第30話 古の最恐ドラゴンの陰

 紫陽月しようづき(6月)5日。


 スフィーティア・エリス・クライは、剣聖団本部への任務報告を終え、カラミーア領の領都カラムンドに帰還した。アレクセイ・スミナロフの要請によりサスールに派遣されていた剣聖システィーナ・ゴールドのドラゴン討伐支援(※第24話と第27話参照)のため、サスール侯領に立ち寄ったため、一日遅い帰還となった。

 

 スフィーティアは、エリーシアのことが心配でならなかった。領都カラムンドの城に着くと、エリーシアがいるという部屋に駆けこんだ。

「エリーシア!」

 しかし、その部屋には誰もいなかった。

「・・・・」

 その時、後ろから声がかかった。

「スフィーティア、お戻りになったと聞いたので・・」

 カラミーア伯爵のお抱え魔導士サンタモニカ・クローゼである。

「エリーシアは?」

 スフィーティアは、モニカの言葉を遮り、モニカに詰め寄る。

「ええ、エリーシアちゃんなら、伯爵と一緒です」

「伯爵と・・」

 

 モニカに伴われて、カラミーア伯爵の私室に入った。

「これ、髭をいじるでない。イタタタっ」

「うふふふ、うふふふ」

 スフィーティアが部屋に入ると、ソファーに腰かけたカラミーア伯爵の膝の上に跨り、エリーシアが伯爵の長い顎髭を引っ張っていた。

 それを見て、スフィーティアが呆然とした。


「エリーシア」

 エリーシアが、振り返りスフィーティアを確認すると、伯爵の膝から飛び降り、スフィーティアの膝に飛び込んだ。

「スフィーティア、スフィーティア、スフィーティア・・」

 エリーシアは、スフィーティアを見た瞬間感極まったのだろう。スフィーティアは屈むとエリーシアを抱きしめた。

「すまない、一人にして」

「ううん」

 エリーシアは涙目の顔を上げた。スフィーティアは、指でエリーシアの涙を拭う。

 

 エリーシアは、周囲に心配かけまいと努めて元気に振舞っていたのだろう。しかし、スフィーティアを見た瞬間、それがほどけた。無理もない。愛する両親をドラゴンにより亡くし、育った故郷も失くしたのだから。それも原因が、彼女エリーシア自身にあるとの自責の念は消えようが無いのだ。8歳の少女にはあまりにも過酷な現実であり、それは一生消えることは無いのかもしれない。その気持ちが痛いほどスフィーティアは共有できた。エゴン・アシュレイを想う気持ちは、スフィーティアも同じであったから。だからこそ、エリーシアにとってもスフィーティアは特別なのだろう。


 その二人をカラミーア伯爵もサンタモニカも優しく見つめていた。


「カラミーア伯爵、感謝します。エリーシアを預かって頂きまして」

 スフィーティアは頭を下げる。

「何、私も子と妻を亡くした身。久しぶりにエリーシアを預かり、返って楽しめたというもの。彼女はとっても利発で器量よしじゃ。このまま養子に迎えたいものだよ」

「ありがたいお言葉ですが、それは・・」

「ははは。わかっておる。モニカから聞いておるかなら。こちらもとなるのは困るわ」

「はい」

「しかし、この子エリーシアの身の上は複雑じゃ。周囲が放っておけるものでもないからな。しかし、人生とは己で切り開くものじゃ。スフィーティア殿、そなたならわかっていようが、この子エリーシアが道を見つけるのを助けてあげて欲しい」

