第九章 三国会議 ※改稿中
第116話 カーミラ日記2-1
時は三国会議より、かなり昔に遡る。
とある城の中にある玉座の間には、生物の骨が散乱していた。
また所々砕けた玉座には、小さな子供が座っている。男性とも女性とも分からない中性的な顔立ちだ。
衣服は何も身に着けておらず、体じゅうに乾いた血が付着していた。手には人間の腕らしきものを持って、ムシャムシャと食べている。
「満足」
食事を終えた子供は、骨だけになった腕を放り捨てた。
そして目を閉じた瞬間に、寝息を立て始める。
「ぐぅぐぅ」
玉座の間は静寂に包まれ、寝息だけが周囲に響く。外から日光が差し込んで、時間が過ぎると闇夜に包まれる。
それが三回続いた頃に、子供は目を覚ました。
「んっんんっ! 寝た」
体をググっと伸ばすと、子供の腹の虫が鳴いた。
両手でお腹を押さえた後は、キョロキョロと周囲を見渡す。とはいえ、骨が無数に散乱しているだけだった。
別に食せるのだが、いまいち気乗りしない。
「腹が減った。カーミラ、来い!」
子供はぶっきらぼうに、カーミラの名前を呼んだ。
すると目の前に魔法陣が現れて、床に座った小悪魔が現れた。
「御主人様、御用は何ですかぁ?」
「食べ物を寄越せ」
「人間でいいですかぁ?」
「何でもいい」
「じゃあ取ってきますねぇ」
「待て! 連れていけ」
この場で待ちたくない子供は、両手を前に伸ばす。
カーミラは「仕方ないなぁ」といった表情で、小さな体を抱き上げた。七歳児ぐらいの体型なので、あまり重くはない。
「持ってくるまで待てないんですねぇ」
「ふんっ! もうこの城には用が無い」
キョトンと
二人の向かう先は、地下にある
この子供は、今回の食事が最後と理解していたようだ。
「次は何を食べたいですかぁ?」
「腹が膨れればいい」
「分かりましたあ! それより食事の後は、カーミラちゃんと……」
「また、か? 嫌だと言ってあっただろ」
「ぶぅ。ご褒美が欲しいでーす!」
「シモベは黙って命令に従っていろ」
「………………」
(もう! 魔人のシモベになれて超ラッキーって思ったのに! 御主人様の頭の中には食べることと寝ることしか入ってないよぉ)
この子供は魔人である。
悪魔のカーミラとは、シモベ契約を結んでいた。しかしながら、リリスとしての欲求を満足させてもらえない。
それに対して
「ひぃぃ! 悪魔!」
「ここから出せ!」
「助けてくれ!」
牢屋の中では、数十人の人間が騒いでいる。
現在は男性しか残っていない。女性は柔らかい肉と脂肪のおかげで、最初に食べられたからだ。
「お仲間を連れてきたよぉ!」
「仲間だと?」
「この子供の面倒を見てねぇ」
「貴様には血も涙も無いのか!」
「あるよぉ。あるけど出ないだけでーす!」
「悪魔めっ!」
「じゃあ入ってくださーい!」
牢屋の扉を開けたカーミラは、自身に抱き着いていた子供を下ろす。
その子供は促されるまま牢屋に入り、近くの男性の傍に歩いていった。
「じゃあねぇ」
可愛らしく手を振ったカーミラは、牢屋に鍵をかけて離れていく。次に階段を駆けあがって一階に戻ると、地下から悲鳴が聞こえてきた。
断末魔ならまだ良いだろう。しかしながら、生きた状態で食われている。手足がもがれたり、肩や腹に
相手は子供と言えども魔人なので、逃れようとしても無駄である。
人間如きでは、その体に傷一つ付けられない。痛みでショック死するか出血多量で死ぬまでは、
当分の間、悲鳴は続くと思われた。
(苦痛と恐怖に
地下で人間を食べているのは、暴食の魔人ポロである。
カーミラがフォルトと出会う前の主人で、暴食と怠惰の大罪を持っていた。だからこそ、食べることと寝ることしか頭に無いのだ。
「いつものように空から探しますかぁ」
城を出たカーミラは、背中の翼を揺らして空を飛んだ。
まるで弾道ミサイルのような速さである。とはいえ魔力を使って飛んでいるので、翼の動きとスピードが合っていない。
そしてチラリと前を見ると、天を貫く巨大な絶壁があった。大地を分断するかのように左右に続いて、その終わりを確認することはできない。
