第23話 剣聖団

 ヴイーンッ

 昇降機のドアが開く。


 スフィーティア・エリス・クライは、場所ところにある剣聖団本部の建物内にいた。昇降機を出ると、窓もない暗い通路だ。天井には、わずかな灯が点々と繋がっている。灰色の無機質な壁。真っ暗な床。その暗い床に一歩踏み出すと、床に淡い光の矢印で進行方向が示された。


「相変わらず、奇妙な場所だ。どこにいるのかすら、わからなくなる。趣味が悪い」


 一歩ずつ矢印の方向に進んで行くと次々と矢印が表示される。そして、矢印は目的の場所に導いてくれるようだ。どうやらここは迷路のような作りになっているようだ。別れ道になるとどちらに進んだらよいかわからなくなる。通路には、時々ドアが見えるが、その部屋がどこに通じているのか、果たして部屋があるのかどうかもわからない。矢印が示してくれなければ、目的の部屋にたどり着けないだろう。

 スフィーティアは、暫くそのまま進んで行くと、ある部屋のドアの前で矢印は消えた。その部屋のドアを彼女は迷わず開ける。


軍師リニアルレオナルド。スフィーティア・エリス・クライ、参上しました」


 スフィーティアは、部屋の中に入った。

 暗い、とても大きな部屋だった。床には、ペルシャ絨毯のような絨毯が一面に敷かれていた。その絨毯には、竜と人間の戦いが、煌びやかな糸で絵巻のように描かれていた。暗い壁には、窓もなく採光もできない。天井には小さな淡い大小の光を発する点々が幾つもあり、それが星のように見えなくもない。灯と言えばこれ位だ。通路よりも暗いかもしれない。

 しかし、剣聖であるスフィーティアにはハッキリと室内の様子は見えていた。

 部屋の中はスッキリしていて、奥に大きなデスクと椅子がある位だ。その奥の壁には、アーシア世界の大きな地図のようなものが掛けられていた。

 大きなデスクからスフィーティアの方を見ていたのは、12、3歳位の中性的な少年のような姿をしていた。髪は青白いショートヘア、とても知的な印象の金色の眼、人を喰ったような生意気そうな口。間違いなく美少年と言える。白いローブに身を包んでいて、素足だ。ローブの背中には白竜がデザインされている。


 この男の名は、レオナルド・ラインハルト。剣聖団の軍師リニアルである。年齢は不詳だ。

 剣聖団の組織は、団長ドゥージェ副団長ラ・ドゥージェ軍師リニアルと本部、支部からなる。本部長、支部長は団長、副団長が兼任している。支部は、アーシア3大陸(東、西、南)に一箇所ずつあるが、ヴェストリ(西)大陸は広いため、東側を本部が、西側をヴェストリ西部支部が管轄している。

 軍師リニアルは、団長を補佐する役職だが、剣聖団の戦略・戦術を担い、武装開発も担当している。それは、剣聖団の団長がずっと長い間姿を現さない(現剣聖で会った者はいない)ためでもあるようだ。

 その剣聖団の中枢である軍師を担うのが、このレオナルド・ラインハルトである。彼の頭脳は知識膨大、縦横無尽。彼に知らないことは無いと言われる。剣聖の武器や防具、アクセサリー、アイテム、それにシュライダーの開発もこの男の手による。因みに副団長ラ・ドゥージェはいるが、あまり姿を見せないようである。


「やあ、スフィーティア。相変わらずのその美しさ、嬉しいよ。美の女神が嫉妬しないか心配だ」

 透き通ったような少年の声が響く。

「相変わらず口がお上手で」

 スフィーティアは、微笑んだ。

「さあ、もっと近くに来てくれないか」

 そう言われてデスクの傍までスフィーティアは、来た。

「ああ~、スフィーティア!」

 そう言うと、甘えるかのようにスフィーティアにデスクを飛び越え抱きついて来た。それをスフィーティアは、顔面への右ストレートで応えた。スフィーティアの右拳がレオナルドの左頬にめり込む。レオナルドは、白目を向き、床にゆっくりと落下する。

 しかし、落ちていく間、スフィーティアの豊かな胸を両手で触っていた。

 この男、只者ではない!

