第3話 貴族の屋敷で一時の休息

 屋敷の入り口まで近づくと、ハンニバルは勢いよく扉をノックした。

 しばらくすると、建物の中から10代前半くらいの年齢の少年が出てきた。銀髪で中性的な顔立ちの美少年だ。

 女の子に間違われてもおかしくないほど可愛らしい風貌をしている。豪邸に住む人間らしく、上品なジャケットを着ている。


「どちら様ですか?」


 少年が2人に声を掛けた。


「私たちは傭兵と軍人だ。一晩だけここに泊めてもらえないだろうか。出来ればガソリンも分けてもらえると助かる」

「僕の家なら大丈夫ですよ。中へどうぞ」


 マティアスが丁寧に少年に頼むと、少年は迷うことなく2人を屋敷の中へ案内した。


「ありがとう、感謝するよ」

「それじゃ、お言葉に甘えてお邪魔するぜ」


 2人は少年に礼を言い、中に入った。

 建物の中は広々としており、天井にいくつものシャンデリアが設置されたお洒落な空間だ。

 玄関前からは両サイドに2階へ続く階段が見え、その奥に複数の部屋があるのが分かる。

 貴族育ちだったマティアスは懐かしみを感じていた。

 しばらくすると、奥から家主の男性と、その妻の女性が近づいてきた。女性が少年に声を掛ける。


「エーリッヒ、その方達は?」

「傭兵さんと軍人さんだよ。泊まる場所とガソリンが無くて困っているんだって」


 エーリッヒと呼ばれた少年が事情を話してくれた。


「そうですか、どうぞこちらへ」

「私はこの家の主のハンス・シュタイナーだ。軍人さん達には日々お世話になっているよ。行くあてがないなら是非うちで休んでくれ」


 エーリッヒの両親も2人を快く迎え入れてくれた。マティアスとハンニバルも軽く自己紹介する。


「私はマティアス・マッカーサーだ。傭兵になる前は貴族だった。これからはこの男と共に軍人として生きていくことになったんだ」

「俺はハンニバル・クルーガーだ。単独で軍の任務を引き受けて活動しているぜ」

「マッカーサーだと……!? まさか数年前に突如消息を絶ったと言われるあのマッカーサー家のご子息か……?」


 2人が自己紹介を終えると、ハンスはマティアスの名前を聞いて驚いた。


「私は数年前の戦争で家族を全て失った。その後は貴族としての生活を捨て、傭兵として生きてきた。どうかあなた達だけは私のようにならないで欲しい」

「そうか……それは辛い旅だったね。なら今後はいつでもここにおいで。同じ貴族として少しでも君の心の拠り所になりたいんだ」

「僕も賛成だよ。マティアスさんみたいなお兄さんがいてくれたらって思ってたんだ」


 ハンスとエーリッヒ親子がマティアスに優しい言葉をかけた。マティアスは久々に人間の優しさに触れ、荒んでいた心が少しずつ癒されていく。

 そしてマティアスはエーリッヒの可愛らしい姿に見惚れたのか、そっと抱きしめて「ありがとう」と言った。

 マティアスがエーリッヒを離すと、その様子を見ていたハンニバルが複雑な気分で言葉を発する。


「感動に漬かってる時で悪いけどよぉ、俺のことも忘れないでくれよ?」

「じゃあ大きいお兄さんもいつでもおいでよ!」

「え!? 気持ちはありがてぇが、あいにく俺はこんな洒落た家じゃ落ち着かねーな……。だが、呼んでくれればいつでも駆けつけるぜ、坊や」


 ハンニバルはそう言ってエーリッヒの頭をなでなでした。

 そうしているうちに建物の中央の部屋から召使いの女性がやってきた。夕食の時間が来たようだ。


「ご主人様、お食事の準備が出来ました。お客様の分も揃えております」

「2人とも、お腹を空かせてるでしょう? 是非一緒にお食事しましょう」


 エーリッヒの母親が2人を食事に誘ってくれた。マティアスとハンニバルは昼間は荒野で戦っていた為、かなり空腹だ。


「わざわざ食事まで用意してくれて申し訳ない。この恩はいつか必ず返すよ」

「ちょうど腹減ってたところだ。助かるぜ」