「高いねぇ。でも越えるわけじゃないから、この辺でいいかなぁ?」
ある程度の高度まで飛んだカーミラは、視線を下に向けた。同時に水平にした手を額に当てる。
あまり高く飛ぶと、何も分からなくなる。だが低いと、何も発見できない。微妙な距離感覚が重要だが、この高度なら獲物がいる場所は分かった。
大型の魔獣や魔物の
(うーん。お腹を膨らませるだけなら、大きな魔獣が楽なんだけどねぇ。御主人様はちっちゃいし! でも……)
「抱いてくれないんだから、これぐらいの遊びはいいよねぇ」
餌場となりそうな領域から先を見ると、壁で囲まれた町を見つけた。
この高度で発見できるなら、かなり大きな町だろう。ならばとカーミラは体を傾けて、一気に落ちていく。重力と魔力の加速によって、相当なスピードが出る。
これなら、あっという間に到着するはずだ。
「えへへ。恐怖と絶望は蜜の味でーす!」
発見した町に到着したカーミラは、上空で止まって眼下を眺める。
現在は夜なので目立たない。しかしながら、『
(ふんふん。建物が多いねぇ。なら餌になる人間も多いよね! まず最初にやることは、領主を見つけて籠絡かなぁ? それから町の封鎖ですねぇ)
そんなことを考えたカーミラは、ジックリと町並みを確認した。すると、中央付近に大きな屋敷を発見する。
領主の屋敷は大きいと、相場が決まっていた。
窓から光が漏れているので、目的の人物がいそうだ。
「えへへ。発見! じゃあカーミラちゃんが行きますよぉ!」
カーミラは屋敷を目指して、意気揚々と飛んだ。
到着した後は、光が漏れている部屋を
視線の先では、一人の少女が本を読んでいた。他の部屋も確認してみるが、光が漏れているのは少女のいる部屋だけのようだ。
(さすがにあの娘が領主じゃないよねぇ。もしかして寝ちゃったかなぁ? なら魅了して案内させよーっと!)
「さあて、窓を……」
「何者であるかな?」
「っ!」
カーミラが窓ガラスを割って、部屋の中に飛び込もうとした瞬間。まったく気配を感じなかったが、背後から声をかけられた。
いきなりのことなので、さすがに驚いてしまう。
(あちゃあ……。問題発生ですねぇ。カーミラちゃんが気付かないなんて……。それに『
恐る恐る振り向いたカーミラは、背後の人物を観察した。
視界に入ったのは、紫色の髪をオールバックで決めた中肉中背の男性だ。
上質の濃い赤紫の上着を着て、黒いスラックスを履いている。他にも、裏地の赤い黒マントを羽織っていた。
何となくだが、嫌な予感を覚える。
「あははっ……。道に迷っちゃって、ねぇ」
「そのような
「ですよねぇ」
「
男性の目が赤く光ったので、カーミラはジリジリと窓に近づく。
こうしておけば、男性は突っ込んでこないだろう。もし正面から向かってくれば、体ごと
そうなれば、部屋の少女に危険が及ぶ。
「アルバハードに手を出すとは……」
「まだ出してないよぉ」
「召喚主は誰であるか?」
「えへへ。このまま消えてくれたら教えてもいいよぉ」
「戯言である。悪魔を見逃すわけにはいかないである」
(ちぇ。直接戦闘は得意じゃないんですよねぇ。御主人様、助けてえ! って、あの牢屋の人間を食べ終わるまでは絶対に動かないよねぇ)
戦闘を回避するのは無理そうだ。
カーミラは空間に手を入れて、鉄製の大鎌を取り出す。空間の先は、魔界に存在する自身の部屋だ。
魔界との移動を可能にする印を付けてあるので、こういった使い方もできる。とはいえ、手が届く範囲に置いておかなければならない。
「仕方ないなぁ」
「では参るである!」
男性は腕をクロスさせて、すべての指の爪を伸ばす。
鋭く堅そうな爪である。あれで引っかかれたら、カーミラの可愛い顔に傷が付いてしまうだろう。
治療できない傷だけは勘弁だった。
「えへへ。来ないの?」
カーミラの動きを警戒して、男性は正面から突っ込んでこない。
やはり少女を気にしているのか、部屋の中に縺れ込みたくないようだ。ならばと大鎌を構えて、まずは防御を固める。
そして鋭い目を向けると、男性の口角が上がった。
【ディメンジョン・ロック/空間移動・禁止】
