第33話 従弟が来た①


「雪ちゃーん」


 遠くで手を振る従弟に目を丸くする。

 ぱたぱたと駆けつける姿を見上げては、一言。

「大きくなったねえ」

 これに尽きる。


 飲みの翌日、私は従弟の圭太を迎えに最寄り駅まで来ていた。

 多少の面影はあるけれど、見上げる従弟は私の知っている小学生の男の子と大いに様変わりしていて。


 受験前にこっちに来たのは、こっちの空気に慣れて、キャンバスを見学して、目的意識を持ちたいからなんとか……言ってた気がする。

 正直気分転換とか、都会見てみたいからっていう理由の方がしっくりくる気がするけれど。


「最後に会ったの五年前くらいだっけ? 小学生卒業したとかだから、そう感じるのかもね」

 そう言って自分の頭に手を置きながら従弟──圭太が笑う。

「……そうだっけ? そんなに経ってたかあ」

 にかりと笑う圭太にぎこちなく笑みを返す。

(うーん、部屋狭いけど、大丈夫かなあ……)


 細身な方に見える。けれどだからこそ余計に高身長に見えるようで。

 そんな事を考えると圭太が手に持つ数日分の荷物が目に入った。

(あ、荷物持ってあげた方がいいかな?)

「圭太」

「家こっちだから」

「えっ?」


 「「「……」」」


 思わず固まってしまったのは、圭太の荷物に伸ばした私の腕を河村君が掴んでいるからで……

 ついでに言うと、先程聞こえた「家こっちだから」は河村君の科白だ。


「あの、誰……?」

 物凄く警戒した表情で河村君を睨みつける圭太に慌てて取りなす。

「あ、圭太。この人は大学の頃からの友達で……っ」

「従弟君は俺の家に泊まって貰う事になったから」

 さらりと続ける河村君に圭太の顔が歪んだ。


「は、あ? ふざけんな、知らない奴と一緒に過ごすなんて俺嫌だよ!」

 そう言ってこちらを振り向く圭太にたじろげば、すかさず河村君が別案を提示する。

「じゃあ俺の部屋好きに使っていいよ。俺が雪子・・の部屋に泊まるから」


 その言葉に圭太の顔が強張った。

「雪ちゃん、何なのこいつ? 彼氏いないんじゃなかったの?」

「え? えっと……」

「……付き合い出したの最近だから、雪子が気遣ったんだよ」

 先程から私の名前を呼び捨てにする河村君の言動に頬が熱を持ち、急に始まったこの応戦に仲裁の声を掛けられない。

 圭太の方も何かのスイッチが入ったらしく河村君に噛みつき出した。


「はは、なんだそれ。信用されてないんじゃん?」

「その信用を裏切ろうとしてた奴に言われたく無いけどな」

「はあ? なっ、何もしないよ!」

 急に真っ赤になって声を荒げた圭太と河村君は、お互いの隙を探り合いながら距離を測って睨み合う。


「……受験生の邪魔にならない事を優先するなら、俺の家を貸してあげる方が勉強に集中出来ると思うんだよね」


 笑っているようで笑っていない河村君の言葉の説得力に、成る程と思ってしまう。


(……だから彼氏設定なのかな?)


 でも圭太は多分気分転換に来ただけで、そんなに真面目に勉強するつもりは無いような気がするけれど……

 なんて独り言を呟いている間も、二人は気にせず話を進めていく。


「それに俺たちはいつも一緒にいるから、従弟君が気遣う必要は無いよ」

(えーとそれは、何もない。と言う意味だよね?)

 ……そう言い切られてしまうと少しだけ寂しい気もするが……友達として安定してしまったこの距離感。

「雪ちゃん」


 けれど振り返った先の圭太が泣きそうな顔をしてきたので、慌ててしまう。

 けれど圭太の受験を考えて言うならば、きっと……



「えーと。そう、ね。確かに私だと気が散っちゃうかもしれない、かな。一人で寂しいなら、河村君は学生時代勉強出来たし、教えて貰えれば助かるのかも、しれない……」

「そんな……」

 圭太は少しだけ傷ついたような顔をしてから、こくりと頷いた。


「……分かった。でもご飯は雪ちゃんと一緒に食べる」

「うん、いいよ。そうしよう」

 むすりと口を引き結ぶ圭太の頭を撫でて、ホッと一息吐いた。


 本当は私も、圭太を目の当たりにして一緒に住む事に怖気ついていたから、河村君のこの提案には救われた気になっている。

(小学生のイメージしか無かったのに、ここまで育っているんだもの)


「じゃあこっち」

 いつの間にか圭太の荷物を持ち、踵を返す河村君に続きながら急いでお礼と謝罪を口にする。


「河村君、ありがとう。あと──ごめんね」

「何が……」

 ピクリと反応した河村君が、低い声で短く返した。

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