DAY 72

「結局丸一日かかったな、カロン」

「一日かかりましたねぇベレスさん。早く終わらせて美味しいものでも食べたいです。それと股が裂けそうですよ」

 城と呼べる程の外観は既に無く、その崩れ切った魔王城を、二人は他愛無い話をしながら、勇敢な面持ちで見つめていました。


 そしてそんな勇敢な二人の前には、城の見張りをしていた、賊に化けた魔族が一体。

「お前は、ベレス⋯⋯何しに来やがったんだ」

「元魔王軍、勇者迎撃部隊指揮官のガープに会いに来た。どうせ今頃パパの玉座に居座ってるんだろ?」

「なっ⋯⋯お前、記憶が⋯⋯?」

「お陰様でな。随分時間が掛かったけど⋯⋯」

 

「⋯⋯通すと思うか? お前は俺らにとって一番邪魔な存在なんだぜ?」

 そう言って、見張りの魔族は本来の姿を晒し、襲い掛からんとする姿勢を見せました。


 ベレス達は依然として余裕を持った立ち振る舞いのままでいます。

「時間がかかるだけなので、もう通して下さいよ、魔族さん」

 カロンが一歩前に出て言いました。


「はぁ? 人間のてめぇが俺に叶うと思ってんのか?」

 禍々しい姿で魔族は、カロンを挑発しました。

 しかしその挑発をみみっちいものとする様に、カロンは即答してみせました。

「叶いますよ。だって貴方過去の異物ですから。どうほざいたって結果は変わりませんので早くどうぞ、かかってきてください」

「んだとテメェッッ!!」

 魔族は怒りを露わにして、カロンに襲いかかりました。

 その一瞬の跳躍で距離は縮まり、カロンの顔を目掛けて魔族の拳がまさに振り下ろされようとしていました。

 

 しかしその僅かな隙間から現れた光の尾を引いて出た一つの星が、カロンを触れさせまいとその魔族を光の速さで灰燼へと化させました。


 天使の翼を背中に光り輝き、サラリと赤髪を揺らす角を持ったその星の姿に、カロンは目を見開きます。


 まさに唯一無二の存在だと、その時カロンは思ったのです。

「もう温存しておく必要も無いな。早く行こう、カロン」

「⋯⋯流石でした、ベレスさん」

 感慨深くなるカロンの手をつかんで、ベレスは魔王城の中へと突入するのでした。


     ✳︎


 魔族を薙ぎ払いながら崩れ切った城の中を突き進み、ベレス達は魔王の玉座まで辿り着きました。


 ベレスが先に魔族を処理し続けるので、カロンは一切手を下す事なく、ベレスを追いかけるだけで居ました。

 

 まるでカロンを守るように、一つの傷も負わせないように、城に来てからのベレスはとても勇ましかったのです。


「ガープ⋯⋯お前が族長だな」

 ベレスの言葉に、玉座に座る一体の魔族が静かに立ち上がりました。

 倒してきた魔族とは格が違う、カロンはひと目で気付きました。

 

「やはり来たな、ベレス」

「ああ、お前を殺しに来たぞ」

「それにしても貴様のその姿⋯⋯ああ、忌々しい。堕天したあの女を娶った後の魔王様の堕落っぷりには辟易としていたものだ。そんな中で生まれたお前は、俺含めて一部の魔王軍からは忌み嫌われる存在だった」


「⋯⋯それは私が、魔王と天使の血を引いた子だからか?」

「ほう、記憶を取り戻したのか。ならば話が早い⋯⋯その場で自害しろ。俺が新しく魔王になる為にはまずお前の存在を消してからだ」

「そんな事にはさせない。お前を殺して、この世界に平和を──!?」

 突然、何の予兆も無く、ベレスがその言葉を言い終える前に、激しい頭痛に襲われました。

 魔族長の仕業と予測してカロンは魔族長を見上げますが、その表情に笑みは無く、唐突に訪れた異変を知らないようでいました。

 前触れも無く訪れた頭痛、引き裂けるようなその痛みに耐えながら、ベレスは翼を広げました。


「何かあるようだが、俺も容赦はしないぞ⋯⋯こい魔王の娘。お前を殺し、お前の為に亡くなった魔王様の代わりに、世界を闇で覆い尽くしてやる」

 

 魔族長が力を解放したと同時に、残存していた魔族が後ろから攻めてきていました。

 それにいち早く気付いたカロンは別の場所へ移動し、その魔族たちと相対する事にしたのです。


 閃光と成りて、敵を穿ちにいったカロンを信じて、一方ベレスも独り、魔族長と戦い始めました。


 魔族の禍々しい暗闇と、ベレスの輝かしいまでの極光が辺りを包み込んで、熾烈な戦いは薪をくべた炎のように、やがては城を覆い尽くしていきました。


     ✳︎


 決着は意外にも早く尽きました。


 ベレスは荒れた呼吸を整えながら、魔法で築かれた剣を片手に、ぐちゃぐちゃに引き裂かれ、もう地に足をつける事もままならない魔族長を静かに見下ろしていました。


「全部、終わった⋯⋯」

 死に物狂いで手にした、初めての達成感。

 ベレスの瞳には涙が滲んでいました。

 暫くすると後ろから、瓦礫を退けて出てきたカロンとも合流し、戦いの余韻を浸る為に玉座に座ろうとベレスは思いました。


 しかし、ベレスが玉座に座ってから更に頭痛は痛みを増していったのです。

 まるで頭の中の全てが焼き切れるような衝撃が、ベレスを絶叫させるに至らせました。

「アアアアアアアアアアアッッッ!?!!!!?! ウアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」

 そしてその悲痛な叫びの声はカロンには引っかかるような物に聞こえ、何故だか不思議な雰囲気に包まれて、そのままベレスは意識を失ってしまいました。


「ウウウウウーーーーー!!!!! 3819be3818be38184e38292e38199e381a6e3828d! 3819be3818be38184e38292e38199e381a6e3828d! 3819be3818be38184e38292e38199e381a6e3828d!」


 唐突な、意味不明な言葉の羅列のような叫び。

 カロンはただの叫びではないとすぐに気付き、考えながらもベレスの元を駆け寄ろうとすると⋯⋯。


 白い光と共にベレスの目の前に一人の少女が姿を表し、『予言通り』と小さく呟くと、ベレスとカロンを連れて、どこかへ転移させていってしまいました。

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