009 四半期会議

「娼館の売り上げは前四半期と比べて四倍に増えました。キャストを厳選し値段を上昇。その分丁寧な接客や高級感あふれるサービス、キャスト自身のブランディングによって客層も変わり、貴族界隈で大人気みたいです」


ハコを三つに絞ったのも影響してるかもね。選びやすくなったし、経費削減もできたから質のいい女の子をさらに底上げできる」


「けど護衛が面倒だぜ。家まで送り届ける最中に、何度も声をかけられる。ありゃ、そのうちよそのシマのもんに拉致られるぞ」


「見回りはー? 人員増やしたりしてないの?」


「してっけど、衛兵に睨まれちまう。大人数で動くとすぐにでしゃばってくるから、アレも面倒だ」


「そっちは領主の管轄だからねー。金じゃ動かんか」



 四半期に一度行われる集会には、俺に加えて五人の幹部が集り利益の報告を行なっていた。

 俺は特に何も行なっていないので、聴く側に徹する。

 


「その件については後で話し合うとして、次に進んでもよろしいですか?」



 進行役の男が、俺に目線を合わせて確認する。



「頼む、ブラディ」


「かしこまりました」



 燕尾服を着こなしオールバックに整えた細身の男は、メガネを上へ押し上げ、羊皮紙に視線を落とした。



 ブラディは、ライラがどこからか引っ張ってきた男だ。

 元は貴族の執事らしく、有能ゆえに妬まれ同輩に陥れられ、路頭に迷っていたところを拾ってきたらしい。



 ライラが連れてきたゆえ、非常に有能で、組織が運営する店の経営から収入の管理などほぼひとりで行っている。



 その代わり、戦闘力に関しては絶望的だ。

 剣すら握ったことがないほどで、それは足取りからもわかるど素人。



 しかし、すでに組織のブレーンとして食い込んでおり、彼なくしては組織が回らないほどに依存していた。



「次に、こちらはライラさんが経営したいと企画しながらも全部私に任せっきりのドレスショップですが」


「お? お? 育ての親になんてこといってくれてんだこのヤロー」


「育てられた覚えはありません」


「でも拾ってやったの私だ!」


「報告いいですか?」


「よくないッ」



 キーキー金切り声をあげて、ライラが猫目を釣り上げ睨みつける。

 ライラ自身が連れてきたというのに、二人の仲はあまりよろしくない。



 事実、感情を滅多にださず、上っ面で嘲笑を振りまいているライラが、ブラディを前にした時だけは様子がおかしい。

 やけに突っかかるというか、キャラや性格とは何か違うような気がする。



「ドレスショップですが、こちらはシャーロットさんとマナフさんの協力もあり、比較的若い女性層から非常に人気が高いです。ターゲット層は庶民ですが、ギリギリ買える値段設定ということもあり、常に右肩上がりです」


「【リーズ・リマ】っていうブランドをさんざん広めたからね。実際、私や知り合いの女の子に着てもらって街を歩いたり、数量限定の商品で釣ってるから。そりゃあ、売れるわよーん。センスいいし、私?」


「限定商品には弱いからなー。俺の彼女ツレもライラんとこの服ばっか集めてるぜ?」



 ライラとブラディの会話に頷きながら割って入ったのは、スーツをはちきれんばかりに膨らませた筋肉男ことユージだった。



「え、待ってユージ、彼女いたの?」


「あ? ああ。そりゃあ、な? 彼女の一人や二人はいるだろうよ」


「何歳?」


「俺? 三十二だが……」


「いや彼女さんよ。別にあんたの年齢なんて興味ないし」



 少し言い方は冷たいが、確かに俺も興味があった。

 ユージの彼女か……。

 そんな話、一切聞いていなかった。



 若干悲しい気持ちになりながらも、ユージに聞き耳を立てる。

 ユージは、大胸筋を膨らませながらモジモジと視線を彷徨わせながら言った。

 


