第84話 夜間航空戦

1944年12月26日



 「春雷」隊による敵航空機に狙いを絞った殴り込み攻撃が終了した後、米機動部隊によるマリアナ諸島(テニアン島)に対する航空攻撃が1回、第1機動艦隊に対する航空攻撃が1回ずつ行われた。


 マリアナ諸島の海軍飛行場はこの航空攻撃によって8割以上無力化されてしまい、防空戦に従事していた零戦も大多数が島の平地に不時着し、3度目の航空攻撃を喰らった1機艦は空母2隻撃破の損害を喰らってしまっていた。


 そして、マリアナ諸島の航空戦力をほぼ無力化したと確信した米軍はこの日の夜にマリアナ諸島・サイパン島への上陸を開始したのだった。


陸軍輸送部隊

司令長官 トーマス・C・キンケイド中将

護衛空母15隻、旧式戦艦2隻、巡洋艦5隻、駆逐艦28隻、その他小型艦艇(駆潜艇、砲艦など)70隻以上


輸送船52隻(アメリカ陸軍兵9万2000人)


「ようやくここまで来たな・・・」


 陸軍輸送部隊司令長官トーマス・C・キンケイド中将は旗艦「ペンシルベニア」の艦橋で上陸しつつある陸軍部隊の背中を見つめていた。


 ここ、サイパン島に上陸する陸軍部隊の戦力は総兵力9万2000人の内の3万7000人であり、サイパン島に展開している日本陸軍が僅か1万2000人しかいないことを鑑みると、島を制圧するには十分な戦力を有しているとキンケードは考えていた。


 キンケ-ドがそのような事を考えていると「ペンシルベニア」が艦砲射撃を開始した。陸軍部隊上陸前の艦砲射撃だ。


 「ペンシルベニア」自慢の36センチ主砲12門が連続で吼えたけり、サイパン島の敵拠点があると思われている地点に次々に巨弾をぶち込んだ。


 海岸線の砂浜に着弾した砲弾は砂を大きく持ち上げその地点に穴を撃ち、小高い丘にピンポイントで命中した砲弾はその丘の存在をこの世から吹き飛ばした。


 この艦砲射撃は約1時間程で終了し、艦砲射撃の終了まで待機していた陸軍部隊が一斉に上陸を開始した。数千人の兵士が小艇から降り、早足で前に進んでいた。


 一番最初に上陸した地雷処理班が地雷の撤去を開始し、地雷の撤去が完了、安全性が確保された地点に部隊が展開を開始した。


 このまま順調に陸軍部隊の進出が進むと思われたが、それも見逃すほど日本軍は甘くはなかった。


 「ペンシルベニア」の対空レーダーが反応したのだった・・・。



 「ペンシルベニア」の対空レーダーに反応したのは1機艦から出撃した零戦33型と艦上爆撃機「彗星」の混成編隊だった。


「いくぞ、彗星隊!!」


 空母「天城」艦爆隊長松田怜少佐は既に突撃命令を出していた。


 第1次攻撃隊の「彗星」40機が一斉に加速し、敵橋頭堡へと接近していった。


 今回の攻撃隊に参加している艦爆隊には細かい攻撃目標が定められておらず、ただ「サイパン島に今夜上陸してくるであろう敵陸上部隊に打撃を与えるべし」という訓示しか受けていない。


 普段は編隊を組んで飛行している「彗星」だが、今回は1機ずつ完全に自由行動をしている。


 1機の「彗星」が敵陣地に積み上げられつつあった大量の梱包に目を付けた。梱包の中身が食料か、衛星物資かは分からなかったが、重要な物資であることは間違いない。


 「彗星」が母艦から運んできた500キログラム爆弾を投下し、それは見事に梱包が山積みされている地点に落下して大量の物資をなぎ払った。


 500キログラム爆弾を投下して身軽になった「彗星」が機首に装備されていた機銃をぶっ放した。ぶちまけられた銃弾が海岸にいた兵士、兵器、物資など所構わず命中しなぎ払った。


 別の「彗星」は海岸付近に設置されたばかりのタンクを発見した。米軍陸上部隊が運用する馬鹿でかい戦車が大量の油を使う事を考慮すると、タンクの中に何が入っているかは考えるまでもなかった。


 「彗星」がタンク目がけて爆弾を投下し、それが命中した約3秒後にタンクから凄まじい轟音と共に真っ赤な火柱が立ち上った。


 1機の「彗星」が投下した500キログラム爆弾が戦車数十台を運用できるほどの油を奪い去ったのだ。


 「彗星」隊の約半数が投弾を終えたタイミングで攻撃隊全体に警報が飛んだ。


 攻撃隊の護衛の零戦が一斉に上昇し、戦場に飛来した敵機に向かっていた。


 今回の戦いに何とか間に合わせることが出来た夜戦型のF6Fだ。機数は約30機と機数自体は少なかった。しかし、友軍の危機を見て見ぬふりは出来なかったのであろう。


 上昇途中の零戦に向かってF6Fが自慢の12.7ミリブローニング機銃を放ち、投網に絡め取られた零戦が1機、2機と火を噴いて落ちていくが、「彗星」を守るという任務を帯びている零戦隊が引き下がることはない。


 F6Fの編隊と同高度まで上昇することに成功した零戦がお返しの20ミリ機銃をF6Fに叩き込んだ。零戦の鬼気迫る動きに戸惑ったF6Fは一斉に散開したが、歴代最高速度を誇る零戦33型が夜戦用のレーダーを搭載して速度が低下しているF6Fを逃がすということはなかった。


 瞬く間に零戦隊の渦に飲み込まれたF6F4機が墜落し、10機以上が火を盛大に噴き出しながら戦場から離脱していった。


 マリアナの運命を握る夜間の戦いはまだ始まったばかりだった・・・。

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