第31話 最後の希望

 これはマティアスが研究所に駆け付ける前の出来事――


 改造手術を終えて目を覚ましたハンニバルは、自分の肉体がより強くなっていることを実感していた。それと同時に、無意識に殺戮衝動に駆られていた。

 ハンニバルは手術室から出て、オスカーの研究室に入る。


「おはよう、ハンニバル。手術が無事成功して良かったよ。気分はどうだ?」


 オスカーはハンニバルの元気な姿を見て安心していた。ハンニバルが自分に殺意を向けているとも知らずに。


「よぉ、オスカー。おかげで俺は望み通り強くなったぜ。これで俺は真の意味で最高傑作の人間兵器だよな?」

「あぁ、お前は間違いなく最高傑作の人間兵器だ。これでもうお前に勝てる奴はいないはずだ」

「そうか、それは嬉しいぜ」


 ハンニバルは不穏な口調で返事をすると、急にオスカーの胸倉を掴み始める。ハンニバルの表情は喜びから一転、怒りと殺意がこもった表情に急変した。


「何だか知らねぇけどよ、今の俺は無性に人を殺したくてウズウズしてんだよ!」

「おい、何をする!? 俺はお前を強くしてやったんだぞ!? そんな俺を殺すと言うのか!?」


 ハンニバルの突然の豹変っぷりにオスカーは恐怖を覚える。彼は改造手術による精神への弊害がハンニバルに影響しているのだとすぐに察した。


「俺はてめぇが前から何かを企んでいたのは分かってるんだよ! 今から本当の事を全て吐けば、お前だけは殺さないでやっても良いぜ」

「あぁ、全て話そう。俺はお前がマティアスに勝てないのを分かった上でお前達を戦わせた。お前が改造手術を引き受けるきっかけが欲しかったんだ」

「……本当にそれだけか?」


 ハンニバルが恐ろしい表情で問い詰めると、オスカーは怯えた表情で頷いた。

 すると、ハンニバルは両手でオスカーの胴体を両腕ごと締めつけ始めた。オスカーは痛みで声を上げる。


「待ってくれ! 実はテロリストどもにハンバーガー工場を乗っ取らせたのも俺だ! そいつらとお前達をぶつけることで、お前達の戦闘データを記録したかったんだ! ……さぁ、今度こそ全て話したから解放してくれ!」

「そうか、良く分かったぜ。……てめぇらのような連中がこの世にいる限り、平和はやって来ないってな!」


 ハンニバルはオスカーの両腕を引っ張り始め、少しずつ力を入れながら両腕を引きちぎった。

 オスカーの両腕がついていた付け根からは激しく血しぶきが飛び、彼は苦痛のあまり悲鳴を上げる。


「ぎゃああああああ!!」

「良い声出してるじゃねぇか。約束通り、命だけは助けてやるぜ。もっともそんな体じゃ二度と研究も出来ないだろうがな! ハッハッハッ!」


 ハンニバルは両腕を失い激痛に苦しむオスカーを蹴り倒し、笑いながら部屋を去って行く。

 そして、ハンニバルは研究所の中にいる人間を1人残らず惨殺していったのであった……。



 ――その後、ハンニバルはマティアスに宣戦布告をして研究所を去っていった。

 マティアスはハンニバルを元に戻す為の手がかりを探すべく、研究所の中を探索していく。


 マティアスは道中で研究員の死体と遭遇する度に、まだ息があるか確認しながら進んでいた。

 生存者がいれば有力な情報を得られるかも知れない。しかし、生存者に遭遇する気配は一向に無い。

 しばらく探索を続けていると、研究室の一室の机の上に数枚の手紙と、液体の入った注射器が置かれているのを発見した。

 すぐ傍にはやはり研究員達の無残な死体が転がっている。マティアスは机の上の手紙に目を通した。



 ――オスカー博士はハンニバルをもっと強くしたいと言い、ハンニバルの更なる強化手術を始めようとしている。無茶な強化手術は精神に弊害が及ぶ。このままではハンニバルの精神が崩壊し暴走してしまう!――