予想外の魔法を受けたカーミラは、「しまった!」と顔を歪める。
この魔法は対象を不可視な膜で覆うことで、別次元への移動を禁じる魔法だ。解除するには、時間の経過か術者を倒すかしかない。
悪魔や精霊は、魔界や精霊界といった世界から召喚されている。
移動を禁止されたことで、魔界に逃げられなくなった。
「逃がさないのである」
「ちぇ。召喚主を知りたくないんですかぁ?」
「後で調べるのである。まずは脅威を排除するである」
覚悟を決めたカーミラは、どう切り抜けようか考える。
直接戦闘は苦手なので、まずは最も得意なスキルを使う。
「面倒だなぁ。『
精神に作用するスキルは魔法は、相手を一気に無力化できる。
男性のレベルは、カーミラと近そうだった。もしくは、上かもしれない。だからこそ使ったのだが、男性は右手の人差し指を左右に振った。
「残念であるな。吾輩に精神攻撃は効かないのである」
「ええっ!」
「尋常に勝負である!」
男性は予想に反して、正面から突っ込んでくる。
てっきり、部屋の少女を守りたいと思っていたのだ。男性は腕を振り上げて、カーミラを切り裂こうとしてきた。
そこで大鎌を使って、男性の攻撃を受け止める。
後は望み通りに、部屋の中に縺れ込めば良いだろう。
「え?」
これも予想外だった。
カーミラが受け止める寸前に、男性が複数の
そして、元の男性を形作った。
「ふん!」
「きゃ!」
虚を突かれた行動により、男性に蹴りを入れらた。
その一撃は強烈で、カーミラは物凄い勢いで地面に落とされる。
「痛たた……」
「死ぬである!」
上空から男性が迫ってくる。
腕を引き絞り、長く伸びた爪を使って体を貫く気だ。先ほどの蹴りの威力を考えると、十分に可能だと思われた。
そんなことをされると死んでしまうので、カーミラは迎撃する。
「えい!」
【ダーク・フレア/闇の激炎】
カーミラ得意の闇属性魔法である。
魔法が発動すると爆発が起こって、男性を黒い炎で包み込んだ。
ついでに向かってくる勢いが落ちて、そのまま地面に落下した。しかしながらよく見ると、男性は両足で着地している。
魔法を無効化されたわけではないが、どうも威力を削がれたようだ。
(闇属性耐性? 蝙蝠に分裂してたし、あいつは吸血鬼かぁ。カーミラちゃんとは相性が悪いよぉ。ってか何で人間の町に吸血鬼がいるのよ!)
「名前を聞いてもいいかなぁ? 私はカーミラちゃんだよぉ!」
「で、あるか。吾輩の名はバグバットである」
「バグバットちゃんね。覚えておいてあげるねぇ」
「忘れてもらって結構である。この場で始末をするのである」
「うぅ……」
会話での時間稼ぎも無理そうだ。
バグバットの武器と攻撃を考えると、大鎌を使った近接戦は不利だ。懐に入られると、防戦しかできないだろう。
また吸血鬼は闇属性に耐性があるので、遠距離戦闘も不利である。
(参ったなぁ。『
リリスのカーミラは、相手を操ったり混乱させたりする攻撃に特化している。希望と絶望の落差をもって、闇に堕ちてもらうのが楽しいからだ。
それに悪魔なので、闇属性の攻撃にも秀でている。とはいえ、相手も闇の住人である吸血鬼だった。
力が半減させられたようなもので、このまま戦っても勝ち目は無い。と、ここまで考えたところで、バグバットから距離を取った。
「なら……。ばいばーい!」
片手を振ったカーミラは、バグバットに背を向けて空に飛んだ。
魔界に逃げられないなら、さっさと空から逃げるに限る。
「まっ待つである!」
【フライ/飛行】
効果時間が切れるのか、バグバットは飛行の魔法を使った。だが魔界への移動を禁止したことに慢心したようで、一瞬だけ行動が遅れている。
そのおかげで、距離を稼げていた。
カーミラが後ろを見ると、怒りの形相で追いかけている。ならばと邪悪な笑みを浮かべて、吸血鬼を始末する方法を画策するのだった。
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Copyright(C)2021-特攻君
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