「はい。エリーシアがどのような道を選ぼうと私はそれを支えます。それが、死んだこの子の養父エゴンの想いですから」

 スフィーティアは、マスターでありエリーシアの実の父であるユリアヌス・ブルーローズの想いについては、触れなかった。



 翌日の昼頃、スフィーティアは、カラミーア伯爵に呼ばれた。今後のドラゴンへの対応について話し合うためだ。

「失礼します」

 スフィーティアは、カラミーア伯爵の執務室に入った。

「おお、よくぞ、参ってくれた、スフィーティア殿」

 カラミーア伯は、自ら近づいて来て、スフィーティアの手を取った。その表情がニヤついていて、手つきの動きが、いやらしさを感じさせる。

 モニカが、間に割って入って来た。

「伯爵。スフィーティアの手を放してください。これは、セクハラですよ」

「いや~、これは済まなかった。スフィーティア殿があまりに美しいので、無意識にな。わっははは」

「無意識にって、もっと悪いですよ」

 モニカはムッとして言った。

「モニカ、いいのです。それよりも伯爵、お世辞を言うために私を呼んだわけではないでしょう」

「うむ、スフィーティア殿の意見を聞きたくてな。ドラゴンの対応についてでだよ。まあ、座って話そう」


 2人は、広い大きなテーブル挟み、向かい合い座った。サンタモニカは、カラミーア伯の横に腰かけた。

 この部屋は広い。ふと、スフィーティアが窓際の方に視線を向けると、一人の男がデスクに向かい書類に目を通していた。

「おー、そうであった。グレンをスフィーティア殿に紹介していませんでしたな。グレン大臣、こちらに来てくれ」

 貴族風の衣装に身を包んだ黒髪で巻髪の青白い顔の男が、だるそうに席を立ち、伯爵の所までやってきた。顔を見ると、眼の下にハッキリとクマが見える。

「スフィーティア殿、私の腹心で大臣のグレンだ。モニカには軍師として軍務を見てもらっているが、グレン大臣には内政を担当してもらっている」

 グレン大臣は、スフィーティアに軽く会釈した。

「グレン・ハザーフォードです」

 そうと言うなり、そそくさと席に戻って行き、また書類に目を通し始めた。スフィーティアは、挨拶する暇がなく、呆気に取られていた。

「まあ、不愛想な男ではあるが、あの通り仕事の虫でしてな。政務を滞りなくこなしてくれるので頼りにしておる」

 

「さて、ドラゴンについてだ。カラミーアには、これまで3頭のドラゴンが出現した。最初のエメラルド・ドラゴン、次にヘリオドール・ドラゴン、そしてリザブ村を襲撃したクリムゾン・ドラゴンだ。いずれも貴殿が討伐してくれたことに感謝している。これだけのドラゴンが短期間に現れたのだ。もう落ち着いても良いように思えるところだが、貴殿は、ドラゴンがまた現れると思うかな?」

「現れるでしょう。モニカにもお伝えしましたが、リザブ村を襲撃したクリムゾン・ドラゴンの狙いは、エリーシアでした。ここだけの話にしていただきたいのですが・・」

 スフィーティアが、グレン大臣の方を見る。

「スフィーティア殿、心配は無用じゃ。グレンは、ここでの話を漏らしたりはせん」

「わかりました。エリーシアは、クリムゾン・ドラゴンによる襲撃の際に魔法の力に目覚めました。彼女は覚醒魔導士リベイラーになったと言えるでしょう。そのうち魔女と呼ばれるほどの力を手に入れるかもしれない。ドラゴンは、自らの力を高めるために魔女の血を求めますから」

「エリーシアが、ドラゴンを呼ぶかもしれないということだな」

 伯爵がそう言うと、スフィーティアが頷いた。

「モニカから聞いたが、エリーシアは、あの聖魔道教団ワルキューレの現クリサリス教皇王の娘マリー・ノエル・ワルキュリア皇女の娘かもしれないとな。皇女のことは、わしも覚えておる。実に、実に美しいお方であったなあ・・・」

