第37話 アスラン血風4 この私の感情は?
エリザベス王女が幽閉された日の
ここは、イラストリアス城内のアスラン公の執務室だ。
質実剛健なアスラン公らしく華美な装飾などは無い質素な広い部屋だ。唯一飾りらしいものと言えば、鎧に身を包んだ自画像位だろう。
誰がやったのであろうか?
その自画像の顔にナイフが突き刺さっている。
そこで、偽のアスラン公と黒衣の男が執務机越しに向き合っていた。黒衣の男は、黒のローブを脱いでいたが、やはり黒い騎士風の装束をしていた。髪の毛は赤毛のショートヘアで黄色の眼をしている。間違いなく美形だ。額には黄色い刻印があるが、色白の皮膚の色からか、それほど目立たない。
「全く人間というものは、不自由でいかん。形式が過ぎよう。あんな王女など力と恐怖で従わせれば良いのではないか?」
立派な背もたれの高い椅子にもたれ掛かり、偽のアスラン公が、昼間のエリザベス王女との謁見に不満を言う。
「結構なことですが、人間の中には力や恐怖に臆することが無いものもいるのです」
赤毛の美男が、美声を発する。
「そんなのは、面倒だから殺せばよい。要らぬよ。恐怖で支配できぬ人間など」
偽のアスラン公の眼が、恐ろしほどに妖しく光る。
「それでは、大事になってしまいます。今回は、事を荒げること無きよう。我らの計画も崩れてしまいます。皇帝陛下の意向を無視することにもなります」
赤毛の男が静かに諫めるように言う。
「ふむ。面倒だが、わかった。ラキ、貴様に任せる。上手く事を運べ」
「はい、承知しました」
「但し、首尾よく行かない時は、力づくで行くぞ」
「御意」
「ところで、例の方は、どうなっているのか?」
「弟のロキが、カラミーアに向かいました。魔女の血は、間もなく我らの手に入りましょう」
「主の意向だ。必ず果たせよ。教団の力を以てしてな」
「ハッ!」
ラキは、敬礼をすると公の執務室を後にした。
「ラキ様」
ラキが部屋を出ると、黒のケープを身に纏った若い茶色髪の美しい若い女性が待っていた。左目は閉じられ縦に印が走っている。
「ラニか。エリザベス王女は、どうしている?」
「北の尖塔に移しました。大人しくしているようです」
「そうか。あそこは、一番高い塔だ。誰も手は出せまい。だが、見張りは怠るな」
「はい」
「それと、ラニ。君には、ロキを追い、カラミーアに行ってもらいたい」
「ロキ様のところへ?」
「あそこには、筆頭の剣聖がいると聞く。ロキだけでは、不安がある。それと、聖魔導教団の動きも気になるところだ。ロキをサポートして欲しい」
そう言うと、ラキは、ラニを抱き寄せる。
「頼む」
そう言うと、ラキは、ラニの額に軽くキスをした。
「わかりました」
ラニが、ラキに顔を向け、瞳を閉じると、二人の唇は静かに重なった。
一方、剣聖リール・イングレースを奪還し、エギリーズ村を後にしたアレクセイの方だ。
同じ日の
剣聖アレクセイ・スミナロフは、公都近くの森にいた。
近くの空間が歪み、白い馬車が現れた。馬車には、剣聖団の白竜の
馬車の御者は、白い棺を馬車から降ろし、リールの遺体を棺に納める。
「リール、あなたの仇は私が取ります」
アレクセイは、リールの特長刀をリールの遺体に添え、棺に納めた。静かに黙とうを捧げ、最期の挨拶をした。
御者は、棺に蓋をすると、馬車に納めた。
「行ってくれ」
御者が頷くと、馬車を走らせた。
白い次元馬車は、歪んだ空間の内に消えて行った。
少しすると、アレクセイの左腕の透明なブレスレットが点滅した。
ブレスレットに触ると右耳のイヤリングが点滅し、声がして来た。
といっても、実際に周りに音が周囲に聞こえるわけではない。耳の振動でアレクセイにだけ聞こえる。
『リールの件は、残念だったよ』
子供のような高い声だ。
そう、剣聖団の
「すいません、手遅れでした」
アレクセイは、悔やんでも悔やみきれない。
『いや、君のせいでは無いよ。リールを殺れるほどの竜がいたということだ。僕等は認識を変えないといけないようだ』
