第十七章 エウィ王国闘技場

第232話 魔人という種族1

 木造の家の中。部屋の中は質素で、同じく木で作られたテーブルやベッドがある。後は本棚や簡単なクローゼットぐらいか。

 そのベッドの上では、二人の男女が横になっていた。耳の長い女性は荒い息をして、少々苦しそうだ。若い男性は後頭部に腕を組んで、天井を見上げていた。


「なあ、セレス」

「はぁはぁ。な、なんでしょうか?」

「いまさらだけど、よかったの?」

「手遅れです。ちぎりは結びましたよ」

「手遅れ……。ちぎり……」


 そう。頭の中をお花畑にしたセレスを、気が済むまで抱いた。調教したわけでも、無理やり襲ったのではない。

 魔人という事を知っても、まったく気にしていなかった。カーミラが悪魔だと知ってもだ。エルフとは、よく分からない種族であった。


(私にも春がとか言ってたが、それが原因か? セレスは奇麗だし、モテそうなものだけどな。そういや、恋人が居ないって言ってたけど……)


「セレスって、何歳なの?」

「私ですか? まだ百八十歳ですが」

「それで、まだなんだ……」

「エルフですからね」

「今までも、恋人は居なかったのか?」

「居なかったです。ハイエルフですので」

「ハイエルフ?」


 ハイエルフとは、エルフの上位種にあたる。身体能力や魔力はエルフより高いが、肉体的構造は同じだ。しかし、一つだけ違うものがある。

 それは、子供が作れない事だ。エルフは子供が誕生しづらいので、さまざまな相手と伴侶となる。それは、エルフのしきたりだそうだ。だいたい、三十年ぐらいで相手を変えるらしい。


「へえ」


 しかし、クローディアやセレスのような、ハイエルフには適用されない。よって、エルフと結婚はさせられないらしい。しきたりなので、男性のエルフも言い寄ってこない。

 ハイエルフ同士なら恋人になれるが、里の重鎮などを務めるので、機会にも恵まれなかった。そんな事情なので、ずっとセレスは独り身だった。


(なんか、劣化版の魔人みたいだな。日本では考えられない事情だ。合法で女房を、取っ替え引っ替えしてるって事だろ? ある意味、すげえ)


「でも、俺は魔人だぞ? カーミラも悪魔だぞ?」

「たしかに驚きましたが、話の通じる魔人ですので」

「まあ、元人間だし」

「それに、プロポーズの言葉が気に入りました」

「プロポーズ……」

「一生、お供しますね」

「は、はい」


 あまり親しい間柄ではないはずだが、セレスの考えは理解した。恋愛や結婚に、物凄く憧れていたようである。

 クローディアもバグバットに対して、同じような感じだ。これが、ハイエルフの恋愛感情なのかもしれない。エルフ族の事情が、そうさせているのだろう。


「でも、他種族と交わってもいいの?」

「それは、個人の自由ですね。どうせ、子供は作れないので」

「なるほど」

「この後は、クローディア様に認めてもらう必要があります」

「里を出る件か」

「はい。それと、パートナーとしてもです。きゃ!」

「………………。認められるもんなのか?」

「ローゼンクロイツ家の当主様ですので、大丈夫だと思いますよ」

「魔人や悪魔の事は言うなよ」

「旦那様が、そうおっしゃるなら……」

「旦那様……」


 屋敷へ帰れば、シェラは「魔人様」と呼ぶ。よって、このままでいいだろう。それにもう、考えるのは面倒になった。好きに呼んでもらって構わない。


「では、昼食の支度を……」

「それは、レイナスとカーミラがやってる。ふっ」

「きゃ! ま、まだ抱いてくれるのですね?」


 セレスの弱点は分かっている。エルフは耳が弱いようだ。望みに望んだエルフを手に入れたのだ。止まるわけがない。そのままフォルトとセレスは、昼食が完成するまで、お互いを愛し合ったのであった。



