第21話 ユリアヌスの手紙
スフィーティアとエリーシアは、生存者がいないかリザブ村のあちこちを見て回っていた。長かった夜も明け、朝焼けが見え始めていた。ある燃えて崩れた建物に来たとき、エリーシアは、ハッとして立ち止まった。
「ジョミー!」
そこには、下半身が切断され、上半身のみの男の子の遺体が転がっていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私のせいでこんなことになって。ごめんなさい。私がここにいたから、お父さんも、お母さんも、村のみんなも殺された。私がいたから・・・」
エリーシアは、幼なじみのジョミーの遺体の前で泣き崩れた。
スフィーティアは、エリーシアの肩に優しく手を置く。
「エリーシア、お前の気持ちはよくわかる。しかし、あまり自分を責めるな」
「私がいなければ、お父さんもお母さんも死なずに・・。ううっ・・」
スフィーティアは、赤ん坊が腕から落ちないように注意しながら、エリーシアは抱き寄せた。
「お前がいなければ、か。そうかもしれない。でもそれ以上言うな。お前がしなくてはいけないのは、エゴン等がお前に託した想いを受け止めることだ。ほら。それに救えた命もある」
そう言って、生き残った赤ん坊を、エリーシアに差し出す。ちょうど朝日が昇ってきた。赤ん坊の顔に朝日が照らされると、赤ん坊は元気よくキャッキャ、キャッキャと鳴き始めた。
「うん」
エリーシアは、涙目を手で拭うと力強く頷いた。どんなにつらくても前に進んでいくしかない。それが生き残った者からの死者への
やはり、生き残った村人は他にはいないようだった。村の入り口付近まで来たときだった。緑色の軽装鎧を装備した領都の衛士たちが馬に乗りやってきた。隊長と見られる筋骨逞しい男が、馬を下り、スフィーティアに近づいてきて、話かけてきた。
「剣聖スフィーティア殿ですね。私は、領都防衛第1部隊隊長のロイ・インペックスです。主君カラミーア伯爵の命によりリザブ村を襲撃したドラゴン討伐に赴いた貴殿を援護するために派遣されました。して、ドラゴンは、どうなされましたか?」
「クリムゾン・ドラゴンは討伐した。ドラゴンの遺骸は村の外れの森に転がっているだろう」
「おおー!」
ロイ・インペックスが率いてきた兵士の中でどよめきが沸き起こる。
「さすがは、噂に違わぬ働き。さぞカラミーア伯爵も、喜びましょう」
「そうでもないよ。ここの村は壊滅した。この村の生き残りは、この少女とこの赤子だけだ。私がもっと早く駆けつけていれば、こんなことには・・」
スフィーティアは、唇を噛む。
ドラゴンとの戦いの中で、彼女は、救えなかった命を想い、数多くの後悔を経験してきた。もっと自分にはできたはずだ、と。そして、今回も同じ想いが彼女を襲う。
「スフィーティア殿の責任ではありません。全てはドラゴンのせいです。あなたが、気に病むことでは・・」
「かもしれない。それでも、私は背負わなければならないんだ。ここで亡くなった人たちの命の重みも。その想いが私を後押しし、次に進める糧となると私は信じている。それが剣聖としての私の
「それは、あまりにも重いご覚悟ですな」
ロイ隊長は、スフィーティアの苦悩に触れ、かける言葉が出てこない。
「そうだ!」
重い空気になりかけたところを、スフィーティアは意表を突いた。
スフィーティアは、赤ん坊をロイ隊長にサッと差し出した。
「お、おっと!」
スフィーティアの渡し方が、雑であったため、ロイ隊長は危うく赤ん坊を落としそうになった。スフィーティアは早く赤ん坊から解放されたかったようだ。
「この赤子を頼む。この惨禍を生き残った強運の赤子だ」
「なるほど。どれ」
ロイ隊長が赤ん坊に変顔をしてみせると、赤ん坊はロイ隊長の顔を見てケタケタと笑い出した。
「おー!笑ったぞ」
「わー!すごーい!」
スフィーティアとエリーシアは、賞賛の眼でロイ隊長を見た。
「私の子供は大きくなりましたが、赤ん坊の頃はこれをやると喜びましたので」
そういうと、落ち着いた赤ん坊を部下の一人に渡した。
「スフィーティア殿、領都にお戻りください。部下がご案内します。私どもは、村とドラゴンの遺骸を調査いたします」
「ロイ隊長。ドラゴンの遺骸は、剣聖団が回収に来るので、そのままにして置いて欲しい。それと、この子、エリーシアの両親であるエゴン及びエレノア・アシュレイを丁重に葬って欲しい。二人は、この子と村を守ろうとドラゴンに立ち向かって、命を落としたのだ。」
「そのような英雄をどうして、放っておけましょう。私にお任せください。さあ、領都へお急ぎください。迎えの馬車を用意しています」
スフィーティアとエリーシアは、兵士に伴われ、馬車へと向かった。
後の話となるが、アシュレイ夫妻は、無くなった多くの村人とともに村の墓地に葬られた。数年後、エリーシアが、リザブ村を訪問した時両親の墓が荒れ果てていたのを見て、二人の墓を、村を見下ろせる丘の上に移す。これを契機に廃村になりかけていたリザブ村は、復興に向かうのだった。
既に夜は明け、まだ朝日が眩しい早朝の時間。二人は、領都に向かう馬車の中にいた。スフィーティアは馬車から外の流れる景色を見ながら何か考えてる風だったが、エリーシアに話かける。