 ――最悪の事態に備えて薬を用意した。まだ試作段階だが、この薬を投与すれば暴走した改造人間を正気に戻せるかも知れない。ただし、この薬は相手をある程度弱らせてからでないと効果が無いから気をつけること――


 ――この手紙を読んだ者へ。どうか、この注射器を持ってハンニバルの暴走を止めてくれ――



 手紙にはハンニバルが豹変した理由、そして研究員達の最後の希望が込められていた。

 マティアスはそこに置かれている注射器でハンニバルを元に戻せる可能性があると知り、希望が見えてきた。


「ありがとう。ハンニバルは私が必ず助ける。どうか、あなた達は安らかに眠ってくれ」


 マティアスは研究員達の死体に優しく声を掛けると、注射器を持ち出して部屋を後にした。

 ハンニバルを元に戻す為の道具を手に入れたマティアスだが、彼にはもう一つ確認したいことがあった。オスカーの生死だ。

 既に事切れている可能性が高いが、マティアスはどうしても自分の手でオスカーに制裁を加えずにいられなかった。

 親友のハンニバルをこんな目に合わせたオスカーを許せなかったのだ。


(オスカー、貴様だけはこの手で息の根を止めてやる。勝手に死んでたら許さんぞ)


 マティアスはオスカーの研究室へ向かったが、その途中で異形の生物に遭遇する。

 元は普通の動物だったと思われる獣達、人体実験に失敗してゾンビのような姿に成り果てた元人間達がマティアスの行く手を阻んでいた。

 彼らは元々別の研究室の培養カプセルに閉じ込められていたが、暴走したハンニバルの手によって培養カプセルが破壊されてしまった。その際に脱走した生物兵器が彼らなのだ。

 変わり果てた姿の生物兵器達を目の前にしたマティアスは、オスカーが最高傑作の人間兵器を作るために、非人道的な実験で数々の人間や動物を犠牲にしてきたのだと初めて知る。


(オスカーの奴め……これが貴様の望んだ世界か!? そこまでして最高傑作の人間兵器を作りたかったのか!?)


 マティアスはバズーカをガトリング砲に変形させ、目の前にいる生物兵器達を難無く蜂の巣にしていく。周辺は瞬く間に肉塊と血の海と化した。

 目の前が無残な肉塊と血の海になっても、マティアスは淡々と先へ進んでいく。マティアスは今度こそオスカーの研究室に辿り着き、部屋に入る。

 そこには両腕を引きちぎられ、血塗れになって倒れているオスカーの姿があった。出血多量で瀕死の状態だが、まだ息はあるようだ。

 

「オスカー、私の親友のハンニバルを狂わせたのは貴様か?」


 マティアスは怒りに満ちた表情で瀕死のオスカーに問いかける。


「マティアスか、会えて嬉しいぞ。俺はハンニバルを更に強くする為に改造手術を施したのだが……改造し過ぎちゃったみたいだね! 身も心も化け物になっちゃった!」


 オスカーはこの期に及んでふざけた表情と口調で返事をした。その態度にマティアスは当然、怒りが込み上がってくる。


「私が今もこうして生きているのは貴様のおかげだ。だが、私の親友を殺人鬼に変貌させたことは許せない!」

「フフ……そうか。俺は最期に最高傑作の人間兵器を作り上げることが出来て十分満足だよ。自分で作り上げた人間兵器達に殺されるも、科学者の宿命として受け入れよう」


 オスカーは自分はもう助からないと悟りつつも、自分の目的を達成出来て満足した笑みを浮かべていた。

 マティアスはそんなオスカーの頭部を右手で掴み、怒りに任せて壁に何度もオスカーの頭部を叩きつける。

 そして壁に頭部をぶつけたまま走り出し、オスカーの頭部の原形を止めないほどに磨り潰して殺害した。


(これで後始末は終わった。後はハンニバルの元へ向かうだけだな)


 ハンニバルを元に戻す手がかりを見つけ、オスカーの始末を終えたマティアス。

 彼はハンニバルとの決着をつける為、今度こそ研究所の外へ向かって行くのであった。

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