「たしか十六、いや十七だっけか。――え、なにその目? やめろよおい、いいだろ別に年齢は関係ねえだろ!? なあ、ユウリさん!?」


「ユージぃ……てめえ、大将ボスと付き合ってるようなもんだろうが」


「は、はあ!? それは関係ねえだろうがライル! ていうか、てめえが紹介した女だろ!?」



 ユージに詰め寄られた青年は、困ったように笑った。



「ほら、俺はまだ若いから。その年代の女友達しかいねーんだわ」


「おま、おまえだってもう二十五だろ!?」


「まだまだガキだろ。なあ、大将?」


「てめ――ッ!? ユウリさんガキだっていいてえのか、あぁン?!」


「ふたりともロリコンなのは変わらんよなー」


「うっせえロリババアッ!! いま何歳だよてめえッ」


「マセガキは黙ってな。あと十年したら相手してやんよ」


「――宣告しとくね。あんたら、死んだよ」


「はあ……会議が終わりませんよ、ちょっと」



 多少の小競り合いから徐々にヒートアップしていく三人。

 会議室が一瞬にして戦場に変わり、鈍い音や刃物が走る音、砲撃のような轟音が爆ぜた。

 こういうことも見越して、会議室には予め魔法障壁や防音魔法が三重に張り巡らされている。



 そのおかげで騒ぎにはならないが……。



「い、いい加減にしてくださいよ、みなさんッ!! 主の面前ですよ!?」



 呆れ半分に叫ぶブラディの頬に砕けたイスの破片が掠めた。

 前述したとおり、ブラディに戦闘能力は皆無。

 身を守る術どころか、目で追うこともできない。

 このままではブラディが死ぬ――遊び半分で殺し合っている三人へ、仕方なく俺も介入することにした。



「――黙れ」



 一言、それだけで場を沈める。



「す……すんません、ユウリさん……!」


「……すまねえな、大将」


「ごめんなさい、ユウリさん……」


「も、申し訳ございません……私がしっかり場をおさめていれば」



 一瞬にして顔色を変えた四人が動きを止めて、膝を折った。

 少し、過剰すぎるぐらいの改心で逆に申し訳なさをおぼえるが……。

 まあいいだろう。結果オーライだ。

 空気を変えるため、俺はブラディへと話題を振った。



「ところで、【クラン】についてはどうなっている?」


「は、はいッ! 私たちが捻出した依頼の件数を、領民からの依頼件数が上回りました。評判もまさに鰻登りといったところで、着実と領民の信頼や支持を得ています」


「そうか。これに関しては投資だと思ってくれ。赤字でもかまわない」


「了承しております。収入源については別のところで確保できていますし、全体的にみて黒字ですので」



 クランとは、俺が提案した企画だ。

 要は、王国などにある冒険者ギルドのようなもので、公領の何でも屋だ。



 猫探しから魔物退治まで、必要としているひとのもとへ必要な人材を送るシステム。

 冒険者ギルドと決定的に違うのは、名前だけでなくその報酬制度だ。



 ギルドでは、依頼を達成し、手数料のひかれた報酬をその都度与えるのが、冒険者ギルドのやり方。



 しかしクランでは、依頼そのものに報酬はなく、達成した依頼の質と数を鑑みて、組織から報酬を与えている。



「あー、評判いいみたいっスね。買い物や留守番、家事炊事までぜんぶタダでやってくれるって」


「連中の顔つきも変わったよなあ。クランの仕事をこなしはじめてから、明るくなったし」


「兵隊のヒヤリングを通して、依頼人を俗にいう〝善人〟に絞っていますから。過剰なストレスは与えないよう配慮しています。

 加えて、必要とされている、という認識を与えることによって、人間性を高め質のいい兵隊を育成できる。効率はよくありませんが、教育には最適でしょう」


「みんなユウリさんに感謝してますよー? すっごい熱心な信者が爆発して生まれてます」

 


 構成員が多くなり、暇を持て余す兵隊の処置として【クラン】を作った。

 幹部の側近以外はクランに所属させ、領民や幹部が直々に依頼を与えることで兵隊のスキルや戦闘力、自尊心を磨かせる。



「総じて、ギャングに入りたがる人間は、周囲の環境が悪くロクな教育や愛情を与えられてこなかった者ばかりです。ゆえに、荒んだ精神状態で社会に出るから疎まれ、傷つき傷つけ、悪循環が生まれる」



 だからこそクランでは、個々が必要とされていることをしっかりと認識させ、成し遂げたことには相応の報酬を与え自信をつけさせる。自己肯定感を育み、ひととして成長させる場を設けた。