「エリーシア、お前は実の父のユリアヌス・ブルーローズのことを覚えているのか?」
エリーシアは、首を横に振った。見事な装飾の施されたエゴン・アシュレイの
「ユリアヌス・ブルーローズは、エゴンの主君、そして私の剣聖の
「お父さん・・」
エリーシアは、大剣をギュッと抱きしめた。自然と、灰色の円らな瞳が潤んでくる。
「実の母のことは、覚えているのか?」
エリーシアは、首を横に振った。しかし、少し間を置いてエリーシアが口を開いた。
「でも、お母さんが最後に教えてくれたの。私の本当のお母さんは、魔女のマリー・ノエルという人だって」
「なんだって!」
マリー・ノエル・ワルキュリア。
アーシア最強の魔女と言われた聖魔道士だ。とんでもない人物の名前が出てきた。もう何年も前から消息がわからなくなっている。
「そして、これをお姉ちゃんに渡すように言われたの」
エリーシアは、ポケットからエレノアから渡された手紙をスフィーティアに差し出す。その手紙は、薄茶色に変色しており、随分時間が経過しているのを感じさせた。手紙の裏面の署名を見てスフィーティアは驚いた。
「こ、これは、マスターの・・」
署名には、『ユリアヌス・カエサル・ブルーローズ』とあった。そして、筆跡は間違いなくユリアヌスのものだ。急いで、スフィーティアはその手紙の封を開ける。
『我が親愛なる
スフィーティア、お前がこの手紙を目にする時、私はいないだろう。そして、お前の目の前には我が子エリーシアがいるはずだ。』
ここで、スフィーティアは、エリーシアをチラリと見た。エリーシアは灰色の円らな瞳でこちらを見ている。
『詳しくは話せないが、エリーシアは、私とマリー・ノエルとの間にできた子だ。最強魔女と剣聖である私との間にできた子であるということは、とても
エリーシアは、剣聖と魔女の血を両方受け継いだ稀有な子だ。魔女の血はドラゴンを呼ぶ。そして、剣聖の血はドラゴンを殺す。しかし、それは、両立はしない。
エリーシアに魔女の能力が覚醒したときは、エリーシアを迷わず殺せ』
ここの
(マスター、あなたは、なんということを私に命じるんだ。エリーシアは、すでに・・)
『そして、剣聖としての力が、目覚めた時は、お前がエリーシアのマスターとなれ。
それと、エリーシアに伝えてくれ。赤子のお前をエゴンに託したことを許して欲しい。しかし、お前の母も私もお前を愛している、とな。
ユリアヌス・カエサル・ブルーローズ
PS:この手紙のことは、剣聖団本部には、口外するな。なお、この手紙は、お前が確認次第燃え尽きる』
「マスター・・」
スフィーティアの手紙を持つ手の力が抜け、その手から、手紙が滑り落ちる。すると、ユリアヌスの手紙は発火し、青白い炎に包まれ燃えて無くなった。それでも、文面はスフィーティアの頭に一言一句記憶された。
「何て書いてあったの?」
スフィーティアの顔は、少し青ざめていたに違いない。しかしそれも一瞬のことだ。
「エリーシア、手紙は、お前の実の父であるユリアヌス・ブルーローズからのものだった。そこには、お前のことを頼むと書かれていた。お前のことを愛していると伝えて欲しいと」
そこで、スフィーティアは、エリーシアの頭を撫で、一呼吸置いた。
「そして、お前が望むなら、私がお前のマスターとなり、剣聖になる手助けをするようにと書かれていた」
スフィーティアは、ユリアヌスのエリーシアを殺せという言葉は伝えなかった。
できるわけがない・・。
「私は、強くならないといけないの。お父さんやお母さん、ジョミーやここの村人をみんな殺したドラゴンを私はいっぱいやっつけるの。だから、お姉ちゃん、私に力を貸して!」
エリーシアは、エゴンの大剣を握る手に力を込める。
「わかったよ。力を貸そう」
そう言うスフィーティアの青碧眼の眼には、微かに憂いが滲みでていたが、エリーシアが気づくことはなかった。
その時、スフィーティアの左腕の無色透明のブレスレットが赤く明滅し始めた。
「スフィーティア殿には、ああ言われたものの、モニカ様への報告が必要だ。ドラゴンの遺体を確認するぞ」
ロイ・インペックス隊長は部下にドラゴンの遺体発見を命じた。暫くすると、一人の部下が走ってきた。
「隊長、見つかりました。しかし・・」
兵士が、急いでやって来て報告するが、どうも要領を得ず、戸惑っている。
「なんだ、どうした!」
「それが、ほとんどありませんで」
「何を言っている!」
ロイ隊長は、部下の回答にイライラして現場に向かい自ら確認する。
「何だ!これは・・」
現場に到着したロイ隊長が見たのは、ドラゴンと思える巨大な生き物の手足や翼などが、四散して散らばっている現場だった。胴体の部分はほとんど無く、頭部は全く確認できなかった。
「あの、強大なドラゴンがどうしたら、こんな風になるんだ。スフィーティア・エリス・クライ。なんという、これが剣聖の強さというものなのか・・」
ロイ・インペックスは、もし剣聖が敵に回ったらと思うと、背筋が寒くなるのを感じた。
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