわやかな表情でこちらに手を振っていた。


 惜しかったけど来年がある。料理大会は毎年開催される予定なのだ。


 料理大会が終わると、僕達はアーシャ様と別れ家族と合流して家に帰る予定だ。別れ際にアーシャ様が話しかけて来る。


「シロムさん、聖なる岩を探しに行くのは次の二葉亭の休みで問題ないですか?」


「はい、大丈夫です。でも本当にカンナもアルムさんも同行して良いのですか?」


「平気よ、ジャニスも連れて行くしね。危険な所には行かないしピクニックみたいなものよ。そうだ、ロンさんにお願いしているお弁当はチィ飯が良いと伝えてくれる? 今日食べたチィ飯は最高だった。」


「畏まりました。それを聞いたら父さんも喜ぶと思います。」


 この話は少し説明が必要だろう。実は神殿では預言者、すなわち僕が使うことになる執務室を建設中だ。そして執務室にはアーシャ様の希望で、供物の間を小型にした僕専用の礼拝室が設置される。供物の間には供物を捧げるのに使う「聖なる岩」が置かれているが、供物の間を模すなら僕の礼拝室にも聖なる岩が必要になるわけだ。近くの岩山に聖なる岩を探しに行く予定だ。


その後、アーシャ様達と別れ家族と合流して家に引き返す。父さんは意外に落ち込んでいない。


「一位の料理を試食させてもらったが旨かったよ、あれなら負けても文句は言えん。だが手の届かない差じゃないのも確かだ。今から来年の大会に備えて戦略を練るさ。」


「それにしてもチィ飯であれだけの点数が入るとは思わなかったよ。流石は父さんだね。」


「ただのチィ飯じゃないぞ、隠し味に色々と工夫がしてある。今後の二葉亭の人気料理になるのは間違いなしだ。」


 祖父ちゃんが嬉しそうに言う。


「私チィ飯が食べたい。お父さん、晩御飯にチィ飯を作って。」


「はは、スミカにねだられたら断れんな。ようし、晩飯はチィ飯だ。飛び切り旨い奴を作ってやる。」


「やったー! 」


 スミカが歓声を上げた。

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