◇◇◇◇◇



「セレス。羨ましいですね」


 おっさんの姿に戻ったフォルトとセレスは、クローディアへ報告に向かった。その報告を黙って聞いていた彼女は、開口一番に、そう答えたのだった。


「里から出ても、よろしいですか?」

「セレスの気持ちは、十分に理解しました。ですが、駄目です」

「駄目なんだ」

「女王様の件がありますので」

「あ、そうだったな」


 今は駄目という事だ。女王の呪いの解呪をしない限り、有能なハイエルフに自由な行動は認められない。フォルトもセレスも、すっかり女王の事を忘れていた。


「なんとかならないかな?」

「そうですね。なら、フォルト殿」

「なんとかなるか?」

「セレスを連れていく代わりに、呪いの解呪を手伝ってください」

「そうきたか」

「セレスはハイエルフ。女王様の件については、義務があります」

「もちろんです」

「そのセレスを連れていくのです。手伝ってくださいますね?」


 変な威圧感を感じるのは気のせいだろうか。嫉妬しっとめいた感情が襲ってきたような感じがした。しかし、クローディアの言う事はもっともである。セレスは女王の件について、無関係ではない。


「しょうがないですね。でも、前に言ったけど」

「引き籠りですか? やれる範囲で、お願いします」

「やれる範囲ね」

「セレス、分かってるわね?」

「は、はい!」


 どうやらセレスに尻をたたかせるようだ。しかし、身内にしたからには彼女の頼みを聞く事になる。ならば、どう楽に手伝うかを考えるしかない。

 それにバグバットからの依頼は、女王の件を頼まれたら受けてくれである。バフォメットから話を聞いて、進展があっただけでは終わらないだろう。終わらせるつもりだったが……。


(やれやれ。リリエラが戻っているはずだから、シルビアとドボを使うか? それとも、リリエラのクエストにするか。まあ、帰ったら考えよう)


