4。後宮入りの当日
そうこうしているうちに、月日は瞬く間に去って行き、後宮入りをする当日の朝を迎える。綿密な…とまではいかないものの、
次に、後宮ではなるべく沢山の味方を作ること。そこには、自分の身の回りの世話をしてくれる、侍女や下女も含んでいる。
他の令嬢達は自分より高位の怜銘に、流石に酷い虐めをする勇気はないだろうが、嫌味程度の小馬鹿にした態度を取るぐらいの攻撃は、するかもしれないと覚悟している。あまり過度に怜銘に恥を掻かせれば、自分達の立場が悪くなったり、重い懲罰を与えられたりする可能性も出て来るし、怜銘に対しては寧ろおべっかを使ったりして、擦り寄って来るかもしれない。
そして3つ目は、自分の敵をなるべく作らないよう、細心の気を配ることだった。相手が敵になるとすれば、この場合はやはりお見合いの件であろうか。同じ人物を好きになった場合には、ライバルとなる相手により、厄介な事態を招くことになるかもしれない。特に自分の好意を押し付けるタイプは、異性が自分を振り向かないだけで、また他の女性に好意を持つだけで、殺意を思わせるほどの敵意をライバルに向けることも、あったりする。その敵意は必ずという程、自分のライバルとなる同性に向けてしまうのだ。
冗談じゃない。そんな身勝手な敵意を、私は向けられたくないわ。それにそれは、自分本位の敵意をライバルに向けた時点で、悪意と同じことなのよっ!
今の怜銘にはそういう経験は全くないが、前世の彼女であれば何度か、そういう敵意も向けられた経験もある。そういう時に限って、彼女には全く非がない状況だというのに、敵意を向けてくる相手は、誑し込んだとか色目を使ったとか難癖をつけてきて、さも彼女が悪いのだという風に思い込んでいたりする。
それは貴方自身のことでしょうっ!…そう言い返したいところを、何度我慢しただろう…。自分が散々色目を使って置きながら、自分の言動は棚に置き、他人を攻撃することで自分を正当化しようとした。私がそう切れずに済んだのは、被害者である筈の誘惑された当人が、全面的に私の味方をしてくれたからだ。あの人は…そういう身勝手な異性を嫌っていて、一切相手にしなかっただけなのに…。
顔も名前も声も…何も覚えていないけれども、私と仲が良かったとしか思い出せないけれども、私にとっては大切な人だったことだけは、何となく少し覚えている。どう大切だったのか…とか、私にとってどういう人だったのか…とか、全て忘れてしまったけれど……。
過去に思いを馳せている怜銘は、今現在は馬車に揺られ『
馬車に乗って移動すると聞いた時、てっきり西洋風の窓もある馬車を想定していた怜銘は、乗る直前に馬車を目にして、目を点にして暫し固まったことについては、彼女に何も責任はないだろう。
中華風の馬車は、西洋の馬車には及びもしないのね…。此処まで馬車がスカスカなんて、盗賊とかに狙われたら一貫の終わりでは、ないかしら…。それに布で覆っただけだし、拳銃で襲撃でもされれば、跳ね返すどころか簡単に通しちゃいそうね。麓に拳銃はないかも知らないけど、槍や剣でも簡単に通すわよね、これでは……。
ボ~と前の景色を眺めるように、遠い目をして現実逃避をしてしまう。出来れば布は止めて、頑丈な窓と扉付きの乗り物にしてほしい…と、切実に訴えたくなる怜銘は、こんな所では死にたくないのだと。お陰で…過去のことを深く追求する前に、現実に戻って来た怜銘であった。
実は…怜銘は知らなかったのだ。王宮の馬車は少なくとも、此処まで無防備ではないことを。またこの国の人々は、馬に乗って移動することが多いことも。そして…この国は、割と平和な国であることを。
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王宮には既に、大勢の女性が集められていた。貴族の令嬢達だけでなく、侍女となる予定の商家の娘達も、集められているようだ。そして、下女となる庶民の娘達も来ているようで、彼女達は別の場所に集められていた。
多分あそこに集まっている少女達は、侍女の下で働くことになる下女達であろう。馬車が王宮の庭園に入った時に、布が覆っていない部分から、女性達が沢山集まっているのが見えていた。流石に貴族の令嬢を、庭園で集めたりはしないだろうと思いつつ…。
馬車は更に奥へと走って行き、漸く王宮と思われる建物の前で止まった。
中には4〜5人の侍女を連れて来た者もいて、本来の侍女の同伴は1人だけと決められているにも拘らず、怜銘以外の令嬢は自分の侍女を、最低でも2人は連れて来ていた。つまり…決まりを守ったのは、怜銘だけということだ。
