第17話 初瀬先輩と月岡先輩



「や、やあ、伊万里」



 月岡先輩の声が上ずっている。

 表情も引きつっており、先程までの余裕は微塵も感じられなかった。



(月岡先輩でも、こんな風に焦ったりするんだな……)



 常に年上の余裕を見せていた月岡先輩だが、流石に初瀬先輩の迫力には気圧されたようである。

 かくいう僕も、その迫力の前に声を出せないでいた。


 初瀬先輩は愛らしい大きな目をしているが、それが険しくなるとその分迫力が凄い。

 僕は直接見られていないというのに、漏れ出る眼光だけで下半身が文字通り縮み上がってしまった。



麻沙美まさみ先輩、これはどういうことでしょうか?」



「こ、これはだね、藤馬とうま君の苦手克服の一環というか、私の女としての尊厳を保つための行為というか……」



「それがどうして、藤馬君を襲うことに繋がるのですか?」



 初瀬先輩はニッコリ笑いながら尋ねるが、目が全く笑っていない。

 というか、さっきより怖い。



「それに――」



 そこで言葉を切り、今度は僕へと視線を向ける。



「どうして藤馬君は抵抗していないのでしょうか?」



(ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!?)



 まるで極寒の吹雪の中に放り出されたような、凍てつく寒気が僕の体を駆け抜ける。

 僕は無実だというのに、まるで自分が罪人にでもなったような錯覚を覚えてしまった。



「ご、誤解ですよ先輩! 僕はちゃんと抵抗しましたし、やめてくださいとも言いましたよ!?」



 まあ、どっちもまるで意に介されなかったけどね!



「ああっと、藤馬君を責めないでやってくれ。彼の言う通り、しっかり抵抗も拒否もされた上で、私が襲ったのは間違いないよ」



「つ、月岡先輩……」



 なんだかんだ僕のことをフォローしてくれる月岡先輩に、ちょっとした感動を覚える。

 この人、実は結構良い人なんじゃ……?



「……はぁ。藤馬君は、なんで襲った張本人のフォローに感激してるんですか……」



 ハッ!? そういえばそうだ!

 元はと言えば、月岡先輩が悪いのに!



「全く…、そんなマッチポンプ許しませんよ、麻沙美先輩」



 初瀬先輩から放たれていた痛烈な気配が、いつの間にか消えていた。

 どうやら、先程のくだらないやり取りで毒気を抜かれたらしい。



「それで、麻沙美先輩は、どうして藤馬君を襲ったりしたんですか?」



 と思ったら再び空気が凍り付く。

 まあ当然ですよね。何も解決してないワケだし。



「ふむ。それについてだが、伊万里は一つ勘違いをしている」



 月岡先輩は開き直ったのか、それとも単に落ち着きを取り戻したのか、余裕の態度で受け答える。



「私は、別に女好きというワケではなく、可愛いモノ好きなのだよ」



「……だから、藤馬君を襲ったと?」



「ああ、その通りだ。なあ伊万里、君のことは諦めるから、彼を私にくれないか?」



「だ、駄目に決まってます!」



「じゃあ、これからも君にちょっかいかけても構わないよな?」



「それは……、ってなんですかその二択は!?」



「残念。引っかからなかったか」



 もう完全に月岡先輩のペースであった。

 僕はこの隙に衣服をただし、初瀬先輩の元へと駆け寄る。



「先輩! 助かりました!」



「藤馬君……、もう、心配したんですからね?」



 どうやら、初瀬先輩は僕らのことが気になって、通学路の途中で待ち伏せしていたらしい。

 しかし、一向に来ない僕らを心配して、捜しに来たのだそうだ。



「でも、良くこんな場所見つけられましたね?」



「それは、GPSのお陰ですよ」



 え……? 今、なんとおっしゃりましたか?



「ちょっと待ってください。僕、そんな設定した覚えないんですけど……」



「それはもちろん、私が設定しておいたのですよ?」



 当たり前だとでも言うような感じで返してくる初瀬先輩。

 それに対し、僕は少しだけ恐怖に近い感情を覚えた。



「おいおい伊万里、流石にそれは私でもドン引きだぞ?」



「え……、そんなことないですよね、藤馬君?」



「いえ、すいませんが、ちょっと引きました」



「そんな!?」



「ほらね……っと、そろそろ学校に向かわないと、流石に遅刻になってしまう。積もる話は歩きながらにしようか」



 確かに、時計を見ると既に15分近くが経過していた。

 余裕をもって登校しているとはいえ、距離を考えると遅刻してもおかしくない時間と言えるだろう。



「とりあえず、行きましょうか、先輩」



「ええ。でも、まだ話は終わってませんからね?」



 念を押すように言う初瀬先輩に対し、月岡先輩はハイハイと軽く返す。

 この様子だと、この後も軽くあしらわれそうな雰囲気であった。


 ……僕はとりあえず、GPSの設定を解除しておこう。



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