第19話 アナスターシャ出陣
月が変わり
スフィーティア・エリス・クライがクリムゾン・ドラゴンと対峙している頃、西の戦線は慌ただしく動き始めていた。
ガラマーン軍に占拠された国境の
先のカラミーア軍とガラマーン軍との決戦では、当初ガラマーン軍がエメラルド・ドラゴンの支援(?)を受けて、カラミーア伯率いるカラミーア軍は壊滅しかけたが、スフィーティア・エリス・クライのエメラルド・ドラゴン討伐とガラマーン軍の攪乱(スフィーティア本人は否定している)により、カラミーア軍が辛くも勝利した。
サンタモニカ・クローゼは、領都に帰還する前にガラマーン軍の再侵攻に備えるためにわずか3日でここに堅固な城砦を築いていた。これは、ガラマーン軍の度肝を抜いた。再びカラミーア侵攻のため、進出したら、堅牢な城砦が出来ていたのだから。
そして、両軍は睨み合う形で小競り合いはあったものの、戦線は膠着した状態が続いた。が、ガラマーン軍はすぐに態勢を立て直し、戦力を増強していった。現状約2万人にまで増強されていた。ガラマーン族だけでなく他の種族の兵士も見える混成軍団だ。
対するカラミーア軍は、兵員の増員はほとんどないが、強固な城砦を盾に抵抗し、兵員の少なさを補おうとしていた。また、テンプル騎士団
明らかに無謀に思えるところだ。
「ほう、壮観ではないか。これだけの数をこの短期間で集めるとは」
砦の城壁から前方に展開しているガラマーンの軍団を見て、アナスターシャは呟いた。そう言うアナスターシャの横顔に、深刻さはなく、不敵の笑みを浮かべていた。はたして、この女戦士に恐怖と言う言葉があるのかどうか?
「して、どうしますか。このままここにいては、戦力差は広がる一方ですぞ」
隣にいるミスト将軍が、困ったものだという感じでアナスターシャに応じる。
「モニカの作戦通りでいくさ」
「大丈夫なのですか?この作戦はあなたにかかっていると言っていい、グイーン卿」
「将軍は不安か?」
「いえ、そうではありません。只、見ての通り兵の士気が落ちています」
砦の兵等は、テンプル騎士団の騎士こそ動揺はないものの、ガラマーン軍の大群の前に意気消沈しているように見える。
「だから、あなたの覚悟を聞きたい」
兵等を見回した後、ミスト将軍は、アナスターシャに問うた。
「言う。私はな、ただゾクゾクしたいのさ。気持ちが昂れば昂るほど良い。そうした時の私は、負けることがない」
「して、今はどうなのでしょう?」
「ふん、今少しだな。うん、あのデカブツ等はなんだ?」
ガラマーン軍の兵達に交じって、ひと際背丈が抜きんでている者達が混じっている。身長が3~5メートルはあり、体形もガッシリしている。見た目もガラマーン族の濃い褐色の肌色とは違う。体色は緑色で髪は白髪。手には、大きな棍棒や大斧を携えている。ガラマーン軍の中に点々と配置されていた。
「うーむ、あれは、ドグ族ですな。居住しているのは、もっと西の方の筈ですが、また厄介な奴らをガラマーンは引き連れて来ましたな。
「力だけならどうということはない」
ブーンッ!
その時だ。ガラマーン軍の中から、
「ほう」
アナスターシャは動揺しない。褐色の肌を伝う血を指で拭い、厚い唇でそれを舐める。
「グイーン卿、ここは危ない。下がりましょう」
ミスト将軍が、慌てている。
「そう慌てるな。楽しいではないか」
アナスターシャは、鎧もつけず、赤いマントと赤い軽装の出で立ちで城壁に立っていた。体も大きいため遠目からでも目立ち、狙い安い的のようだった。
ブーンッ!
すると、もう一本の大矢が飛んできた。今度は、アナスターシャの頭を直撃する弾道だ。
バシッ!