「怜銘様、
「…そうね。でも、決まりはきちんと守らなければ、何かあった時に誰も信じてくれないわ。」
「ふふふっ…。怜銘お嬢様は、真面目に考え過ぎなんですよ〜。それが、お嬢様の魅力でもありますけどね…。」
「やあねえ、
「もう、お嬢様は……。そういう意味で申し上げたのでは、ありませんよ。怜銘お嬢様は案外と、鈍いですよね…。」
「………」
怜銘について来た侍女は、赤家では怜銘の専属侍女であり、怜銘より2歳年上だ。赤家では、怜銘に付く侍女は最低でも5人ほどおり、その中では一番の年長で古株だ。元々は裕福な商家である『
本来ならば清蘭は、後宮で働いていても不思議ではないのだが、彼女達が仕えるような高貴な女性は、今の後宮に1人もいなかった。本来ならば、皇帝の妃である女性達が後宮に入っている筈だというのに、何代か前から王族も一夫一妻制である為に、今の後宮には正妃と
しかし現皇帝の正妃である皇妃は、既にお亡くなりになられており、その正妃すら今の後宮には存在していない。元々身体の丈夫なお人ではなく、皇子をご出産された後に、姫君をご出産されてから徐々に、体調を崩されることが多くなっていたと聞く。そして、その数年前には寝たきりになられ、今から7年前に崩御されているようだ。要するに今の後宮には皇女だけで、妃が誰1人居ない状態なのだ。
そういう訳で商家の娘達の奉公先は、高貴なご令嬢がいる貴族の邸宅へと変化していく。貴族の身分が高くなればなるほど、奉公先を探す商家の娘が集まって来る傾向があった。しかし、より裕福な商家の娘は、後宮で奉公することを望んでおり、後宮に新しい妃が入るのを待っていたのかもしれない。
商家の娘達が奉公するのには、より良い結婚相手を見つけるという、目的もあったりする訳であり、高貴な貴族に奉公するのも良いけれど、少しでも高貴な人物に見初められたいのならば、後宮の妃の侍女をする方が手っ取り早い。そういう理由もあり、後宮入りをする妃候補に仕える侍女の募集では、大勢の侍女候補も集まったようだった。
侍女の募集は早めにされており、今日此処に侍女候補の娘達が集まっているのは、妃候補の令嬢に引き合わせる為に集められているからだ。既に彼女達は後宮入りを済ませており、侍女となる為の教育を受けたり、貴族令嬢を迎える準備をしたりなどと、忙しく王宮で過ごしていた。
侍女の仕事は主に決まっているが、ご令嬢によっては自分ですべき事も、下女がするべきような仕事も、自分の侍女にさせたがる者がいた。怜銘は前世の記憶が戻る前から、常識の範囲内で侍女や使用人を使役してきた。貴族令嬢だからと威張ったり嫌われたりするようなことは、一切していなかった。その為、使用人達からも絶大な人気があり、家の使用人達からは全員に好かれていたほどだ。
如何やら今到着した怜銘が最後となるようで、怜銘がゴージャスな建物の中に入って行くと、先に建物の中に入っていた全員が、一斉に振り向いて来る。これには、怜銘も緊張で身体が固まりそうになったが、長年のお嬢様生活のお陰で何とか誤魔化し、冷静に振舞うことが出来ていた。そして、その怜銘を補佐する清蘭も、さり気無く怜銘をサポートしていたのだった。誰も気付けぬぐらいのさり気無さで。
しかし、怜銘は…まだ気付いていなかった。彼女を見つめる視線の中には、害意を持つほどに悪意のある視線も、混じっていることに…。それと同時に、彼女の存在を面白がる輩の視線も、存在することに…。
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漸く今回、後宮入りします。
今回は、新キャラ登場しています。主人公の侍女が初登場しました。会話の中に名前のみ登場した『春林』も、怜銘の専属侍女の1人です。今回は登場しないので、本文の方では詳しい説明を避けました。もっと先に登場する予定です。
【補足】
本文では特に説明していませんが、少なくとも麓水国では、貴族が通う学校はありません。怜銘達令嬢が交流する機会もなく、これが初めての顔合わせとなります。赤家の怜銘は引き籠もっていた為、特に注目を集めている状態です。
また、国の正式名は『麓水(国) 』ですが、怜銘達国民は『麓』若しくは『麓国』と略して呼んでいます。本文にそう記載されても、間違いではありません。
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