第18話 書庫でのひと時

「私とお母様は無類の本好きでね。この書庫はそんな私たちのために、お父様が新しく建ててくれたものなんだ」


 目の前に佇むこの建物が、レヴィング家の書庫か。

書庫っていうくらいだから、屋敷に比べると控え目な造りになってはいるが……それでも一般家屋に匹敵する大きさだ。


 内部へ足を踏み入れるとさらに驚いた。


 そこは書庫というよりも図書館って言った方がしっくりくる空間だった。天井付近まである背の高い本棚が、森の木々のごとく立ち並んでいる。これ、本好きにはたまらない光景なんだろうな。

 ちなみに、エルシーは外で待機している。

 本を見ると頭痛がするらしい。


「この書庫は凄いですね。今度、王都の図書館へ本を借りに行こうと思っていましたが……ここにある本の数は王立図書館にも匹敵する数なのでは?」

「そんなことないわ。この書庫にある本の総数はおよそ一万冊だけど、王立の図書館ともなると、その数は一千万冊を越えるそうだから」

「えっ!? い、一千万冊ですか!?」


 一千万冊って……言語スキルについて勉強しようとしていた決心が揺らぐなぁ。全部がスキルに関する蔵書じゃないんだろうけどさ。


「想定外だ……関連書籍だけを厳選したとしても、全部読み終えるのに一体どれだけの時間がかかるやら」

「あなた……本が好きなの?」


 俺が本の話題を振ったことで、サーシャが食いついて来た。


「うん。読書は好きで、家でもよく本を読んでいるよ」

「そ、そうなの」


 明らかにさっきまでと表情が違う。

 そんなに嬉しかったのか?

 しかし……本か。


 こう言ってはなんだが、エルシーは読書するよりも体を動かしていた方がいいってタイプの人だからなぁ。頭痛がするっていうのも拒絶反応から来るものだろうし。


「どんな本を読んでいるの?」

「実は俺のスキルについて勉強しようかなと」

「スキル? ……ちょっと待っていて」


 そう言い残して、サーシャは書庫の奥へと小さな歩幅で駆けていく。しばらくして戻って来た彼女の手には一冊の本が。


「これは、この世界にスキルが生まれてから現在までの間に公となっているすべてが記された本よ。――これをあなたにあげるわ」

「! そ、そんな貴重な物、いただけないよ!」

「命を助けてくれたお礼よ。受け取って」

 

 そう言って、彼女はニコリとほほ笑んだ。

……分かってやっているのか、この子は。

と、ともかく、この本がオススメというのは本心なのだろう。俺はその気持ちごとありがたく頂戴することにした。


「ありがとう! 生涯大切にさせてもらうよ!」

「ふふふ、大袈裟ね」


 控えめに笑った顔も可愛いな。


「他にも、スキルに関する書物はあるけど……読んでいく?」

「! 是非!」


 まさか彼女の方からここまで提案してくれるとは思ってもみなかった。当然、俺はその厚意に甘えることにし、スキルに関する本を読み漁った。そのうち、サーシャまでもが読書をはじめ、書庫内は静寂に包まれた。

 

 ――どれほどの時間が経っただろう。


 俺とサーシャの間に会話はない。けど、お互いの存在を感じ合える距離で一緒に本を読んでいた。

 サーシャは小説が好きだという。

 恋愛ものから冒険ものまで、その範囲は幅広く、数えきれないほど読んだらしい。


「この本に出てくる、妖精たちが月明かりの下で踊るシーンが好きなの」


 小説の挿絵を見せながら、嬉しそうにサーシャが語る。

なんか……ずっと眺めていたくなる笑顔だな。


 結局、俺たちの読書タイムは夕陽が世界を橙色で染め上げるまで続いたのだった。



 ――数時間後。



「うわっ! もう外は夕暮れじゃないか!」


 ふと、窓の外へ意識が向けると、景色の色調がガラリと変わっていた。夢中になって本を読んでいたせいですっかり長居してしまったようだ。


「ご、ごめんなさい。私も本に集中していて気づかなくて」

「俺の方こそ、もっと注意を払っておくべきでした」

「そんな、私が」

「いえ、俺が」


「「……ふふ」」


 俺たちは同時に笑い出す。

 

「ここはひとつ、お互いが悪いということで手を打たない?」

「ははは、そうですね」


 ふたりで笑い合っていると、


「随分と意気投合したみたいですね」

「「!?」」


 突然聞こえてきたエルシーの声に驚いて、俺たちは飛び上がるようにして距離を取る。そこで、俺たちがかなり至近距離でお互いを見つめ合っていたことを知った。


「……邪魔をしてしまいましたね」

「じゃ、邪魔だなんてそんな!」

「そ、そうよ、エルシーったら!」

「ムキになって否定されると余計に怪しく思えてきます」

「「違う!」」


 俺たちの声がピタリと揃ったことで、エルシーへの誤解はますます深まった。


「そんなに話が合うなら、またここへ本を読みに来てはいかがですか?」

「えっ!?」


 正直、ありがたい申し出だった。

 王都の図書館より、ここの方が人もいないから読むのに集中できる。何より、美しくて優秀な司書までいるのだから。


「きっとゾイロ様も大歓迎するはずですよ。それに、サーシャ様だって嬉しいはずです。待望の読書仲間ができたのですから」

「エ、エルシー!」

「私ではサーシャお嬢様の読書仲間になることができませんからねぇ……」

「そ、それは……」


 持っていた本で半分ほど顔を隠しながらも、その青い瞳は真っ直ぐこちらを見つめている。俺の返事待ちってことでいいのかな。


「あの、サーシャ」

「な、何?」

「また……ここで本を読ませてもらってもいいかな?」

「! も、もちろん!」


 こうして、俺とサーシャは読書仲間となった。

 レヴィング家の書庫での半日は、俺にとってもサーシャにとっても実りあるものとなった。

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