 人使いが荒いが、もともと魔物使いが荒い。自分から率先して動くつもりがない駄目男である。情報が集まるまでは、自堕落に生活するつもりであった。


「じゃあ、セレスは連れていく」

「あら、もう呼び捨てですか。本当に羨ましいですね」

「………………」

「帰られるのでしたら、バグバット様に手紙を持っていってください」

「はい、はい」


 セレスを連れていく事で、使いパシリにされた気がする。しかし、届けるのはニャンシーなので気にしない。


「それで、女王は?」

「あれからも、変わりはありませんね」

「結界も?」

「はい」

「一応、何か急変があったら知らせて」

「分かりました。もちろん、バグバット様経由ですよね?」

「そ、そうだ。幽鬼の森に住んでるからな」


 これで、クローディアとの話は終わりだ。フォルトたちは、彼女の手紙を受け取って城を出る。そして、セレスの家へ向かった。

 そこにはカーミラを含め、全員がそろっていた。さっそく客間へ移動して、これからどうするか話す事にする。


「御主人様、オヤツでーす!」

「ルリから習っておいて、正解ですわ」


 テーブルには、レイナスの作ったフライドポテトと茶が出された。小腹が空いていたので、それをつまみながら話を始める。


「まず、シェラの限界突破の神託は?」

「受けられましたわ。ですが……」

「どうした?」

「精霊魔法の修得だそうです」

「は? 魔物の討伐じゃないのか」

「そうみたいですわね。私としては助かりますが」

「シェラは戦いに不慣れだしな」

「はい」


 シェラとソフィアは、パワーレベリングでレベルを上げている。しかし、突っ立っているだけでは上がらない。

 彼女の場合は、信仰系魔法にある攻撃魔法で戦っていた。しかし、威力が低い。とてもじゃないが、魔物と一対一で戦える代物ではなかった。


「でも、精霊魔法かあ」

「精霊魔法は、普通の魔法とは違いますからね」


 火属性魔法などに代表される魔法は学問であり、術式を理解する事で使用が可能になる。しかし、精霊魔法は、精霊と心を交わす事で身につける魔法だ。


「カーミラ。ニャンシーじゃ、教えられないよな?」

「無理ですよお。教えるものじゃないでーす!」

「でも、精霊魔法と言えばエルフ! セレスが居るな」


 エルフは精霊魔法の使い手。日本の創作物では定番の設定である。そして、今はエルフの里に滞在しており、セレスというハイエルフを身内にした。万時解決と思われるが……。


「たしかにエルフは、精霊に認められ易い種族ですけど」

「だよね。じゃあ、頼む」

「精霊と交信する方法ぐらいしか、教えられませんが?」

「え?」

「学問ではないので、シェラさんが精霊に認められないと駄目ですね」

「あ……。そうなんだ」

「では、交信の方法だけでも」

「難しい事はないですよ。自然の声を聞くだけでいいのです」

「………………」


(抽象的すぎる。俺には全然分からん。精霊なんぞ、召喚するものだと思っていたが……。そういう事とは違うのか? 難しいな)


 フォルトも精霊魔法は使えない。精霊を召喚して使役する事で、使わせる事は可能である。精霊魔法とは、その精霊の力を自らが使う魔法だ。簡単な話、精霊にやらせるか、自分がやるかである。


「自然の声と言われても……」

「ま、魔人様。修得するのは私ですので」

「そ、そうだな! 頑張ってくれ」

「はい。でも、セレスさんが居るので、大丈夫だと思います」

「修得する場所は、どこでもいいの?」

「そうですね。どこにでも自然はあるので」

「ふーん。なら、幽鬼の森で修得すればいいか」

「はい」


 これで、シェラの案件は終わりだ。後は彼女自身の問題なので、頑張って修得してもらうだけである。

 修得さえすれば、堕落の種を食べられるだろう。信仰系魔法が使えなくなるが、代わりに精霊魔法が使えるようになる。


「次はっと」

「セレスの堕落の種の件ですね!」

「ああ、そうだった」

「旦那様は、悪魔を集めているのですか?」

「そういうわけじゃないけど、俺の寿命が永遠だから、身内も永遠にだ」

「あのプロポーズは、そういう意味なのですね! きゃ!」


 セレスのギャップが物凄くかわいい。ソフィアと似て非なるものだ。ソフィアは、清楚せいそなイメージからの子供っぽいギャップ。セレスは、エルフの排他的なイメージからくるポンコツ系だ。


「そ、そうだ! セレスも、後九百年ぐらいで寿命だろ?」

「そうですね。でしたら、私も……」

「でも、神に見放されるからな。信仰系魔法が使えなくなるぞ」

「え? 自然神であれば、問題ないはずですが」

「あれ? そうなのか」

「自然神は、自然に生きる全て者を見守っています」

「悪魔も自然に生きていると言えば、そうなのか?」

「拒絶するのは、アンデッドだけだと思いますよ」

「ふーん」


 自然神に善悪はない。あるのは、自然であるかどうかだ。アンデッドは、その自然の営みから外れた存在である。生物であっても、キマイラなどの合成生物などは自然でない。そういった解釈であった。


「じゃあ、セレスは何も変わらないな」

「これで永遠に、旦那様のものですね!」

「そ、そうだな! 限界突破も、セレスでやれるか」

「ですから、私でもやれると……」

「セレスが自然神から見放されると思ってな。違うなら、それでいい」

「えへへ。なら、もう帰れますね!」

「そうだな。みんなが待ってるだろう」


 これで、エルフの里には用がなくなった。セレスを手に入れた事で、いつでもエルフ成分の補充は可能である。でるだけの玩具でよかったが、身内にできた事も僥倖ぎょうこうだ。

 そして、懸案であったシェラの堕落の種の件が片付いた。新しくエルフの女王の件が増えたが、それでも身内に関しての懸案が減った。エルフの里へ来た収穫があった事に喜びながら、帰るの準備を始めるのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る