 マリー・ノエルの容姿を思い出したのか、カラミーア伯の顔がみっともなく緩んでいる。

「もう、またそれですか!」

 モニカが、またムッとした。

「皇女は、今どこにいるのですか?」

「行方不明じゃよ。聖魔道教団もあちこちと探したが、見つからんようだ。噂では、剣聖もこの件には関わっており、マリー・ノエル皇女の行方不明事件を契機に親密だった聖魔道教団と剣聖団の間に亀裂が入ったと聞くが、真相は闇の中じゃ。スフィーティア殿、貴公こそ何か知っているのではないか?」

「その件については、私は何も申し上げられません」

「まあ、そうじゃろうな」

「もういいでしょう。マリー・ノエル皇女のことをここで議論してもしょうがありません。話を戻しましょう。今の問題は、領都が、ドラゴンの襲撃を受けるかということです。エリーシアちゃんを狙っているドラゴンは、あのドラゴンだけではないと、スフィーティア、あなたはそう考えているのですね?」


 モニカの問いに、スフィーティアは頷いた。


「ええ。私が倒したクリムゾン・ドラゴンは、エリーシアを贄と言いました。エリーシアを魔女と認識したのでしょう。ただ、エリーシアを狙ったのは、自らが強くなるというよりは、主であるもっと高位の竜へ魔女の力を移譲するため」

「高位のドラゴンとは、どんなドラゴンかね?」

「我々剣聖団は、その強さでドラゴンを5段階にランク分けしています。基準はその竜が持つ竜力です。リザブ村のクリムゾン・ドラゴンは、BT級と3番目でした。高位のドラゴンとは、最上位の1番目であるPS級のことです。PS級になると、我々は、コードを付与し対応します。そして、これらコード級への対応が、最優先となります」

「それは、どの程度の強さのドラゴンだろうか?」

「規格外の強さと言えましょう。天災級です。カラムンドのような大都市でもやすやすと壊滅させるでしょう」

「カラムンドを壊滅させるほどだと!」

「はい、ですので、我々は、最優先でPS級ドラゴンには当たります」

「スフィーティア、そのPS級のドラゴンとは、何ですか?」

 伯爵とは対照的にモニカは冷静だ。

「ここを狙うのは、我々がコードG´として追っているクリムゾン・ドラゴンだと考えています。ただ、このクラスになると、クリムゾン・ドラゴンとかエメラルド・ドラゴンとかの枠に収まりません。複数のスキルを持っているからです。また、見た目も変わったりしますので、発見もしづらいのです」

「そ、それは厄介ですね。人に紛れたりすることもあるわけですか?」

「はい、ありえますね」

「そのドラゴンは、もしや『煉獄れんごくのドラゴン・グングニール』のことですか?」

 モニカが、ずり下がった丸い赤縁眼鏡のブリッジを押し上げる。

「ええ。コードG´は、一般にはグングニールとして語られていますね」

「それは、古から恐怖の存在として出て来るドラゴンではないか!何故、そんなドラゴンが今現れたのだ。しかもここカラミーアに現れると言うのか!」

 カラミーア伯爵の顔色が蒼白になる。


「落ち着いてください。カポーテ様」

「ああ、すまなかった。取り乱してしまった」

 モニカは、カラミーア伯をなだめると、スフィーティアに目を向けた。

「スフィーティア、あなたは、そんなドラゴン相手に勝算はあるのですか?」

「ええ、私がここ、カラミーアに派遣されたのも、コードG´への対応のためです。必ず奴をは仕留めるつもりです」

「今度こそということは、これまでもグングニールとは対戦しているのですか?」

「あまり詳しくは話せないが、私は、2度コードG´とは対敵しています。G´は、私が唯一敗れたドラゴンです。一度目は、私を含めて剣聖4人で挑みましたが、生き残ったのは私だけでした。完敗です。2度目は、何とか退けることができましたが、とても倒せる気はしなかった。両方とも大きな犠牲を払いました。コードGのグラムは、現在消息が確認できていませんので、今は、このコードG´のグングニールが最強と言っていいでしょう。」

