DAY 30
「な、なんで⋯⋯どうして⋯⋯」
起きた時には既に、ベレスを覆うかのように部屋は炎で覆われていました。ベレスは混乱しながらも急いで部屋を飛び出して、城の様子を見に行きました。
ですが、どこを見ても城に火の手が上がっていて、昨日までの景色は見る影も無く、何もかもが燃え上がっていました。
ベレスにとって熱はあまり得意ではありません。炎が全てを覆う前に、急いで逃げる必要がありました。
訳も分からぬまま、必死になって、城の中を駆け抜けます。火の侵食の少ない場所をなるべく通って、只ひたすらに走り続けました。
「はぁっ⋯⋯はぁっ⋯⋯み、みんな⋯⋯」
メアトたちを見つけられないままベレスは炎の被害が少なかった上の階に登り、ようやく広い空間へと出てこれました。ここはまだ火の被害は無くようやく安堵出来る、しかし、そう思った矢先でした。
その部屋の奥から、けたたましく唸りを上げた咆哮が、ベレスの耳を劈きました。
「な、なに⋯⋯が⋯⋯あっ⋯⋯ああっ⋯⋯」
その姿を見たベレスは言葉を失い、身体が固まってしまいます。
「ウハハハハハ!!!!! アッハハハハハハァァ!!!! これガッッ!! コレガァァアアッッッ!!!!」
部屋の奥から十分過ぎるほどの、空気を引き裂くような笑い声を上げる、人の形をした血に塗れた白い獣の存在が、ベレスに痛く突き刺さりました。
二足の血塗れの白い獣の周りには無惨に散らばっている肉たちと、それらを紡ぐように撒き散らされた血がありました。
白い獣は再び空を向いて雄叫びをあげます。
「コレガァァッッッ!!! アノむスメノチカらあァァァアアッッッ!!!!!」
「メアト⋯⋯?」
ベレスにはすぐに正体が分かりました。
よく見ると白い獣の胴体には、鎧が身に付けてあったのです。そしてその正体を更に裏付けるように、どうしようもなく、顔にメアトの面影を見たのです。
白い獣はベレスの声で存在に気付き、叫びを上げながら近寄ります。そして接近されて初めてその身体の大きさが分かりました。白い獣と化したメアトは、ベレスの何倍も、ガンドゥよりも大幅に大きかったのです。
「アッハアアアア!! ココにイたノかベレす!!!」
白い獣の巨体はまだヒトの形を保っていましたが、膨張し続けているのか、表面からボコボコと何かが身体中を駆け巡ったり、浮き上がったりを繰り返していました。
「メアト⋯⋯な、なんで⋯⋯どうして⋯⋯」
わなわなと、ベレスは恐れを抱きながらも疑念を口に出します。
「ァアアハハァッ⋯⋯食ベタんだヨ⋯⋯オマエノ一部ヲ⋯⋯ホントウハ、ツノをまルゴトイタダク予定ダッタンだケドナァ⋯⋯」
白い獣は禍々しく笑い声を上げてから、ベレスに真実を告げました。
ベレスは目覚めてまもなく義賊の玩具とされた際に、行為中に角を折られた時の事を思い出していました。
そして⋯⋯その時も貴族の時も、遅かれ早かれベレスはまた次に引き取られる予定だったのだと、自分の運命を悲観しました。
「エミルノヤロウ⋯⋯イチ早ク、賊ノ動キニ気付キヤガッテ⋯⋯マア⋯⋯モウコロシテヤッタカラ、イイケドナ⋯⋯エハハハハッッ」
エミルと聞いて、ベレスは怖惑いながら、他の騎士たちの安否を問いました。
「あ、アミーは⋯⋯? ガンドゥ⋯⋯は⋯⋯?」
「ガンドゥなライルヨ、私ノ腹ノ中ニナァ!! ゲヘヘヘッ!! ソシテアミーハ裂ケ散ッタエミルヲ見テ、自分カラ炎ニ突ッ込ンデイッタヨオオッッッ!!! アハハハハハ!!! アーーッッハッハハッハッハッハッ!!!!」
みんな、死んだ。
みんな、跡も残さずに、死んだ。
「コレデ私ハ⋯⋯私タチハ、ヨウヤクコノ呪イヲ、断チ切レルンダ⋯⋯」
獣は真っ赤に染めた手を鎧に当てると、静かに語り始めました。
そして、今まで笑みを浮かべていた獣の顔は一変して、何処か気分が晴れたような顔立ちでいましたり
「のろい⋯⋯」
