第40話 どうして⑥ ※ 智樹視点


 何でだよ。


 何で雪子の隣にあいつがいるんだ。

 何で雪子は俺の隣に戻ってこないんだ。


 何で、何で、何で……




 目についた警察官の制服に慌てて踵を返した。

 自分はあんなものに目を付けられるような人間じゃない。関わりたく無くて直ぐに逃げた。

 いらいらと爪を噛む。


 あの後、家の前で暫く張ってたけど、雪子が帰ってくる様子は無かった。あいつと一緒にいるのか? 河村と?


 何で、どうして……

 学生の時はあいつのアプローチにも気づかずに、俺に夢中だったくせに。裏切ったのか……? もしかして俺が気付かなっただけで、ずっと……


 いらいらする。

 

 駅に向かう小さな商店街を、すれ違う人たちが俺の雰囲気の悪さに道を開けていく。

 それがまた腹立たしくて、前を睨みながら歩いていると、目に何か光が当たった。


(何だ?)


 むっと振り返った先には写真屋のショーウィンドウがあって、そこに映り込んだ何かが光を反射しているようだった。


 睨みつけるそこに映る自分と目が合い、はっと息を飲む。


(何だ、誰だ……)


 そこにはやつれた男がいた。


(俺、か……?)


 確かに最近片付けばかりしていた。

 愛莉の事をする為に……あれこれ画策して──


 やっと終わったそれに気持ちは晴れやかだった筈なのに、何故鏡の男はこんなにも……


(醜い……)


 すると硝子に映り込んだ男の姿が愛莉に変わる。

 ぎょっと身を竦めれば、その顔が歪んだ笑みを浮かべた。


 その様に喉が鳴る。


 同じだ……


 俺と……


 今の、俺と……


 自分勝手な愛莉が、自分と──


 いつの間にか同じ顔をしていた。


「嘘だ!」


 ショーウィンドウに向かって叫ぶ。

 俺はずっと愛莉に尽くしてきた。

 そんな俺がどうして愛莉と同じなんだ。


「俺は……」


『私の方が雪子さんよりも大事?』


 はっと息を飲む。

 それは付き合い始めたばかりの頃、愛莉が何度も聞いてきた科白。


『当たり前だろう。愛莉が一番だ。他の誰よりも』


 返したのは熱に浮かされて言った科白。

 雪子と付き合い始めたばかりだったのに……


 雪子に……


 好きだと、大切だと言った事があっだろうか……


『嬉しい、智樹大好き! ねえ、また来週飲み会に付き合わなくちゃいけないの。お迎えに来てくれる?』


『勿論行くよ、愛莉が心配だからな』


 ごくりと喉が鳴る。

 それは、

 雪子を一人で帰らせたあの日の……サークルの飲み会の科白。


 でも俺は、行けないって言っていた。

 なのに雪子が行くって言うから、仕方がなかったじゃないか……


 他の男たちが羨む中、愛莉を連れて帰る優越感に浸って……二人で夜を過ごして……気分が良くなったから、翌日ちゃんと、あの日の雪子の我儘を許してやったんじゃないか……


 我儘……


 雪子は我儘なんて言った事があっただろうか……

 俺に甘えた事なんて……いや……


 俺は、雪子に


 愛莉みたいに──


 ぞっと背中が強張る。


 同じ? 俺が愛莉と?


 どこが──


 まだショーウィンドウに映る、歪に笑う愛莉の幻影と目が合えば、彼女は俺に甘えたその顔で、他の男に手を伸ばす。


 見せつけられるようなその姿は、俺の頭に確かにあって……見た事は無かったけれど、現実だった事。


 同じ……


 愛莉が手を伸ばした先の男の顔が、自分のものに変わる。


(雪子にも俺がこんな風に見えたのか?)


 誰かの想いを踏み躙り、背徳に酔う男女が絡み合う姿は、確かに自分で、愛莉だった。



「う、わああああああ!!」



 急に叫び出して駆け出す俺を、周りの奴らが驚き振り返る。


 もう見たくない。

 酷く、醜く映る俺の顔が、愛莉と一緒だなんて、考えるのも嫌だった。


 こんな俺を雪子が受け入れられるだろうか?


 俺は愛莉を許せないのに。

 愛莉と同じ事を雪子にしてきたのに……



 俺はこの問いを繰り返す。

 家に辿り着き、認めたくないと鏡を覗き込んでは、何故か映る愛莉の影に怯えながら。


 無くした想いの大きさに、それがもう戻る事は無いと分かるまで──



 

 ずっと、ずっと……

 

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