第40話 アスラン血風7 囚われの王女

 エリザベス王女の挙式まであと1日。

 エリザベス王女は、イラストリアス城の北側の高い尖塔に幽閉されていた。


 戌時じゅじ三つ時(午後10時頃)。

 晴れた夜に静かに星が瞬いているが、明るい月は見えない。

 ナイトドレスに着替えもせず、昼間の青いドレスを着たままのエリザベス王女は、眠れずに大きなベッドの上に腰かけていた。

 むき出しの石壁の殺風景な広い部屋には彼女一人だけだ。侍女などの姿も見えない。入り口の厚い鉄のドアの向こうには、守衛がおり、監視されていた。


 明日は、従兄のアルフレッド・ルッジェーロ・アマルフィとの結婚式だ。

 

 このままだと、自分はあの大嫌いなアルフレッドと結婚させられてしまう。


 そう思うと、心中がざわざわして眠ることなどできなかった。

 そして、何よりも尊敬する伯父であるアスラン公の身を案じていた。


「せっかくここまで来たのに何もできないなんて。私・・・」


 そう思うと自分の無力さに悲しくなってしまう。

 ふと、自分の左大腿の辺りを見て太腿を撫でる。

 いや、エリザベス王女は、ドレスの下の太腿に巻かれたものをなぞっていた。それは、王都で肌身離さず持っているようにとアレクセイから渡されたものだ。


「アレクセイ。あなたは、今どこにいるのですか?」


 

 その時だ。

 

 コンコン・・・コンコン・・・


 鉄格子が張り巡らされた窓を叩くような音がした。


「え?」

 人影が鉄格子の窓の向こうに見えた。

 急いで、鉄格子の窓に駆け寄るエリザベス王女。

 急いで、その窓を開ける。


「アレクセイ!」


 エリザベスは、両頬に手を当てると、涙がでそうになった。


 鉄格子の窓の外には、黒いフロックコートを着た執事バトラー姿のアレクセイ・スミナロフが天井からロープを垂らし、ぶら下がっていたのだ。

「お静かに。人が来てしまいます」 

 優しい笑みを浮かべるアレクセイだ。

「はい」

 そう言うと、エリザベスは、入り口の方を確認するが、衛兵は気づいていないようだ。

「アレクセイ。伯父様が、偽物のアスラン公に捕らえられています。何とか助けないと!」

「わかりました。今ヨウにアスラン公の所在を確認させています。今暫く我慢してください。必ずお救いし、お会いできるようにしますから」

 エリザベスは、コクリと頷いた。


「アレクセイ、私は、アルフレッドの妻になどなりたくありません」

 エリザベス王女の茜色の眼から大粒の涙が溢れだす。

「私、嫌です」

 エリザベスは、首を横に振り、訴える。

「エリザベス、あなたの騎士ナイトを信じて頂けますか?」

 アレクセイは、エリザベス王女の涙を白い布のグローブで拭ってあげる。その黒色の瞳はどこまでも優しく澄んでいた。

「信じます。信じますわ」

「安心してください。あなたの騎士ナイトはとても強いのですよ。望まぬアルフレッド殿との結婚などこの騎士がぶち壊しましょう」

 そして、アレクセイは、優しくニコっと微笑んだ。

「はい、はい」

 エリザベス王女も涙目ながらもクスリと笑う。少し安心したのだろう。

「エリザベス、あなたに渡したは、肌身離さず持っていますか?」

「はい。ここに」

 エリザベスは、ドレスの上から左大腿を触る。

 アレクセイは、コクリと頷いた。


「それは、私の代わりにあなたを守るものです。あなたの危機にあなただけをお救いしましょう」

「はい」

 しかし、なおもエリザベス王女の脚は震えていた。それを見て、アレクセイは、エリザベスの頬を触り、自分の顔を鉄格子に近づけた。

「エリザベス、あなたは大丈夫ですから」

 そう言い残すと、アレクセイは、ロープを引き上げ、上に上がって行った。


 エリザベスは、見上げ、去っていくアレクセイを瞳で追った。

「ああ、アレクセイ・・・」

 エリザベスは、両肩を抱くように窓辺で暫く佇んだ。

 


 エリザベス王女は、アレクセイに会うことが出来て、少し元気を取り戻していた。

 明日のこと考えてしまうと、不安はあるが、少し眠れそうな気がしてきたので、侍女を呼ぼうと、ドアの方に歩いて行く。

 


 ガタンっ!


 そこに、入口の重い鉄のドアが開くと、アルフレッド・ルッジェーロ・アマルフィが入って来た。

「アルフレッド、な、何の用ですか?こんな夜中に・・」

 エリザベス王女は、アルフレッドが近づいて来ると、後ずさりする。その声は微かに震えている。

「ウヒヒヒッ。明日には、お前は俺の妻となるのだ」

「そう思っているなら、いいでしょう。さっさとここを立ち去ってください」

 アルフレッドは歩みを止めず、エリザベスに近づく。


 ドン!

 

 エリザベス王女は、壁際まで追いやられた。


「相変わらず気の強い女め!」

 アルフレッドは、エリザベス王女の右手を取った。

「離して!」

 アルフレッドの指を両手で剥がそうとするが、出来ない。

 アルフレッドは、力ずくでエリザベス王女を引っ張って行き、ベッドに放り投げた。


「キャアッ!」


 そして、エリザベスの上に乗り、押し倒す。


「ウッヒッヒッヒ・・・」


 アルフレッドは、卑猥な笑い声を漏らす。

 その表情は気色悪いの一言に尽きる。


「ああ、な、何をするのです!」

 手足をバタバタさせて、抵抗するエリザベス王女だ。

「ウヒヒヒヒッ。俺は、もう我慢できないんだよ。お前を俺のものにしてやるのさ」

 アルフレッドは、にやけた薄汚い顔を近づけて、エリザベス王女の清純な唇を奪おうとする。

「嫌です。近づけないで!」

 エリザベスは、顔を背け抵抗する。

 アルフレッドは、手でエリザベスの胸の辺りを服の上からまさぐる。

「ウッヒッヒッヒ・・・」

「嫌、放して!」 

 エリザベスは、身体を荒々しく触られ、恐怖に打ち震えていた。


(アレクセイ、助けて!) 


 その時だ。


 エリザベスの左膝が動き、アルフレッドの股間を痛打した。


「うぐわわあッ!」


 アルフレッドは、広いベッドの上でのたうち回る。

「え?」

 エリザベスは起き上がると、ドレスの下の左大腿の辺りが淡く輝いていた。暖かい熱気を感じる。

「これは?」

 ドレスをたくし上げ、左大腿の革製鞘に収納された白い短剣ダガーを手に取る。


「エリザベスーーッ!」


 アルフレットの股間の激痛がまだ収まっていない。金色のボブヘアが乱れ苦悶の表情だ。

 エリザベス王女は、手にした淡く光るダガーを震えながらも構えた。それは、とても

「まだ、やると言うのなら、それなりの覚悟をしなさい。私は本気ですよ」

「うぬぬぬ。覚えていろよ!」

 アルフレッドは、股間の痛みに懸命に耐えながら、股間を守るように手で押さえ内またの情けない恰好で足を引きずりながら部屋から出て行った。



 アルフレッドが、部屋から出て行くと、エリザベスは、ダガーを落とし、膝から崩れ落ちた。


「アレクセイ・・・」


 エリザベスは、両手で顔を覆い嗚咽した。



                                (つづく)

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