第8話 絶望の昼食
協会主催による会合は、博多駅から歩いて20分ほどのボーリング場を貸し切っておこなわれていた。
ドールイベントやコミックマーケットの会場にもなると社長は言うが、その意味はよくわからなかった。興味がなかったと言った方が正解かもしれない。
ホールに到着し手続きをすませると、入場チケットの代わりとなる紙袋が手渡された。中身は進行予定表と印刷機材のパンフが大量に入っている。会場の席はほぼ埋まっており、二席並んだ場所は無く、僕は社長の二つ後ろの席に座ることとなった。会場は思った以上に参加者で溢れ、違った意味で期待を裏切られた気分である。
内容は予め総理から聞いていたので驚きはない。
印刷機のデモンストレーションや新製品の紹介、疑問への回答などが大半である。
どれも購入すれば数千万はする機械ばかりで、ドラゴン印刷にとって現実的なものは一つもない、実際シルク印刷である我が社にとって関係のない機械ばかりだ。これでは部長が声を荒げる理由も分からなくもない。結局それを再認識しただけであり、何の収穫もない時間がだらだらと続いていた。
僕は離れた場所に座る社長に視線を向ける。
パンフを開きながら、熱心に隣に座っている者に何かを話していた。
「時代は小ロット小生産なんだから、あんな大型の機械を買うよりプリンタの方がマッチしているよね」
「そうなんですかねぇ……」
「でも、まだプリンタは買い時じゃないよ、特にインクジェットは専用紙を使わないといけないからね。結果的に高くついちゃうんだ。材料を選ばない顔料系のプリンタが出るといいんだけど、なかなかね……」
「顔料系って熱転写のことでしょう? それって時代遅れでは……」
「そんなことナイヨ!」
どうやら白熱した会話がなされているようだ。
僕はそれを見てクスリと笑う。
協会主催の会合で堂々と営業妨害していることが面白かったからだ。
人目をはばからず批判から入る様は、さすがドラゴン印刷のトップ社員だと思ってしまう。否定から始まり、肯定を捨てる。まさに鏡と言えよう。
その後も会合という名の展示会は滞りなく進んでいた。
――面白いことを知ることになる。
総理の言葉を思い出しながら僕はあくびを吹かした。
今のところ面白い話も出来事もない。
目の前では四千万はするであろう輪転機の実演が始まったが興味はない。
眠気をこらえているうちに午前の部は終了する。
「おなかすいたね、何処かでお昼にしようか~」
「そうですね」
昼休みとなり社長が僕のところへやってきた。やっと待ちかねた時間が来たのである。
退屈極まりない時間を振り返りこの解放感を嚙み締める。
腹が減っては戦はできぬというが、何もしなくても減るものは減る。そう身勝手な理屈を妄想しながら、僕はランランと席を立った。
外に出ると、きつい日差しが待ちうけていた。
秋だというのに、ちょっと歩くだけで全身に汗が浮かび上がる。
体格のせいとは思いたくはないが、僕は何をやるにも汗を感じる体質なのだ。まあ、体重を落とせばよいのだが、意志とは裏腹に何故か実行できないでいる。
「なに食べようかなあ~、田中君どこかいいとこ知ってる?」
予想していた言葉が社長から飛び出した。
いま僕達は博多に来ているのだ。この地に来て何をたべるのか? 愚門である。それはラーメンしかないだろう。
口に入れるは究極のこってり!
分厚い油に覆われたギラついたスープ!
容赦なく盛られた背油!
溢れんばかりのチャーシュー!
想像しただけで大量の唾液と汗が噴き出すのを感じる。
僕は事前に調べていたのだ。
この近くにはラーメン屋が三店ある。食べたことは無いが、ネットの評価は上々でどれも捨てがたい。
うーん、困った……。
究極の選択だがどれか一つにしなくてはならない。
脳内でルーレットが周り僕はその一店を導き出す。答えは出た! それが正解かはわからないが今はこのラーメンなのだ。
「社長!!」
「う~ん、熱いからコッテリは嫌だなぁ~、隣にうどん屋があるからそこにしようか~」
「え、うどん?!」
「近いしいいよね~、うん、ここにしよう!」
「……」
――どこかいいとこ知ってる?
社長が僕に投げかけたこの言葉は何だったのだ?