 一同は1階の中央の部屋にある食堂へ移動した。テーブルには白いクロスが敷かれ、高級フランス料理が並べられていた。


「おい、こんな豪華な飯を頂いていいのか……?」


 ハンニバルは今までお洒落な高級料理とは無縁の生活をしていたので驚いていた。なぜなら彼は今までワイルドなアメリカンフードばかり食べていたのだから。

 マティアスも傭兵になってからは生きるのに精一杯だった為、こんな贅沢が出来るのは少年時代以来だった。


「どうぞ、遠慮なく召し上がって下さい」


 ハンスがそう言うと、一同は席に着き食事を始めた。

 その場にいるみんながナイフとフォークを器用に使って食べている一方、ハンニバルだけはナイフを使わずに豪快に肉を食いちぎっていた。


「ハンニバル、お前ナイフの使い方知らないのか? ここはこうやって……」

「あー、分かったよ! ナイフとフォーク使えばいいんだろ?」


 マティアスが隣の席にいるハンニバルに食事のマナーを教えていた。向かい側の席では貴族親子がその様子を見て笑っている。

 ハンニバルはこの食べ方は自分の性に合わないと思いつつも、ナイフとフォークを正しく使って食べる練習をする。


(なんか俺、場違い感半端ねーなぁ……。こんな洒落た暮らしなんてしたことねぇっつーの……)


 そう思いつつも料理はとても美味しくて大満足だった。その後も適度に雑談を交わしつつ、一同は食事を終えた。


「ご馳走様。おかげで貴族時代に戻った気分だよ」

「なかなか旨かったぜ。ありがとな!」


 マティアスとハンニバルは貴族たちにお礼を言い、一同は食堂から出た。その後、家主のハンスが2人を2階の客室に案内した。


「ここに2人部屋の客室が空いているから自由に使ってくれ。それではお休みなさい」

「ありがとう。ゆっくり休ませてもらうよ」


 ハンスが部屋を去ったのを見送ると、2人は豪華な客室を興味津々に観察した。

 広々とした部屋に大きなベッドが2つ、外を見渡せるバルコニー、そして大理石で覆われた浴室と洗面場があった。まるで高級ホテルのようだ。

 2人は入浴と歯磨きを済ませ、それぞれのベッドに寝転がった。2人とも疲れているが、今後も仕事を共にする以上、お互いのことを知っておくためにも会話を始めた。


「ハンニバル、教えてくれ。お前ほどの強い男が、なぜ孤独な傭兵に過ぎない私を仲間に誘ってくれたのだ?」

「ん? だってお前、すげー寂しそうな目をしているじゃねーか。初めて会った時にも言っただろ? 俺は困っている奴を放ってはおけない性質だって」


 ハンニバルはそう答えたが、マティアスにはそれだけが理由だとは思えなかった。

 軍人が善意だけで男を拾うはずがない、他にもっと重要な理由があるのではないかと思っていた。

 ここでマティアスが揺さぶりをかけてみる。


「何を企んでいる?」

「さぁ、何だろうな? まぁ、いずれ分かる時が来るぜ」


 ハンニバルは微笑みながら意味深な返事を返した。

 ハンニバルに思惑があるのは間違いないが、その表情からは悪意を感じられなかったので、マティアスはこれ以上深く考えるのはやめにした。


「なぁ、お前は家族を亡くして独りぼっちになったんだよな。……実は俺も家族がいないんだ。その……なんだ……孤独な男同士、仲良くやっていこうぜ。俺は貴族じゃねぇが、少しでもお前の心の支えになれたらと思うぜ」


 ハンニバルは恥ずかしがりながら自分の思いを語った。詳しい事情は不明だが、彼もまたマティアスと同じ孤独な人生を歩んできたのだ。


「ありがとう。今日はお前も含め、優しい人間達に出会えたのが奇跡だ。今後ともよろしく頼む」


 マティアスは素直にハンニバルの思いを受け止めた。ハンニバルが自分を仲間に誘ったのは、寂しさを埋める為だったのかも知れない、マティアスはそう思っていた。

 2人は互いに握手をした後、消灯をして眠りについた。

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