第71話 たまには学生らしい話でも

 放課後。いつものようにレーガ、ロゼッタ、ロベルトの三人が、サモンの塔に集まっていた。

 サモンの拒絶を上手いこと避けて、サモンの家事の手伝いをし、塔の中に居座る。サモンはほとんど毎日のことに、もう諦め始めていた。


 ロベルトが淹れたハーブティーを片側に、自身の仕事を片付けていた。

 パソコンが必要な仕事はロゼッタに打ち込みを任せたらいいし、必要な資料はレーガがスマホで調べてくれる。ロベルトだけ学科が違うため、仕事の手伝いはあまりさせないが、雑務は率先してやってくれるし、細かい所で気が利く。


(これって、『快適』ってやつじゃ……)


 意外と快適な仕事環境に、サモンも絆されそうにある。

 元々森育ちだ。妖精に囲まれて育ち、妖精のお手伝いと共に生きてきた。

 サモンにとってこの三人の距離感は、妖精とあまり変わりない。うるさいのは育ててくれた精霊たちで慣れている。

 意外とストレスのない三人に愛着が湧いている。それと同時に人間への嫌悪もある。


「どうしたもんか……」


 突然、レーガのスマホが陽気な音を流す。その音にロゼッタとロベルトが振り返った。レーガは「やったぁ!」とガッツポーズを決める。


「ポイント貯まった! 新しいアイテムが買える!」

「いいなぁ。私まだまだあるのよね」

「くそ! 俺の方が早いと思ってた!」


 三人がキャッキャッと騒いでいると、どうしてか疎外感を感じる。

 矛盾した気持ちにもどかしさがあるのは癪だ。さっさと薬でもなんでも作って消してしまおう。


 サモンが仕事を切り上げると、それを察したレーガがサモンにスマホの画面を見せてくる。


「ねぇねぇ先生! 桃の木と、ミカンの木とどっちがいいと思う?」

「はぁ? 何のことだい。私に機械の話なんかしたって分からないよ」

「ねぇどっちがいい~?」

「だぁから……はぁ、桃の木」

「分かった。それにするね」


 レーガは画面をタップしながら、畑らしき所に器用に木を植えていく。

 見たことのない画面に、サモンは「また分からないものを」とため息をついた。

 ロベルトはキョトンとして「ゲームしないんスか」と聞いてくる。


 機械なんて扱えないサモンがゲームなんてするわけがない。今だにスマホのメールも分かっていないのに、ゲームなんてプロの技だろう。


 ロゼッタがロベルトの脇を小突くと、ロベルトは悪意のない笑顔で言った。



「あぁ! 機械音痴っスもんね! すんません」

「時間外だが授業をしてあげよう。『簡単な技の決め方』を教えてあげよう。ロベルト、お覚悟なさい」

「えっえっ、すみませんストレンジ先生……あー! やめていたたた! 関節折れる! 胴千切れっ……ごめんなさい!!」



 ロベルトに『卍固め』を決めていると、ロゼッタが「これよ」とゲームのタイトル画面を見せてくれた。

『ナヴィガ農園ライフ』と書かれたポップな画面に、サモンは興味なさげに「へぇ」と言う。


「何だいこりゃあ」

「学園で流行りの農場ゲームよ。畑や田んぼを作ったり、動物の世話をしたり。スローライフを楽しむゲームね」


 スローライフを? のんびりした生活なんて、田舎に行けばいいじゃないか。

 サモンの考えていることなんて知らないロゼッタは、ゲームの説明をする。


「資材を集めると、動物を飼育する小屋とか、自分の家が拡張出来るのよ。育てた作物や果物は交易品になるし、牛乳や羊毛も加工出来るし、そのまま交易品に出来るわ」

「基本的に加工してから交易に出すと、高く売れるんだよ」

「へぇ、意外と考えられているんだね。田舎行けば手っ取り早そうだけど」


 サモンはロベルトを開放する。ようやく解放されたロベルトは、痛そうにわき腹をさすった。

 レーガはスマホを握る。


「実際に田舎に行くのは大変だから。道は整ってないし、交通手段も限られてる。それに比べてゲームは画面の中で全部出来るからさ」

「はぁ。そんなもんかね」


 ゲームの詳細は気にならないが、『ナヴィガ農園ライフ』とあるように、ゲームを作ったのは学園の人間だ。こんなものを作って生徒に遊ばせるなんて、いったいどんな変態だろう。


「これ、誰が作ったの?」

「セキュリティ管理の双子よ。シュリュッセルさんとクラーウィスさん」


 ――双子あいつらか。もともと変態だからいいや。


「他にもアドベンチャーゲームとか、パズルゲームとか作ってるよ」


 あの双子は、他人が思ってるより暇人なのだろうか。

 セキュリティ管理は割と頻繁にアップグレードしてるし、警備で行内歩いているし、監視カメラで校内の監視もしているしで忙しいと思っていたが。

 そういえば、体育祭の装置も手作りしていた。


「本当に暇人だな。作ったなんて一度も聞いてないよ」

「ストレンジ先生スマホ使わないじゃない」

「でも、タダでくれるわけじゃないんだよな」


 ロベルト曰く、新しいゲームアプリが出来ると、双子の連絡先を持ってる生徒に通知が行く。チャットを開くと謎解きが出てきて、それを解くとアプリのURLが出てくる。

 それをタップして、インストール画面が出てようやくアプリがゲット出来る仕組みなんだとか。


「手が込んでいるんだなぁ」

「面白いのが好きだからじゃないか? 謎解きも結構難しいし」

「分かる。ボクも農場ゲーム取る時解けなくて、ロゼッタにヒントもらった」


 四人でレーガのゲーム画面を覗きながら、サモンはゲームの様子を眺める。

 そういえば、さっきの音は何だったのか。

 サモンは聞いてみることにした。


「さっきの音は? ポイントがどうとかって」

「ゲーム内で物を買う時、ゲーム内コインのショップと、もう一つ。『アクティブポイント』のショップがあるんだ」

「アクティブポイント?」


 ゲーム内で交易をして得たコインと違い、アクティブポイントというのは、『歩いた歩数を換算して使える』特殊コインらしい。

 その歩数の換算も多少変動はあるが、五十歩で一ポイントくらいになる。五百歩単位でボーナスがあるらしく、さっきのレーガの音は、『一万歩達成おめでとう』の通知だったようだ。