「サワリ、サワリ」

「ああ、何て良い感触なんだ。死んでもいい・・」

 

 ドサリッ!

 ゲシッ!ゲシッ!ゲシッ!

 レオナルドが、床に落下すると、スフィーティアは、ヒールブーツでレオナルドの顔面を容赦なく何回も足蹴にした。


「白!」

 やはり只者ではない!

 追い打ちのようにさらに、スフィーティアの蹴りが激しくなった。スフィーティアの眼は殺意が宿っていた。

「ゴメンなさい、ゴメンなさい。やめて!冗談だよ。死んでしまう~~~~~!」

 レオナルドの顔が原型をとどめなくなったところで、スフィーティアの情け容赦のない蹴りは収まった。


「うう・・」

 レオナルドは、苦しそうに起き上がると、自分のデスクの上に腰かけた。

「しょれでは、本題に入ろうか」

 急に真面目になるが、上手くしゃべれていない。ハンカチで血を拭きながら、本題を口にした。

「スフィーティア、何で呼ばれたかわかるよね?」

 何という回復力だ!

 もうこの男は本当に只者ではない!

 もうほとんど怪我は治ったようだ。

「何でしょうか?」

 スフィーティアはとぼけた。

「君の命令無視のせいだ」

 スフィーティアの様子を伺い、間を置いて続ける。

「君は、貴重な『竜の心臓の欠片』を砕いた。これは、重大なことだよ。何故あんなことをしたのか?」

「欠片を砕いたことは、申し訳ありません。でも、答えたくありません」

 スフィーティアは、そっぽを向く

「はあ」

 スフィーティアの頑なさにレオナルドも溜息が漏れる。

「すいません」


「では、言い方を変えよう。リザブ村でのクリムゾン・ドラゴンとの戦闘結果を報告せよ」

「はい」

 そう言われ、スフィーティアはクリムゾン・ドラゴンとの戦闘に至った経緯から、戦闘の状況を報告した。

「以上です」

「戦闘の状況から、欠片を砕く必要性はなかったように思う。それをした理由を再度訊こうか?」

「・・・」

 スフィーティアは、やはりそこは話そうとしない。

「ふう、君のそういう所は、師であるユリアヌスに似ていて実に困る」

 レオナルドは、デスクの上を跨ぎ、椅子に腰かけ直した。

「今回の命令無視は重大だよ。罰として次の任務は報酬無しだ」

「はい。構いません」

「よろしい。しかし、次やったら、それなりの処分を下すのでそのつもりでいるように」

「御意」

 スフィーティアは、剣聖団式敬礼をして応える。

「私の要件は以上だ。君は引き続きカラミーアでの任務にあたれ。コードG´の出現に備えてくれ」

 

軍師リニアルレオナルド、私は、あなたがカラミーアに拘る理由がわからなかった」

 突然スフィーティアからそう言われ、レオナルドは彼女の顔を見上げた。スフィーティアは真っ直ぐレオナルドを見つめている。

「どうしたんだい?急に」

「エリーシア・アシュレイ」

 その名を聞き、レオナルドは、ほんのわずか眼元がピクリと反応していた。しかし、動揺という程ではない。普通なら気が付かない程度のものだ。しかし、スフィーティアは気づいた。

「やはり、あなたは知っていたのですね」

「・・・」

 レオナルドは、答えず、その黄色い瞳でスフィーティアを見つめている。

「あなたは、エリーシアがマスターの子で彼女がどこにいるかも知っていた。そして、エリーシアを使ってコードG´をおびき出そうとした」

「バン!」

 スフィーティアが、デスクを両手で叩いた。彼女は怒っていた。

「あなたは、何てことをするんだ!そのためにエゴン・アシュレイは死に、リザブ村は崩壊したんです」

「ふう」


 レオナルドは、椅子の向きを90度変え、スフィーティアから視線を逸らす。

「少し違うよ、スフィーティア。僕は、少女がカラミーアにいることは把握していたが、正確にどこにいるかまでは知らなかった。スフィーティア、今の尋ね方だと、君は、少女の母親が誰かわかっているよね?」

