1-2 コセキとはなんでしょう

 ——王の朝は早い、俺が魔王をしていた時も、寝る時間がないほど政務に追われていた。朝日と共に起き、空が白んでなお、休めない日があったのに全っ然誰も来ないな! 髪整えて待ってたけども乱れてきちゃったよ! もう昼前になったぞ!


 コンコン——


「おはよーございまあす。タシパです。起きてますか? 」


 昨日の小僧か、信じられんくらい遅く起きるのだな、この国の住人は。


「あれ? めずらしいですね」


 小僧はといそいそと部屋の片付けをはじめた、やはり王も遅いようだ、しかし好都合、この後の予定を聞いてみよう。


「タシパよ、余の今日の予定はどうなっている? 」


 小僧は数秒開けて言い捨てた。


「え? ちょっとわかんないです。秘書大臣に聞いてみては? 」


 知らねえよって顔に書いてあるな。しかしここは誤魔化しておかねば。


「なんちゃってな、冗談だ」


「そうですか、あんまり面白くないですね」


 こんなに邪険あしらわれる王も珍しい。少し哀れに思えてきた。


 しかしこの王には秘書がいるのか、秘書大臣というのは役職か。

 ……え? 秘書大臣? 秘書ではなく? 謎ばかり残るが、ともかく秘書大臣とやらには気をつけないと正体を見破られる可能性があるな。

 などと考えていると、衛兵に促され、俺はこの城の玉座の間へと急いだ──






「国王陛下御入室! 」


 衛兵の声が響く。ここが玉座の間か、国の規模に見合わぬ程広いな、と考えながら玉座に腰かけた。

 さて、この木偶の坊はどんな家臣をもっているのやら。


「陛下! ご機嫌麗しゅう! 本日も民は安心して暮らしております。」


 朝一発目から何の報告だろうか。間に合わせの返答をする。


「おお、そうか、それはよかった」


「……」


 何だ、この沈黙は……、え? 俺が何か言うのか? 


「あの、陛下、本日のご指示を賜りたく存じます。」


 え⁉︎  指示出すの? 今?  毎朝指示を出しているのか木偶の坊は! なんともマメなやつだな。しかし何といえば……。


(魔王様、いつものように です! )


 黒! どこから? 


(玉座のトゲトゲした部分に変幻しております)


(すげぇなお前! それより何だって? ) 


(いつものように良しなにせよと言えばいいのです)

 どう言うことだ? ええい時間がない。ままよ! 


「いつものようによろしく頼む! 」


 そうすると大臣どもは、ははーと平伏しながら大半が部屋から出て行く。この朝の儀式は習慣のようだ。木偶の坊よ、まさか毎朝こんな無意味な儀式をやっているのではないだろうな! 


「それでは陛下、本日の予定ですが……」


 お、出たな秘書大臣! 名札をつけていたからすぐわかったぞ。こいつには色々と聞いておかなくては。


「あいわかった……あー、ところで大臣よ、この国にはどのくらいの民がいる? 」


「はい、それはもう沢山の民が暮らしおりますじゃ」


 気の抜けた返答だな、沢山いるのはわかっている。苛立ちを隠しながら続けざまに聞く。


「大体どのくらいだ? 」


「はぁ、大体ですか……数えたことがありません故」


 お前が数えてないことぐらいわかっているのだ! これは丁寧に聞かなくてはいけないか。


「いやいや、大臣であれば大体の人数くらい知っているだろう、戸籍を全て調べよと申しているのではない。大体でかまわん、毎年どのくらいの子供が生まれておるのだ」


 いくらなんでも物を知らない奴だな。こいつは本当に大臣か。


「恐れながら陛下、その……”コセキ”とはなんでございましょうか」


 歯切れの悪い老いぼれに俺はイライラしたが、なるほど、この国では戸籍と呼んでいないのか


「この国の民が何人、どこに住んでいるかを記した帳簿のことだ。何という名前か忘れてしまったが……あるだろう? 」


「陛下……、草民は文字通り草のように増えてきます故、いちいち記録してはおりませぬ。」


 え? 


 私は戦慄と寒気を足したような感覚が背中を走ったような気がした。あれ? 戸籍が無いの? 国なのに? そうして考えつく限り、最悪な回答が出る予感がしたが、思わず聞いてしまう。


「な、ならば、税はどうしておるのだ、こ、戸籍がなければ払わない者も出てくるであろう……」


 もう声が震えてしまっている。頼む! 言わないでくれ! 


「それは各地方領主がしっかりと上納しているので、我が国は安泰でございます。くわしいことは年貢管理大臣に聞かねばわかりません」



 ——ああ、わかってしまった。この国には戸籍がない。俺の爺さんの世代のやり方で国を動かしている。何ということだ! 



 これはいかん! 早急に戸籍を作らねばならない。頭を抱えて黙りっぱなしの俺に困惑している大臣どもを一喝した。


「本日、大事な下知をする! 午後、この広間に全ての大臣を集めよ! 」


 まずはこの国の改革だ! 全ての大臣に直接喝を入れてくれる! ……あれ? なにこの空気。


「恐れながら陛下……この広間では全員は入れないかと……」


 え? このドラゴンが余裕で横になれるほどの広間に入りきらない? そんなことがあるのか、そんなに大臣がいるのかこの国は? しかし変なことを言ってしまった。これでは怪しまれる……。


「とか言ってみたりね……、じゃあ集まれそうなところに集合して……、集まったら呼んで……」


 俺は冗談だったことにして、ゆっくりと座った。


 ああ、今すぐこの部屋ごと燃やし尽くしたい。



 一人だけ笑っている大臣がいるな、あいつは生かしておいてやろう。








 大臣が集まるのを待っている間、俺は執務室で大臣の一覧と組織図を確認することにした。しかし凄まじい後悔をしている。


(魔王様、なぜ土木大臣がいるのに穴掘り大臣がいるのでしょうか。あと、羊飼育大臣と羊大臣はどう違うのでしょう……)


(知らん……)


(羊大臣の仕事は月に一度の羊業者との接待パーティーを企画するという仕事以外は目立った仕事はないようですね、これ大臣がやる必要ありますか?)


(知らん)


(この盛り上げ大臣という)


(知らん!!)


 なぜだ! 奇天烈な大臣は多いのに地方の有力貴族を統制する機関は無い、これでは地方の貴族は好き勝手できる。


 おそらく税の中抜きもされているだろう。この国の税収は土地の規模の割に少ない。人口がつかめないのでどの程度やられているのかわからないが。


 この国の全ての人間を把握するためには、中央集権を行わなければならない。そして、軍備の増強も課題か。


 そうして国内全てを統制した後でようやく“戸籍“を作ることができる。


 ——遠い、遠すぎる。これではこの国のどこかで勇者が生まれてしまう。


 俺は思わず叫んだ。

「一刻も早く! この国を、強大で強固な王国にしなくては! 」


 呼応してに黒も叫ぶ。

「魔王様! ご立派にございます! 」


 黒よ! 俺はいい部下に恵まれた! 何かを見失っている気がするが、俺はこの国の大改革を行うぞ! 




 この日、城の中庭に全ての家来を集め、国王自ら国政の大改革を行うことが宣言された。後にこの宣言は「中庭の大改革御誓言」として歴史に刻まれることとなる。

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