飛んできた大矢が、アナスターシャの目の前で真っ二つに折れ、床に落ちる。アナスターシャの黄色い瞳は全く瞬きをしない。
「失礼しました。アナスターシャ様」
抜いた剣を鞘に納め、アナスターシャの右隣の金髪の若者が、頭を下げる。どうやら、彼が剣で矢を叩き落としたようだ。
「よい。ヘーゼル」
彼は、ヘーゼル・ウィンウッド。アナスターシャの率いるテンプル騎士団部隊の副官だ。アナスターシャが、エリザベス王女の護衛任務に就いている間、実質部隊を統率しているのが彼だ。テンプル騎士の青い光沢のある鎧を身に纏っている。熱い性格のアナスターシャとは対照的に、
「フフフ、面白いではないか。こちらも返礼しないとな。ヘーゼル、槍を持て」
アナスターシャは厚い唇を噛む。
「ハッ!」
ヘーゼルが近くの兵士から槍を受け取り、それをアナスターシャに渡す。アナスターシャは、右肩を2、3回回すと槍を受け取る。
「ふん!」
狙いを定めるとアナスターシャは、助走もせず槍をブンッと勢いよく放った。槍は数百メートルほど先のガラマーン軍が布陣している中に一直線に飛んで行った。
槍は、大弓を構えていたドグ族の兵士の頭に命中し、巨体が崩れ落ちた。それを城壁上で見ていたカラミーアの兵はどよめいた。
「ウウォーッ!グイーン卿が敵の巨人族を倒したぞ!」
ガラマーンの大軍を前に意気消沈していたカラミーア軍の士気が俄かに高まっていく。
一方のガラマーン軍の方はざわつきだした。ドグ族の戦士一人が、ガラマーン軍の兵士をなぎ倒しながら、前線まで出てきたのだ。5メートルはありそうかという大男だ。そして、何か叫んでいる。見ると、その大男は、先ほどアナスターシャの投げた槍で倒されたドグ族の戦士の亡骸を引っ張って来ていた。
「うん、あいつは何を言っているんだ?」
アナスターシャが、ミスト将軍に尋ねる。
「どうやら、あなたに決闘を申し込むと言っているようですな」
「ほう、それは面白いな。受けてやろう」
「お待ちください、アナスターシャ様」
ヘーゼルが、跪く。
「なんだ?」
「ここは、私にお任せください」
そう言って、顔を上げる。
「まあ、それも面白いが、あいつは私に相手をして欲しいのだろう。それを他の者に変わっては、義にかける。ここは、私に任せろ」
そう言うと、アナスターシャは、10メートルはあろう、城壁から飛び降りて行った。
「ハッ!お供いたします」
ヘーゼルも続いた。どこまでもアナスターシャには実直な若者である。
城壁を降ると、アナスターシャが、ドグ族の戦士に近づいた。
「戦士よ、名を聞こうか」
「俺は、西の森のドグ族の戦士トーリだ。人間、よくも我が弟を手にかけてくれたな」
ドグ族の巨人は、人語を解するようだ。足元の亡骸になった弟を指さす。
「戦士トーリよ。これは、戦だ。戦に出てきた以上死は隣り合わせ。文句を言われるのは違う。悔しくば、力を示すことだ」
「うむ、その通りだ。気に入ったぞ。女、名を訊こう」
「私は、アナスターシャだ」
「アナスターシャよ、その物怖じしない強さ。お前を気に入った。我の元に来い。妻にしてやる」
「ワハハハ、大男は嫌いではなないが、大きすぎるな。私を従わせたくば、お前の力を見せることだ」
そう言うと、鞘から剣を抜く。
「戦士トーリよ。お前に1分やろう。その間私は、お前に攻撃はしない。かわすか受けるだけだ。その間にお前が私を捕まえるか倒すことができたら、お前の言うことを訊こう。1分を経過したら、私はお前を攻撃し始めるぞ」
「馬鹿にしおって。ふん、まあよかろう。すぐに捕まえてやるぞ!」
「ヘーゼルよ、合図と時間を数えろ」
「御意!」
「はじめ!」
「60、59・・」
トーリは、アナスターシャを捕まえようと手を伸ばすが、アナスターシャは軽々とかわす。表情には余裕の笑みが見える。
「45、44、43・・・」
トーリは、今度は、手を拳に変えて、殴ることにしたようだ。トーリの鋭いパンチが飛ぶが、アナスターシャは、これも横に後ろにとかわし、空を切るばかりで当たらない。
「25、24・・」
「このぉ!」
トーリは、とうとう諦め、腰から棍棒を抜いた。そしてアナスターシャ目掛けて右に左にと鋭く棍棒を振るう。しかし、アナスターシャは、これも剣で受けて逸らしたり、左右に身を逸らし、かわす。当たりそうで当たらないのだ。