「私タチハ、コノ鎧ヲ身ニ付ケル事ヲ宿命ヅケラレタ、哀レナ存在ダ⋯⋯国宝ト抱キ合ワセタ、コノクソッタレナ国ヲ殺スタメニ、私タチハ賊ニ魂ヲ売ッタンダ⋯⋯」
メアトとしての吐露は、獣の心を解していきました。
「アア⋯⋯解放感ニ満チ溢レテイルヨ⋯⋯」
「わたしに⋯⋯」
ベレスは恐る恐る、言葉をぶつけてみます。
「アア?」
「わたしにやさしくしてくれたのも⋯⋯わたしにちしきをつけさせたのも⋯⋯? すげーもの⋯⋯おいしいものも⋯⋯? よろいのため⋯⋯? ぜんぶ⋯⋯!? なんで⋯⋯!? どうして!? メアト!!!」
言葉をぶつけるたびに、我慢していた気持ちは爆発して、気付けば自分の心のままに、ベレスは声を荒げて言い放ちました。
それに呼応するように、白い獣も荒ぶりながら声を張り上げます。
「ウルセエナア!! アアソウダヨ!!! 今ノ時代、魔族ノ生キ残リナンザ賭博ニ使ワレルカ性処理ノ玩具ニサレル位ガ精々ナンダヨ!!」
「だったらりんごはなんで!? このふくも! このきれいにしてくれたツノも、なんでぇぇええ!!!! ⋯⋯この、きもちも⋯⋯なんで⋯⋯」
「黙レ⋯⋯ゼンブ、オマエヲ美味シク頂ク為ニヤッテタ事ダ⋯⋯」
ベレスの憎悪は涙となって、頬を伝って流れていきました。初めて揺れ動く自分の心に感情に身体はついて行けず、その場で蹲ってしまいました。
「ううぅ⋯⋯」
泣き崩れたベレスに白い獣は近寄ると、その右手を振り下ろさんと高く突き上げました。
「コレデ良インダヨ⋯⋯夢ハカナッタノダカラ⋯⋯」
ベレスにもう、抵抗の意思もありません。ただ悲しくて、苦しくて、虚しくて、涙を流して続けていました。
「サヨウナラ⋯⋯ベレス⋯⋯」
そう言い残して、突き上げた手をベレス目掛けて突き刺そうと、振り下ろしました。
しかし、既の所で獣の手が止まり、唸り声を上げ始めました。
「⋯⋯ウゥッ!? ア、アア、ナン、ダ⋯⋯? カラダガ!! ヤ、ヤケル!! 灼ケルウウウ!!! アツイアツイアツイアツイアツイ、アツイィィイイイ!!!」
獣は次第に狂い始め、異常をきたした身体を掻きむしろうとしましたが、鎧がそれを阻み、うまく身体を搔く事が出来ませんでした。泣き崩れていたベレスもその悲痛な叫びを聞いて思わず身体を起こし、獣を見上げます。
「何故ダ⋯⋯角ノ破片ヲ体内ニ入レ込ンダダケダゾ⋯⋯!? イ、イヤダ⋯⋯!! イヤダイヤダイヤダアア!! ハズレロ⋯⋯!! ハズレテ、クレ⋯⋯!! ウァアアア⋯⋯ッッ!! 」
鎧は呪いのように、その巨体から外れてくれる事など無く、その抵抗を阻み続け、ついに獣は、その場を蹲ってしまいました。
「⋯⋯メアト」
ベレスは獣に近づいて、優しく言葉をかけました。
「カラダノ、中ガ⋯⋯溶ケルゥ⋯⋯イヤダァ⋯⋯」
「⋯⋯わたし、うれしかったんだよ。エミル⋯⋯アミー⋯⋯ガンドゥ⋯⋯みんな、だいすきだった⋯⋯」
「アツイ⋯⋯アツイィィ⋯⋯」
「まちのひとたちも、かおはよくみえなかったけど⋯⋯あったかかった⋯⋯だから⋯⋯」
しかし、獣はベレスの言葉を阻みました。
「ウウッ、ヤメロ⋯⋯ダマレ⋯モウ済ンダイノチガ⋯⋯シャベリカケルナッッ⋯⋯」
「⋯⋯っ」
でも、その瞬間の獣は、悟ったように寂しい顔で──
「クククッ⋯⋯済ンダイノチ、ナノハ⋯⋯ワタシノホウ、カ⋯⋯ウウッ、アアア!!?」
獣はその言葉を最後に身体を大きくのけ反らせると、一瞬でその身体を爆散させて、絶命しました。何もかもが弾け飛んで、その場を血で染め上げて行きました。
目の前のベレスと、衝撃と、内側の熱によって千切れた鎧と肉片を残して、この国の終わりを告げたのです。
燃え盛っていた炎は街も人も焼き尽くしていき、ベレスの思い出も、そこで焼き切れてしまいました。
沢山の赤色と、一人残された少女の泣き叫ぶ声に包まれて、パソンレイズンは終わりを迎えたのです。
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