DAY 47

 小さい私と今の私は隣同士席について、ママのお菓子が出来上がるのを待っていた。


 隣に座った所でようやく、小さい私は私を認知する。

 真っ直ぐで純粋な視線が突き刺してきて、とても冷静では終始いられていない。

 向かい側のジッと見つめて我慢していると、小さい私が声をかけてきた。

「おねえちゃん⋯⋯だれ?」

 自分だからこそ分かるのだが、これは相当勇気のある行動だ。

 そもそもお付きのアルですら人見知りを発揮していた私だ、こうやって見知らぬ魔族に声をかけられた事自体、凄い事だ。

 私の勇気に免じて、私もそれなりに頑張ってあげないといけない。

 私も勇気を振り絞って、それに応えてみる事にした。

「わ、私は⋯⋯えっと⋯⋯」

「はーい、出来たわよ、ベレス」

 香ばしい匂いと共にママがやって来たと同時に私の勇気は事切れた。

 既に小さい私は目の色を変えてお菓子に夢中になっている。

 それにしてもこの匂いは、すごく懐かしい。

 私たちの前に置かれた一切れのお菓子を見た瞬間、沈んでいた記憶が浮かび上がる。


 しかし思い出すより先に、私たちはそのお菓子にフォークを伸ばしていた。

 美しい断層を侵略するように真っ二つにして、それを口に運ぶ。


 そうだ、この味は──

「んー! りんご! りんごたっぷりー!」

「ウフフッ、いつもより多めに入れてみたのよ」

 断層の中に、りんごが挟み込んであるんだ。焼かれている間にふわふわの生地と一体化しているから、りんごが入っているとは食べてみてからでないと案外気付かない。

 

 そうだ。私は、これが大好きだったんだ⋯⋯。

 思わず感極まって、涙が出てしまう。

「あ、あら、魔族の方、お口に合いませんでした?」

「おねえちゃんへんなのー⋯⋯んー! わたしこれだいすき!」

「い、いえ⋯⋯これを食べたの、久しぶりだったもので⋯⋯すみません」

「そう⋯⋯魔族は、戦いばかりですから、仕方の無いことです。まだ作ってある分はありますから、よろしければ食べて行って下さいね」

「⋯⋯ありがとうございますっ」


 アンジェとは違う、優しさの温度を感じた。

 こんなにも深い温もりを、今まで忘れていたんだな、私は。

「おねえちゃん、たべないなら⋯⋯」

 小さい私が構わず囁いてきた。

 それを聞いて、私は涙を流しながら一口で平らげる。

「駄目だ、これは私の!」

「えー! わたしももっとたべたい〜!」

「こら、まだ残ってるから待ってなさい」

「はーい⋯⋯」

 私、こんなに欲深かったんだな⋯⋯。


「あ、おねえちゃん。パパがかえってくるまで、いっしょにあそぼ? アルにみつからないようにして、ね?」

「⋯⋯いや、駄目だ。やる事が出来たから、君とは遊べない」

 そうだ、だからこそ、ここでのんびりしている場合じゃない。

 とにかく帰る手段を探しながら、私の過去を見ていかないと行けないんだ。

「⋯⋯そっかー」

 それに、アルと一緒に居た方が、私は良かったはずだ。

 足早に席を立って、そのまま部屋を出た。

 出た先には、洗い物をしているママの後ろ姿があった。

「すみません、ご馳走になりました。用が出来たので、私はこれで⋯⋯」

「あ、ちょっと待ってください」

 そう言って過ぎ去ろうとしたのだが、ママに声をかけられてしまった。

「え? わ、私に、何か?」

「ええそうです。どういう訳なのかは分かりませんが、あなた⋯⋯ベレスですね」

 そう言われた瞬間、目を見開いてしまったのが自分でも分かる。

 それ程の衝撃が、私の中を走り抜けていく。

「あ⋯⋯え⋯⋯」

 当然口も動かなかった。

「始めは確信が持てなかったのですが、やっぱりあなたは私たちの子ね⋯⋯だって、パパそっくりだもの」

「⋯⋯」

 笑顔が眩しくて、うまく顔を合わせられない。そっぽを向く私の顔に手を添えてくれた。

 不思議と、撫でられるだけで包み込まれるような感覚で、感情が満たされる。


「何か事情があって、ここに来たのでしょう? 積もる話も沢山あるのでしょうから、少し場所を移してから話しましょうか、ベレス」


 今は、今だけは──

 成長した事を、後悔してしまいそうになった。

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