「なんと、何人もの剣聖で挑んでも倒せず、スフィーティア殿でも敵わないほどのドラゴンということか?」

 ここで、スフィーティアは、珍しく感情をむき出しにした。

「わたしは・・、グングニールを倒すことが、私の使命だと思っています。例え、この身を犠牲にしてでも、悪魔に魂を売ってでも私は奴を倒す。そう、死んでいった仲間達の墓前に誓いを立てた。奴だけは絶対に許さない。次は必ず仕留めます」

 カラミーア伯は、スフィーティアの気に圧された。

「おおー、さすがは、スフィーティア殿。スフィーティア殿の手にかかれば、グングニールも逃げて行きそうだな」


「カラミーア伯、残念ですが、私とコードG´が本気でぶつかれば、戦場はとてつもない被害となるでしょう。この辺りが、戦場となれば、カラムンドの被害は甚大でしょう。ここは、壊滅するかもしれない。ですので・・・」

「領都が壊滅するだと。そんなことは、ダメだ!絶対ダメだぞ。そんなことになれば、領都の民衆20万はどうなる?」

「勿論そうならないように全力をあげます。あなた方が知らない・・」

「ダメだダメだ!領都が失われるなど!」

 今度は、カラミーア伯が、スフィーティアに詰め寄った。

「落ち着いてください。カポーテ様。スフィーティアがそうならないようにするとおっしゃっているのです。私たちはそれを信じましょう」

 モニカがカラミーア伯の手を取り言った。

「う~む」

 カラミーア伯は苦悶の表情だが、落ち着こうと息を整える。


「すまなかった。スフィーティア殿。取り乱してしまった。我々はあなたに頼るしかないのだ・・。この通りだ。領都ここを何が何でも守って欲しい」

 カラミーア伯は、苦悶の表情のまま深々と頭を下げた。

「顔を上げてください、カラミーア伯。あなたの気持ち、民衆に対する思いは十分伝わりました。私は、コードG´から領都を守ってみせましょう。私には秘策があります。安心してください」

 スフィーティアは、微笑を作って言った。

「おおー!その言葉を待ってましたぞ!」

 カラミーア伯は、テーブルを飛び越え、再びスフィーティアの両手を取って、喜んだ。

「カポーテ様。ですから、セクハラですよ!」

 モニカもテーブルを乗り越え間に入って、引き離した。

「おお~、これはすまん。ついな。はっはっはっはー」

「もー!」

 モニカはふくれっ面をした。


「ただ、奴が領都に現れないように私とエリーシアが領都を離れることが一番だと思います。できるだけ早く離れようと思います」

「スフィーティア、でもあなたが、ここを離れたら、ドラゴンへの対応はどうなるのでしょう?ここを襲うドラゴンは、何もグングニールだけとは限らないと思うのですが?」

 モニカが懸念を口にする。

「それは、その通りですが、エリーシアがここにいることの方が領都は危険でしょう。彼女の魔力に竜が引き寄せられるのですから」

「スフィーティア殿、わしもモニカと同意見じゃ。グングニールは恐ろしいが、他のドラゴンも心配じゃ。ドラゴンが領都の近くに現れたばかり。今しばらくここに滞在してもらえまいか?」

 スフィーティアは少し思案顔であったが、口を開く。

「そういう事であれば、しばらく留まることにします。但し、コードG´の情報をキャッチした場合は、すぐにそれに当たらせていただきます」

「そうしてくれればありがたい」

「では、失礼します」



 スフィーティアは伯爵の執務室を出た。モニカも一緒に部屋を出た。

「スフィーティア、何であんな約束をしたのですか?あなたとて、本当は自信が無いのではないですか?」

「ああ言わなければ、収まらないでしょう?それに全力をあげてこの領都を守るということは本当だよ。モニカ。ただ、住民の避難だけは、考えておいて欲しい」

「わかりました」


 スフィーティアの青碧眼の瞳は、天井を向いていたが、くうを見つめていた。


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