「10、9、8・・」
トーリは、もう頭に血が上り、両手で棍棒を振り下ろしていた。
「おっと、危ないな!」
アナスターシャが、その鋭い一撃をトーリの懐に飛び込みかわす。
「・・2、1、0」
「捕まえたぞ!」
トーリの左手がアナスターシャの剣を持つ右腕を掴み、持ち上げる。
「おお、確かに捕まってしまったな。でも、1分が経過した後だから、言うことは訊けんな」
「ははは、捕まえてしまえば、こっちのものだ。お前はおれのものだぞ」
そう言いながら、アナスターシャに顔を近づける。巨人の口からは涎がたれてきた。
「う、お前、口からヘドのような匂いがするぞ」
アナスターシャは、顔をしかめる。
「うるさい。戦の前にお前を楽しんでやるだ。うえへへへ」
巨人の口調が、段々だらしなくなってきた。
「口の臭い男は、ごめんなんだ。残念だが、諦めてくれ」
そう言うと、アナスターシャは、捕まれた右手から、剣を放すと、回転しながら剣が落ちる。アナスターシャは、落ちてきた剣の柄を足で蹴り上げた。すると、剣がトーリの左目に突き刺さった。
「グギャーッ!」
トーリは堪らず、アナスターシャを放してしまう。アナスターシャは、地面に着地すると、素早くトーリの足を踏み台にして、飛び上がる。トーリの左目に刺さった剣を抜くと、その勢いのままトーリの背中の上に回り込む。
「私を気に入ってくれてありがとうよ、お礼に楽に逝かせてやるよ」
そして、トーリの長い白い髪の毛を掴み、トーリの首筋めがけて、飛び降りると、アナスターシャの剣はトーリの喉元を深く抉った。アナスターシャは、髪の毛を放し、回転して地面に降り立つ。アナスターシャの剣技は、大柄な体格に似合わず流麗なのだ。
ズドドーン!
アナスターシャが、トーリに背を向けると、白目を向いた巨体が、前に倒れこんだ。アナスターシャは、剣についた血を払い、城塞の方に、剣を高々と掲げる。
「ウウォーーッ!」
城砦から、カラミーア軍の兵から歓喜の声が沸き起こった。
「お見事です。アナスターシャ様」
ヘーゼルが、アナスターシャを迎える。
「まあ、戦況に大きな影響があるわけではないが、兵の士気が鼓舞できたのならよいか」
アナスターシャとヘーゼルは城塞へと引き上げた。
しかし、この後もガラマーン軍の兵力はどんどん増強されていく。
少し時を遡りアナスターシャが、領都カラムンドから前線の城砦に赴く時のこと。
「アナスターシャ、ちょっといいですか?」
アナスターシャに充てがわれた城内の部屋から出てきたところを、サンタモニカが声をかけた。
「うん、どうしたモニカ」
「お見送りができないので。今回の作戦はあなたが、鍵です。あなた次第で勝敗が決すると言えます」
「期待されて光栄だよ」
アナスターシャは、モニカに微笑する。
「申しわかりません。こんな策しか思いつかず」
モニカの丸い眼鏡越しの瞳が揺れ、アナスターシャに頭を下げる。
「頭を上げろ、モニカ」
アナスターシャが、モニカの肩を揺らす。
「私は、お前に感謝しているよ。私は、
「しかし、私は、またあなたにあれを・・」
「それ以上言うな」
アナスターシャが、モニカの口に手を当て、ウインクする。
「それに、私もサントリーニ(王都)に早く戻らねばならないからな。あの女たらしの剣聖から王女を守るという大事な使命があるからな。早く終わらせる必要がある」
「フフフ、あなたは、エリザベス王女に本当に心酔しているのね」
「ばか、そんなのではない。私はあの方の
しかし、モニカは首を横に振る。
「いいえ、私の居場所はここカラミーアです。あなたが、エリザベス様をお守りしたいのと同様に私も伯爵を支えたい」
モニカの決意の表情に曇りはない。
「わかったよ。お互い主君が違えど、アマルフィを守るという想いは同じ。あ、モニカ。今回のは貸しにしておくからな。酒でもおごれ」
「わかりました。ご武運を」
モニカは、アナスターシャの大きな背中が、階段を降り、見えなくなるまで見送った。
アナスターシャ・グイーンの登場でボン戦役が佳境を迎え、いよいよガラマーン軍とのカラミーア戦役は、終幕に向けて動き始める・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます