2。ゲームの世界

 「兎に角、今のうちに思い出せてよかったわ。後宮入りしてからでは、何の対策も取れなかったかもしれないもの…。」


つい先日、怜銘れいめいは前世の記憶を思い出していた。序でに、過去の最悪な思い出も思い出せたのは、行幸であったと思う。それでも思い出した当時は、ショックの方が大きかったのだけれど。


皇子みことはあれから一切、会っていなかった。王家から時折、本人に直接謝りたいという打診があったようなのだが、本人にはまったく知らされることなく、赤家の主人でもある怜銘の父親が断っていた。本来は王家の打診を断ることは出来ないが、それが出来るのは権力のある赤家だから、とも言えるだろう。その上、皇子が怜銘に大怪我を負わさせたのであれば、尚更である。然も皇子が100%悪いというのだから、王家が無理強いすることは出来なかった。


しかし今回のように、皇子の嫁探しという前提での後宮入りでは、流石の赤家も抵抗は出来なかった。皇子と年齢の近い貴族の令嬢は、一度は全員後宮に入ることになるのだから。今回後宮に入ったからと言って、それが直ぐに皇子に嫁いだという意味ではなく、後宮に集まった令嬢達の中から、皇子自身が自分の伴侶となる女性を選ぶ、その為のお見合いなのである。


以前は後宮に入ることこそが、王家に嫁いだ証であり、また皇子若しくは陛下の嫁になる意味を持っていた。しかし、何代か前からは一夫多妻制は廃止となり、王族も一夫一妻制へと変わっている。


今回は、後宮でお見合いをさせるのが目的であり、先ずは皇子が伴侶となる女性を見初めた後に、他の王族や武官や文官達も、集まった令嬢達の中から自分の伴侶を選ぶ…という訳だ。要するに王宮関係者の集団見合いでもあり、後宮入りも一時的な扱いであり、最終的に後宮入りをするのは、皇子が選んだ唯1人の女性だけだ。つまりそれで選ばれなければ、皇子の妃になることはない。


怜銘としては皇子以外の人物ならば、誰でも良いとさえ思っている。勿論、自分も好意を持てれば言うこともないのだが、この麓ではまだまだ政略結婚に近い状態であり、だから彼女もというよりも、あの皇子が相手だから嫌だと言うべきであろうか。


皇子のことを忘れていた間も、今回の後宮への一時的な強制入宮では、王家に嫁ぎたいとか皇子に会いたいとかは、全く思っていなかった怜銘。ただ単に年頃の令嬢が行くお見合いだと聞かされ、何も感じない状態で参加する準備を進めていただけで、不思議と…何も感じていなかったのだ。彼女があれから何を考え過ごして来たのか、まるでポッカリ心の中が空洞になったみたいに、ただ毎日平凡な生活を過ごしていただけで…。


もしかしてこれが、ギャルゲーの強制力なのだろうか。そう不安に感じながらも、今の怜銘は皇子と対峙するつもりでいた。あの時のリベンジをするぐらいの覚悟を持って…。実際に彼女は、皇子の所為で大怪我をしたのだから、皇子を脅してでも、そう決意までしていたのだ。


 「いくら何でも、あれほど私を嫌っていたようだったし、嫌いな私に妃になれとは、絶対に言わないと思うけど…。それでも念の為に、雪辱を果たすつもりでいなければ、ね…。」


そう独り言ちながらも、今の怜銘には昔の皇子が怖く感じるよりも、ギャルゲーでの設定上の皇子の言動が怖かった。具体的にどういう言動が怖いというものではなく、現実となった時に皇子がどういう行動をするか、という意味で怖かったのだ。特に自分はモブ中のモブなので、皇子が自分に対しどういう行動を取るか分からないし、皇子とは過去の因縁のこともある為、尚更見当もつかないというのが、彼女の本音なのである。


 「怜銘、お前が嫌であれば、ハッキリと断ればよい。」

 「そうだよ、怜銘。此処はお前の家なんだから、何時いつでも帰ってくればいいし、何時までも此処に居ていいんだぞ。」

 「そうよ、怜怜。あんなバカ皇子の妃になっては、ダメよ。」


怜銘の父親である赤家の主人『赤潘憂ばんゆう』が、彼女の意思で断っても構わないと告げれば、赤家の嫡男で兄でもある『赤唐瑛とうえい』が、結婚してもしなくても良いという含みを持たせて告げて来て、また 赤家の長女で姉でもある『白 秋凜しゅうりん』は、皇子のことをバカ呼ばわりしてまで、結婚相手としてはダメだと告げたのである。これには流石に怜銘も苦笑し、自分がかを感じて、涙が出そうになるのだった。


因みに姉の秋凜は現在20歳であり、17歳の時に『白』家の『廉江れんこう』に嫁いでおり、彼らは政略結婚ではなく恋愛結婚をしている。気の強い姉も廉江にはデレており、夫婦の間に2人も子供がいるにも拘らず、今でも新婚さんのように仲が良い。


今まで黙ったままであった母親『赤明鈴みんれい』が、泣きそうな顔の怜銘を優しく抱擁してくれる。気の強い姉とは正反対の母親は、自分に似た怜銘を常に心配していた。誰にでも優しくて、少々物怖じするところのある娘を。それでも、芯は通っていて頑固者でもあるところを。