「一万歩歩くと、ボーナスとして『一万ポイント』になるから達成感あるよ。それ以外のボーナスは百ポイントとかだから」

「私この間達成しちゃったから、最初からなのよね」

「俺あと三百歩」

「ちょっとその辺歩いてきなさいよ。ほら、あそこのアトリエとここ、行ったり来たりすればいいじゃない」

「この後グラウンド走り込みするからその時ついでにしてくる」



「アンタ、尻から通知とか恥ずかしくないのかい」

「やっぱり歩いてきます」



 ロベルトは塔を出ると、本当に塔とアトリエを行き来する。

 彼の律儀な姿勢には関心もするし呆れもする。

 レーガの画面を見ていると、ちょくちょく上等なアイテムがあった。一部は高額アイテムだし、一部は非売品だ。


「これは?」

「課金アイテムだよ」


 ――課金? 学生なのに課金?


「これはロベルトも持ってるんだよ」


 親からの仕送りがある生徒が課金をするのはまだわかる。だがロベルトやレーガのように仕送りのない生徒がどうやって金を工面する?

 まさか、人に言えないことをしているのでは?


「課金なんてシステムがあるのか」


 サモンは当り障りのない所から攻めていく。レーガは「うん」と元気に返事をした。



「シュリュッセルさんとクラーウィスさんに面白い話をするともらえるんだよ」

「それは課金と言わないよ。ちくしょう、聞いて損した」



 でも、あの双子を笑わせるなんて至難の業では?

 サモンは双子に用が無い限り、地下室には行かないし、校内で会ってもあっちから絡んでくる。その時軽い冗談を言ってみたが、「笑えない」と返された。

 面白い話? あの双子はかなり狂ってる。簡単な笑い話では笑わないだろう。


「かなり大変だったよ。アイテム貰うのにさ、一日一回しかチャレンジ出来ないんだもん。撃沈繰り返してた」

「やっぱり、そうだろうとも。あの二人には少し怖気の走る話が……」



「ルルクシェル先生のファーストネームが『デルバンペイユ』だって教えたら爆笑してた」

「ンッフ…………」



 思いがけないルルクシェルのファーストネームの暴露に、サモンも油断して笑い声が漏れる。

 一度も聞いたことが無かったが、こんなにもダサいとは。それは双子も笑う。


「はー、もう。ルルクシェル先生がファーストネームを嫌がる理由はそれか」

「ロベルトは何の話したのよ」

「暴風雨の中、傘が裏返っちゃって『ラッパ』になってるのに気づかなかったって話」

「ただの間抜けな話じゃないか。それの何が面白いんだか」


 ちょうどそこでロベルトが戻ってきた。


「一万歩達成した」

「おめでとう。ロベルト、このアイテム貰った時何の話したんだっけ?」

「ん? あー。外出中に、自販機でしゃがんだら、傘が『ラッパ』になったのに気が付かなくて」


 ロベルトは真剣な顔で言った。


「あんまりに風強いから、傘閉じようとして、でも裏返ってるから閉じなくて。俺それ見てねぇから、無理やり引っ張ったら」


「傘の骨組み爆散した」

「本当に間抜けだねぇ」

「先生待って。この後だから」


 話を終わらせようとすると、レーガが止める。ロベルトは腕を組んでうんうんと頷く。


「いやぁ、焦った。飛んでった骨が誰かに当たってな。雨酷かったから、よく見えなくて。『その方、ご無事ですか!』って声をかけたんだよ」



「メイクがドロドロになった女装のエイル先生だったんだよ」

「どんな状況!?」



 傘が裏返ったことに気づかなかったロベルトも不思議だが、エイルがどうしてそんな格好で街を歩いていたのかも気になる。


(今度聞いておこう)


 どうせ死体絡みだろうけど。


 サモンは懐中時計を開くと、すぐに閉じて三人の背中を押す。


「ほらほら早くお帰りなさい。もうすぐ夕ご飯だろう。遅れると食いっぱぐれるよ」


 そう促すと、三人は大人しく帰り支度をする。

 最近は大人しく帰るようになった。だが――


「またねサモン先生。当た明日来てもいい?」


 そう聞いてくる。

 いつだって、こっちの都合なんかお構いなしに来ているのに。

 明日こそは一人でいたい。


「……いつも勝手に来るだろう。お好きになさい。雑用係が欲しい所だしね」


 ――言おうと思っていることと、違うのは分かっている。

 けれど、もう少しだけ、置いてやってもいいかな。……なんて、思ってしまう。


 三人が見えなくなると、サモンは飲み物の棚の前に立つ。

 このお茶が切れそうだったな、と今日飲んだハーブティーの缶を振る。


「そろそろハーブを摘んでおこう。ロベルトが好きみたいだ。……まぁ、ヨクヤの分のついでだけどね」


 サモンは缶をもとの位置に戻した。

 もう一度、時計を見てから、サモンは畑に向かった。

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