話を振っといて実のところ聞く気など無い、一応話は振ったよってことなのか?
実際、社長は昼はうどんと決めていたのだ。
勝手に決めると心苦しいので、アリバイのために口にしたというわけか、申し訳ないが、その方が身勝手さが強調され逆効果だと僕は思った。
まあ、スープは違うが同じ麺類。太さは違うが同じ麺類。そんなくだらないことを考えつつ僕は渋々店に入った。
店内は狭く古めかしい民芸品が並んでいた。
隣で全国規模の印刷会合をしているためか、席は埋まりカウンターの隅に二人で座る。
見たところ夫婦二人で回している個人店のようだ。
「何でも注文していいよ~」
社長の言葉に警戒心がよぎる。
先のように、また心にもない言葉かもしれないのだ。
食うだけ食って「食べすぎじゃない」とか「三人分の食費がかかっちゃった」とか言われかねないのだ。
僕はメニューを開き一番安いのを探す。
「僕はかけうどんで」
「遠慮しなくていいんだよ~」
「ダイエットしてますので」
「そっか~じゃあ僕は何にしようかなぁ~」
それから20分ほど経つが社長は決められないでいた。
どうやらソバに目移りしているようである。
僕は頭を抱えていた。なんで数品目しかないメニューに迷っているのか理解できなかったからだ。
「よし、決めた!」
社長の声が店内に響き、僕はため息交じりに店主に声をかけた。
「かけうどん一つ」
「僕は天ぷらソバときつねうどん、いなり一皿で~」
「えっ! ソバと……うどん?!」
「決められないから両方頼んじゃった~」
僕は絶句し、視線はしばらく宙を舞った。
まるで遠慮した僕がバカみたいじゃないか、こんなことなら1600円の天ぷら定食にしとくべきだった。
悶絶するような後悔のなかで、僕は総理のある話を思い出していた。
数年前、社長含めた四人で会合に参加したときファミリーレストランで昼食を取ったそうだ。そこで社長は日替わりランチ480円を注文し、他のメンバーも空気を読み日替わりランチを注文した。
しかし総理だけはコロコロステーキ1200円を注文したそうである。
それを聞いた時「勇者ですね!」と、からかったが、今はそれが正しいと思う自分がいた。
今回は一人でもラーメンを食べに行くべきだった。
あれこれ考えるよりやりたいことをやるべきだった。
よし、次からは自分に正直になろう! と、僕はこの経験をもとに、自分自身に貫通するほどの釘を打ち込んだ。
早々に食事を済ませた僕の横で、社長はうどんとソバを交互に食べ比べている。
見たところ楽しそうである。
箸の持ち方が子供っぽいなと思っていると、社長は麵を口に含んだまま「今日はどうだった?」と聞いてきた。
暇そうにしている僕に気を使ったのかと思ったが、多分違うのだろう。
ためされているのかとも思ったが「ガッカリでした」と素直に答えた。
いや本当、ガッカリでした。いろんな意味で……。
すると社長は口の中のものを飲み込み、うなずきながら答えた。
「そっか、仕方ないよね。どれも時代遅れな機械ばかりで為になる話は無かったよね。だってこれからの時代はプリンタだもん~」
「せっかく博多まで来て残念ですよ……」
「そうだね! よし! 午後の部に期待しよう~」
会話がかみ合っていなかった。
もはやそれでもいいという気分であった。
この会話も何処まで本気なのかわからないし、会話そのものがフェイクの可能性もある。
同輩から社長との会話を嫌がる者が多いと聞いてはいたが、今日はそれがわかったような気がした。
会話の全てが建前で始まり強引に本音で締めくくるのだ。そこに相手への気遣いなどない。
行動も全てが裏目となり、バイオリズムそのものが合わないのではと思うほどだ。
他人ならば無視ですむのだが、これが社長だからタチが悪い。
上司であるがゆえに主導権を取られ、気の弱い者ならば随員するだけで精神的に委縮してしまうだろう。気か付けばイエスマンの出来上がりである。
なるほど、社内に腐った魚の目をした者が多いのはこのためか……。
僕はこれ以上の会話に意味は見いだせず、言葉のアクセントに合わせて頷くだけにしておいた。
正直何を話したのか覚えてはいない。
これらが今日の収穫というのならば悲しい話であろう。
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