第55話 サモン式のやり方で 2
「魔法が使えないって、どういう事だよ!」
「わ、分かんないわよ!」
ロゼッタは焦った様子で、他の魔法も試してみた。
けれど、戦闘魔法の類は全く使えない。唯一使えるのは、ロゼッタが苦手とする妖精魔法だった。
「妖精魔法? 魔法科の奴が言ってた、あの弱小魔法?」
「そ、そうみたい。でも、私······妖精魔法は」
苦手なの。と、ロゼッタが言うと、ロンデールは深いため息をついた。
「じゃあ、あれを採っても、森を出られる保証はないな」
「でも一応、保存魔法と浮遊魔法は使えるわ。衝撃を与えたら爆発するアレに、保存魔法をかけて、浮かせたまま森を走れば、重さなんて気にならない」
「でも苦手なんだろ?」
「う、何とか頑張るわ」
ロゼッタが言うと、ロンデールは木の上に登った。
「どこを切るんだ?」
「帽子と枝を繋いでるところよ。落としてくれたら、私が浮遊させるから」
「分かった」
ロンデールは返事をした直後に、不知落コナラを切り落とす。
ロゼッタは合図もなく落とされたそれに、慌てて魔法をかけた。
「
何とか地面スレスレで浮いた不知落コナラに、ロンデールは「危ねぇだろ」と文句を言う。
ロゼッタはむしゃくしゃしたまま、それに保存魔法をかけた。
***
ロゼッタが魔法を使えない事に気がついた頃、レーガとシェリのペアはまだ不知落コナラを探していた。
「えーと、コナラの木の枝についてて、魔法が掛かってるヤツ」
「ねぇ、まだ見つかんないの?」
「今探してるってばぁ」
シェリは、剣術学科では数少ない女生徒で、森の中に放り出されたのが気に入らないようだ。
魔法の痕跡を探すレーガを置いて、ずんずんと奥へと進んでいく。
「はぁ、強くて可愛い剣士になりたかっただけなのに。こんな森の奥に、体育祭の練習ごときで放り込まれるなんて。だったら見学にしておけば良かった。しかも、こんな弱い魔法使いとペアになるなんて!」
「あはは、それはごめん。でも、サモン先生は変なことはするけど、無駄なことはしないよ。面倒くさがりだし」
「でももっと考えて欲しいわ! 靴下が汚れちゃうし、髪型だって崩れちゃう。こんなの可愛くない!」
ワガママなシェリに首を傾げながら、レーガは例のどんぐりを探す。
何とか直径五十センチ程の不知落コナラを見つけると、杖を出した。
「あれがどんぐり? 大き過ぎでしょ!」
「結構小さい方だよ。平均サイズは一〜二メートルくらいだし」
「あんなの持っていけって!? 無理よ! アタシ絶対持たないからね! レーガが持ちなさいよ! 男なんだから」
「じゃあ君が代わりにあれ採ってくれる?」
「はぁ!? 何でアタシがそんな事······」
「君は、ペア組まされた意味わかってないんだね」
いつ来るかも分からない妨害魔法に、魔法制約された杖。
今一番有利なのは、剣術学科の生徒であり、魔法学科はサポートと材料採取と保守しか出来ない。
つまりは、知恵と体力しか頼れないのだ。
それをよく知っているのは剣術学科で、魔法学科はこの練習で剣術学科から、そのやり方を耳と体で覚えなくてはいけない。
剣術学科は、学問では一切やらない魔法への対処を、日常から学び続けている魔法学科から学ばなくてはいけない。
これは相互への理解と、手持ちの知恵の交換を主体とした、体力育成なのだ。
サモンの意図を読み解けているのは、レーガくらいなものだ。ロベルトやロゼッタでは、あと一歩のところで及ばない。
シェリは不満そうながらも、「分かったわよ」と言って木に登る。
「スカート覗いたら殺すからね!」
「み、見ないよ! そんな事したらマリアレッタ先生に怒られるもん!」
シェリは太い枝に座ると、腰の剣を抜いた。
けれど、普通に切ってもいいのか、それとも特別な採取の仕方があるのか分からない。
レーガにあれだけ文句を言った手前、聞くのもはばかられる。