「クランを通して成長した兵隊は、真っ先に己を受け入れ、そのシステムを提供したユウリさんに感謝する。誰かに必要とされる喜びは麻薬にも匹敵する――」


「要は修練場。質のいい兵隊、決して裏切ることのない兵隊を作り上げてるわけね。あー、さすがだぜ大将。その歳でそこまで考えてるなんて、マジでこええ」


「おい、その言い方なんとかならねえのかライル……!」


「ユージ、これが俺なりの敬意の表し方なんだよ。ケチつけんな」


「はいはーい、またユウリさんの手を煩わせないでねー」



 火花を散らしはじめたふたりを、今度はライラが止めた。



「実際、公領の治安はめちゃくちゃ良くなったよ。領主は税金さえ払えば好きにしろスタンスだし、裏では荒れ放題だったからねー」


「みんな期待してますよ。ユウリさんが領主の座を奪うって」



 ユージの言葉に、全員が期待のこめた眼差しで俺を見やった。

 椅子に深く腰掛け腕を組んでいた俺は、真っ向から言い返す。



「ああ。国盗りだ」



 俺の言葉に、皆が笑みを深めた。



「ハハッ、公領はオマケってか! 最終目標は王国か大将ッ」


「ユウリさん、こうなったらもう行けるところまでいきましょう! 俺、一生ついていきますよ!」


「やっぱりユウリさんはイカれてるなー。もうあなたから抜け出せないよーう」


「力の限りサポートします、我が主」



 席を立ち、膝をつき頭を垂れる四人の幹部。

 既に覚悟は固まっているとはいえ、プレッシャーは大きい。

 静かに息を吸い込んで、俺は、俺を信じてついてきてくれるひとたちの期待に応えるため、立ち上がった。



「――大変よ、ユウリ」



 と、そんな時だった。

 ライラの立ち上げた洋服ブランド【リーズ・リマ】の新作で可愛らしく着飾ったダークエルフのマナフが、強張った表情を貼り付けて現れた。



「どうした?」


「それが、表に――」



 刹那、【ロア・サタン】が本拠地を置く屋敷全体に声が響いた。

 



『あー、あー。おにい、雑魚おにい。いるなら出てきなさい。繰り返します。変態雑魚おにい、今すぐ出てこないと建物を真っ二つに切り捨てます』



 窓から下を覗くと、拡声器を口にあてた妹のアリシアが、眠た気な目をほそめて立っていた。

 その後ろには、数十人の騎士を引き連れている。



「……どうしましょう?」


「堂々と出ようじゃないか。俺たちに、悪どいことは何もない」



 たった一つを除いては。

 それ以外に関しては、むしろ公領に貢献しているはずだ。



「それに、いい機会だ。ここでアリシアを潰す」



 遅かれ早かれやる予定だったんだ。

 向こうから出向いてくれたのならちょうどいい。



「ユージ。マナフとシャロの護衛を。念の為、隠れ家アジトに向かってくれ」


「わかりました。ユウリさん、お気をつけて」


「ライラ、おまえは俺と一緒に来い。その他は待機だ」


「りょーかいです」


「御意」


「はいよ」



 ライラにコートを着させてもらった俺は、トレードマークとなったサングラスを身につけ、会議室を出る。



「ユウリ様……これを」


「ありがとう、シャロ」



 会議室の外で待機させておいたシャーロットから、鞘に納められた刀を受け取る。

 ブロンドの髪をツインテールに縛り、清楚なメイド服で着飾った彼女は、まるで自分自身が戦いに行くかのような面持ちでいった。



「……負けないでください」


「ああ。いつものところで待っていてくれ」


「……はい」


「シャロちゃん、こっちへ。マナフさんも、俺らが護衛するんで」



 ユージに連れられて、シャロが何か言いた気な顔を殺して、廊下を進んでいった。



「ユウリ、早く帰ってきてね?」


「シャロのこと、頼んだぞ」


「はぁい」



 チュッと頬に口づけをしたマナフが、シャロの後を追いかけていった。その後を、ユージの側近がついていく。



『おーい、おにいー。マジで斬るよー。やっちゃうよ?』


「おーこわ。あれが【剣豪】持ちかー。聞いてます? 先週、下級とはいえ竜種を単騎でヤったそうですよー?」


「アレならやりかねないな」



 葉巻を加えると、横からライラが火をつける。



 ギャングのボスなら葉巻ぐらい吸えないとカッコつかない――とマナフに言われ、たまに吸っているのだがやはり慣れないな。肺まで吸い込むとぶっ倒れそうになる。



「――さて、兄妹水入らず、感動の再会と行こうか」



 むせ返りそうな煙を吐き出しながら、親衛隊がひらいた扉をくぐった。

 




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