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 前世のことはよく思い出せないが、前世の両親は彼女が幼い時に亡くなっていることは、何となく思い出せていた。子供のいなかった伯父夫妻の家で、養女として育ったのだということも…。別に愛情に飢えていた訳ではないが、其れなりに大切にしてもらったけれど、それでも躾が厳しいのは彼らの子供ではないからだ、そう思ったことも度々あったりした。


転生した今となっては、それら全てが自分の為だったのだと、気付かされたのだけれど…。、遅過ぎたよね…。伯父さん達は、先に死んでしまった私のことを親不孝だと、怒っているのだろうな…。


前世の世界で死んだことは理解していても、どういう経緯で死んだのかは、ハッキリとは覚えていなかった。事故死なのか病死なのかも、全く思い出せないけれど、それでも入院していた記憶はないから、突然死だったような気がする。


伯父夫婦は躾の厳しい人達だったから、きっと自分達より先に亡くなった私のことは、「先に死ぬなんて、許さないからね!」とか言って、涙を流しながらも怒っていることだろう。そんな風景が怜銘の頭の中に、浮かんで来て…。実際に彼らは、彼女の両親の死に際にそう呟いていたのだが、幼かった彼女は覚えていなかったりする。


だから尚更、今の家族には心配を掛けたくなくて、子供の時から良い子でいたのだが、彼女自体は過去のことはよく覚えていない。皇子に酷い怪我を負わされてからは、彼女は無意識に…更に両親に心配を掛けないように、過ごして。まだ幼い頃に一度前世のことを思い出し掛けたのに、無意識に自分で封印してしまった彼女は、一部はだった。本人はそういう事情に、気付いていないけれども…。


 「少しでもギャルゲーの設定を、思い出さなきゃね…。」


このギャルゲーは、『後宮初恋ウイラブストーリー ~私の愛しい君~』とかいうタイトルだった筈だ。ゲーム開始となるのは、この国の皇子とのお見合いという、後宮入りの頃からである。乙女ゲーと同様に1人の人物だけが主役と思いきや、このギャルゲーは違っており、実は主人公となる男性が何人か存在し、プレイヤーがその中から1人を主人公に選んでプレイする、という仕様であった。


主人公には、庶民・商人・貴族・王族の中から、最低でも1人は選べた筈である。皇子以外の王族もいたような…。ハッキリは覚えていないが、主人公が5~6人は用意されていたと思う。


先ず最初に主人公を選択したら、その後はその主人公目線で、ストーリーが進んで行くのだ。タイトル通りこのゲームは、初恋が軸となる恋愛中心メインのゲームであり、女性にも人気があった筈である。…というか、男性より女性に人気があったんだ、今思い出したけど…。ああ、だから私もゲームしていたんだね…。


主人公は男性ではあるものの、ゲームの内容は初恋の相手を探すという、純愛ものに近い設定だ。後宮が舞台となるから、もしかしたら…夜のお相手とか絡みがありそう、と期待する男性陣も居たようだが、その内容は男性の期待を完全に裏切っており、初恋を探すうちに後宮の闇に巻き込まれる…という、純愛ものにちょっとしたサスペンスが含まれた内容となっていた。


確かこのゲームの制作者が、腐女子を自称する有名な人だったんだよね。男性向けを作った筈が、いざ出来上がったら…女性向けの内容になっちゃった、とゲームサイト上で語っていたっけ…。男性には腐女子作品は受けないので、恋愛の相手は異性である女性にしたものの、知らず知らず作品に女性目線が出てしまったらしい。


結果的に、女性プレーヤ達の心を虜にした作品となり、それに純愛を望む一部の男性プレーヤからも、支持されたようだった。として、このゲーム自体もネット上で話題作となっていた。そして私も、プレイしていたその1人である。


タイトルの『後宮初恋』を短めに略し、『宮ウイラブ』とか『宮ラブ』と呼ばれていたかな。因みに私は、後者で呼んでいたんだよ。(※今後はそう略すことに。)前世の私も、少しでも言いやすい方を選んだだけだ。


女性向けに近い状態になったにも拘らず、男性向けのまま発売されたのは、後宮が舞台というだけではなく、男性の望むハーレム状態に近い設定だったからであり、攻略対象である筈の相手の女性が、乙女ゲームではあり得ないくらいの人数が登場するんだよね…。


結果的には1人だけ選ぶけど、途中の攻略はやり直しが出来る為、何人かの女性と一通りの疑似恋愛が可能なのは、やはりそこはギャルゲーというべきでしょう。






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 前回ご連絡するのを忘れていましたが、『皇子』は全て『みこ』とお読みください。中華風の世界なので、此方も読み方をそれらしくしたくて、『おうじ』読みはヨーロッパ系の雰囲気があるので。


今回は、新キャラが登場しています。主人公の家族です。前世では実の両親は亡くなっており、また育ての伯父夫妻にも親孝行が出来ず、現世ではその分…親孝行したいと思っていることでしょう。


前回に思い出してから、数日経っていますが、まだ後宮入りはしていません。後宮入り前に、対策が必要ということで。

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