第92話 母の夢

 朝方、母の夢を見た。

夢の中の私は友達と出掛けていて、そろそろ帰ろうとしていた所に携帯が鳴った。

電話に出ると母からだった。母は元気な声で「お母さんですよ」と名乗った後「帰りにうどん玉ひとつ買ってきて!」と大声で言った。私はうどん玉ひとつ?と思ったが「わかったよ」と言って電話を切った所で丁度携帯のアラームが鳴って目が覚めた。

なんだ、夢か、と思ったが元気な母の声だけが耳に残ってしばらく布団の中でその余韻に浸っていた。ここ何十年と母の夢なんか見たことがなかった。いや、記憶の中では一度もないかも。なんでこんな夢見たんだろうか?

 もしも、アラームで起こされなかったらまだこの続きが見られたのかもしれないと思ったらちょっと残念だった。


 母の介護をするようになってから母から電話がかかってくることはなくなった。

それまでは用事があれば母はよく私の携帯に電話をかけてきていた。私の携帯番号を大きく紙に書いて電話機のそばに置いていた。また財布の中にも携帯番号を書いた紙を入れて持ち歩いていた。母はもともと大声で、母と内緒話は無理じゃね。とよく言っていたものだ。その母の大きく元気な声を久々に聞いた気がした。


 今は、電話を誰かにかけることもないし家の電話が鳴っても出ようとしない。

玄関のインターフォンが鳴っても決して出ようとしない。

おしゃべりで大声の元気だった頃の母が懐かしい。


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