「帽子の部分にさ、枝と繋がるところがあるでしょ。その大きさなら、片手で下の方を押さえて、剣を勢いよく振ればいいよ。万が一落っことしても、僕が拾うから、大丈夫!」
レーガは杖を抜いて、下で待機している。
シェリはその言葉に「分かってるわよ!」なんて、返してしまう。
レーガの言った通り、剣で簡単に切れた。
不知落コナラを持って、シェリは木を飛び降りる。
それをレーガに渡すと、レーガは屈託のない笑みを浮かべた。
「さすが! 剣術科すごいねぇ」
シェリは頬を赤くして、「ふん」とそっぽを向いた。
***
ロゼッタやレーガが不知落コナラを見つけてから、少しした頃。
ロベルトとタリアムは、まだ不知落コナラを探していた。
「で、ストレンジ先生が言ってたどんぐりって、どこに生えているんだ?」
「さぁ、分からないなぁ」
「分からないって、魔法薬学で習う事なんじゃないのか?」
「習ったと思うけど、あんまり覚えてないっていうかぁ」
タリアムはやる気が無さそうで、暇そうに魔法の試し打ちをしている。けれど、魔法に制限をかけられているのか、魔法が何一つ出てこない。
この場合、杖一つ一つに封じる何かをかけているのだろうか? 後で聞いてみよう。
「レーガが言ってたような······一学期に小テストで出るからって、確か。暗唱出来るまで付き合った気がするんだが」
何と言ってただろうか。
木の上に出来るとか。爆弾の実······ということは、普通のどんぐりよりも大きい?
ふちらく? って言ってたが、ふちらくとは何だ?
八千どんぐりの、『八千』って何? 質量? サイズ? 個数?
「············どんぐり、とは」
ロベルトはついに、どんぐりの概念から考え始めてしまった。
うんうんと悩むロベルトの後ろで、タリアムが「あ、あれだっけか」なんて上を向く。
ロベルトも同じ方を向くと、一メートルあるかないかの大きさの、今にも弾け飛びそうなどんぐりを見つけた。
「······これ、持っていく途中で爆発しないか?」
「知らなぁ〜い。衝撃与えたら即死だろうけど」
「······ぶつけないように気をつけないと」
ロベルトは木の上に登り、不知落コナラを収穫しようとする。が、サモンがこれを魔法材料と言っていた。なら、取り方にも手順があるのだろうか。
けれど、タリアムは欠伸をしていて、授業を真面目に受けていたわけでは無さそうだ。彼に聞いたところで、まともな答えは返って来ないだろう。
「······とりあえず、笠は残しておこう」
ロベルトは帽子ごと不知落コナラを収穫すると、木から降りる。
タリアムに「爆発しないように出来ないか」と尋ねても、「魔法使えないのに」なんて返ってくる。試す様子もない。
タリアムをアテにするのはやめておこう。
ロベルトは不知落コナラを落とさないように抱えて、森の外へ向かう。
······ガサ。
少し歩いたところで、誰かの視線を感じた。
ロベルトはそちらをキッと睨むが、誰もいない。
(気のせい······か?)
なんて、思って前を向いた。
「うわっっっ!?」
目の前にあったのは、逆さで待ち構えていた木彫りのゴブリンだ。
ロベルトが思わず声をあげると、タリアムがロベルトを押しのけて、杖の柄でゴブリンの眉間を突く。
ゴブリンは「ギャッ!」と声を上げると、地面に落ちた。
タリアムは「走って!」とロベルトを先に行かせた。
「あれは何だ!」
「多分ねぇ、あれがストレンジ先生の妨害魔法だよ」
「ウッソだろあの人!」
ロベルトは道ならぬ道を走った。
***
森のあちこちから聞こえる悲鳴と怒号。
それに耳を澄ませながら、サモンはくつくつと笑う。
「さぁ、誰が一番かなぁ?」
桃色の瞳を細め、意地悪な笑みで森の向こうを眺める。
サモンは杖をクルクルと回しながら、生徒たちの帰還を待っていた。
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