「はい。エリーシアから聞きました。死の間際に養母から聞かされたようです」

「そうか。マリー・ノエル・ワルキュリア。それが、少女の実の母の名だ。そして『アーシアの最強の魔女』の名を欲しいままにした女だ。魔女とは何かわかるかな?」

 ここで、レオナルドは、スフィーティアの方に向きを変えた。

「魔女は、女性の覚醒魔導士リベイラーのことでしょう。リベイラーは、通常の魔導士よりも魔力が遥かに高いと言います」

「そうだ。そして、我々にとって重要なのは、ドラゴンが魔女を好むと言うことだ。好物と言っても良いだろう」

 レオナルドの表情が緩む。

「だから、エリーシアを囮に使うというのですか!」

 スフィーティアは抗議する。

「そうだよ。コードG´をおびき出すにはそれが一番良い方法さ」

「あなたという人は!」

「スフィーティア、勘違いされては困る。確かに人間を助けることは大事だ。だが、我々にとって竜を狩ることの方が優先されることを忘れるな。あ、そうだ。大切なことを確認していなかった」

「少女は、魔法を覚醒させたか?」

「クリムゾン・ドラゴンに対して、エリーシアは魔法を使っていました」

「そうか。それは、残念かな」

 レオナルドは天井の星を仰ぐ。

「何故ですか?」

「少女は、ユリアヌスの子だ。それ相当の竜力を秘めているはずだろう」

「はい」

「魔力と竜力は相容れない。少女が、魔力は覚醒させたのなら、竜力は消えたと言っても良いだろう」

「エリーシアの竜力が消えた・・」

「そうさ。正確には、少女の奥底、それもとても深くに引っ込んでしまったと言える」

「エリーシアは、もう剣聖になれないということですか?」

「そういうことになるね」

「そうですか・・」


 スフィーティアは、ここで考え込むかのように間を置いた。

「軍師レオナルド。私は、エリーシアが望むなら、彼女を私の弟子シュヴェスタにしたいと思っています」

「おいおい。今の話を聴いていなかったのかい?」

「ちゃんと聴いていました。それでも可能性は0ではないと思います。私は、そこに賭けるつもりです」

「無理だな。諦めた方が良い。それが少女のためでもあると僕は思う」

「あくまでも決めるのはエリーシアです」

 決意に揺るぎない眼差しを向けるスフィーティアを前に、レオナルドは沈黙する。

「・・・」

「わかったよ。そこまで言うのなら、試してみようか。少女の適性を」

「ありがとうございます」

「しかし、まずは、コードG´への対応を優先してくれ。僕の感では、そう遠くないうちに動き出すだろう。狙われるのは、カラミーアだ」

「はい」

「その後、少女に会ってみよう。もう一つ、少女がワルキューレの血族だということを忘れないこと。彼らもまた、少女を探している。彼女が魔法の力に目覚めたのなら、近いうちに少女を迎えに来るはずだよ。外交問題化するのは避けたいところだ。穏便に対応するように」

「御意」


 そう言って、スフィーティアが軍師室を後にしようと、一歩下がった時だ。

「ス、スフィーティア、もう一度親睦を深めようではないか~~~~~!」

 そうレオナルドが叫び、デスクを越え、スフィーティアに抱きつこうと飛び付いて来た。スフィーティアは、前回の反省を踏まえ、手ではなく、足を出した。左足の蹴りがレオナルドの顔面を捉える。

「ウギャーッ!」

 レオナルドは勢いよく吹き飛び、デスクを越えて壁に激突し、床に落下した。

 

 ピクピクピクピク・・・


「では、軍師殿、失礼いたします」

 スフィーティアは、一礼すると剣聖団本部を後にした。

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