「軍師、アスランは、もう・・・」
『そうだね、アスランには、ルーマー帝国の手がもう伸びていたということだろう』
「ルーマー帝国は、ドラゴンに支配されているというのは、本当でしょうか?」
『信じたくは無いが、状況がそれを示しているように考えられる。支配されているかどうかはわからないが、帝国は我々を受け入れない。少なくとも結託していると言えるだろう』
「・・・」
『帝国にドラゴンの手が及んでいる今、アマルフィは、防波堤だよ。アマルフィでドラゴンを食い止めなければならない。アレクセイ、最前線にいる君の役割は重要だよ。そのことを忘れないでくれ』
「わかりますが、帝国のドラゴンを直接狩った方が早いのではないですか?」
『帝国での活動は困難になっている。
「はい」
『それと、あまりアマルフィ王族の関係に深入りしないことだ。エリザベス王女とのことは噂になり始めている。彼女に関心を持ち過ぎないように。どうにもならないことだ』
「そんなのでは、ありません。
『わかった。君を信じよう』
そう言い残すと、軍師レオナルドとの通信は切れた。
その夜、アレクセイは、
しかし、別邸の中も確認したが、エリザベス王女も含めて誰の姿も無かった。アレクセイは、エントランス付近を歩き、馬車の車輪の跡を確認していた。
「アレクセイ様・・。ううっ!」
「ヨウ」
そこに右腕に傷を負い、血を流した腕を抑えながらヨウが、現れた。
「ヨウ。その傷は?エリザベス王女はどうしたの?」
アレクセイは、フラフラして戻って来たヨウを支える。
「申し訳ありません。王女殿下は、アスラン公に謁見のため、イラストリアス城に行きましたが、そのまま幽閉されてしまいました」
「何だって」
「すいません、連れ出せませんでした。それと、アスラン公は偽物でした。あれは・・・」
ヨウは、ここでブルっと身体を震わせた。
「あれは・・・、あの気は、人のものではないかと・・」
「何!」
「発する妖しい気に圧されてしまいました。竜のような・・・」
「そうか。となると、リールを殺ったのは、そいつかかもしれない」
「では、リール様は、やはり・・・」
「ああ、遺体は回収した。エメラルド・ドラゴンが現れたけどね。リールを殺れるほどの竜ではないから、その偽のアスラン公とやらが、本命だろう。ヨウ、その傷は大丈夫かい?」
「脱出の時に、暗黒魔導教団の暗黒魔騎士にやられました。これ位平気です」
「やはり、シオが動いていたか。僕も、リールの救出の際に襲われたよ」
暗黒魔道教団シオは、教団の所在が不明など、謎の多い団体だ。聖魔道教団と異なり、こちらは国を持たない組織である。世界を黒いドラゴンによる破壊によってもう一度作り変える終末観を背景とした教団だ。破壊魔法、黒魔法を得意とする暗黒魔道士と少数の暗黒魔騎士で構成されている。
「アレクセイ様。王女殿下は、アスラン公の嫡子のアルフレッド・ルッジェーロ・アマルフィと結婚させられます。あんな下種野郎と殿下を結婚させるなど許せません!」
「結婚?げ、下種野郎?」
思いがけない言葉をヨウから聞き、アレクセイは少したじろぐ。
「そうです。殿下をお救いして、下種野郎との結婚を阻止するんです!」
ヨウは、真剣だ。
「わかったよ。ヨウ、君は、エリザベス王女を好きになったんだね」
「え、ええーッ!好きとか、じゃなくて・・・」
ヨウが顔を赤くして手を振って照れている。
「でも、不思議なお方です。何故か惹きつけられてしまうというか・・」
「そうだね。王女は、不思議な魅力をお持ちの方だ。絶対助けるよ」
「はい」
「悪いけど、ヨウ、君にももうひと働きしてもらうから。だが、先ずはその傷を癒してくれ。僕は、王女の居場所を探るから」
「わかりました。絶対に王女殿下をお救いします」
アレクセイは、遠く暗い夜空に浮かぶイラストリアス城を見上げていた。
(つづく)
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