第67話 マリアナ1944②

1944年8月


 1944年8月7日、マリアナ沖海戦1日目開戦。


 トラック沖に展開していた潜水艦から「敵大艦隊出撃」の緊急信を受信したGF司令部は、直ぐさま呉軍港に集結していた第1機動艦隊に対して出撃命令を出した。


 第1機動艦隊がマリアナ沖の海域に展開したのは、米軍の大艦隊が来襲する1日前だった。(8月6日)


 米軍の大部隊を追跡していた潜水艦からの報告によって米艦隊がマリアナ諸島に来襲することが確実視されていた翌7日、第1機動艦隊及びマリアナ諸島に展開している陸海軍基地航空隊は、米艦隊の詳しい所在を突き止めるべく、早朝から多数の索敵機を発進させた。


 8月7日の早朝に展開が完了した米海軍第5艦隊も、日本艦隊の所在を突き止めるべく多数の索敵機を北方に向かって放ったが、敵艦隊を発見するのは日本軍の方が早かった。


 空母「大鳳」所属の新型偵察機「彩雲」が見事に敵部隊6群の内の3群を発見する事に成功したのだ。


「敵機動部隊2群、戦艦部隊1群発見、敵機動部隊2群をそれぞれ甲1、甲2、敵戦艦部隊を乙と呼称。甲1、2部隊はそれぞれ空母3隻を伴う。乙部隊は戦艦5隻を伴う」


 この報告をした「彩雲」は程なくして米艦隊の近くを哨戒していたF6Fに撃墜されてしまったが、この貴重な報告電は間違いなく日本軍全部隊に伝わった。


「敵部隊3群か、参謀長はどう考える?」


 第11航空艦隊司令長官草鹿仁一中将以下、11航艦の将官は既にサイパン島の地下にある司令部壕に召集されていた。


「トラック沖海戦が1年以上が経過している現在、米空母が発見された2群6隻だけということはまずあり得ません。米空母の隻数の事前予測は12隻前後なのであと2群は発見されていない米空母部隊が存在すると考えています」


 11航艦の他の参謀達が「敵艦隊発見」の一報に舞い上がる中、あくまで11航艦参謀長の酒巻宗孝少将は冷静だった。


「あと、発見された戦艦部隊は砲戦メインの部隊でしょう。その事を勘案するとマリアナ諸島付近の何処かの海域に陸軍を乗せた輸送船団が存在するはずです」


 酒巻はマリアナ諸島付近の海域図をじっと見つめていた。


「事前計画ではこちら側の機動部隊が発見された時点で第1機動艦隊と我々、基地航空隊が共同して米艦隊に攻撃を仕掛けることになっている。どの敵部隊が狙い目だ?」


 草鹿は11航艦及び陸軍の第8飛行師団の編成表を見つめながら意見を求めた。


編成表

第11航空艦隊

サイパン島 零戦33型  150機

      零戦32型甲 150機

      99艦爆    50機

      97艦攻    50機

      春雷      28機

      天河      56機


テニアン島 零戦33型  100機

      零戦32型甲 100機

      99艦爆    50機

      97艦攻    50機

      春雷      28機

      天河      56機 


第8飛行師団

グアム島 飛燕      100機

     鍾馗      150機

     隼2型      50機

     雷雲       50機

     闘龍        8隻


陸海軍合計機数 戦闘機 800機 攻撃機 418機 潜水艦 8隻


 (11航艦の酒巻参謀長が内地に掛け合った結果、マリアナ諸島の基地航空隊は更なる戦力増強を獲得する事に成功した。陸軍側でも最新鋭機の「飛燕」を始め、戦力の増強に成功した。)


 草鹿の問いに対して一人の参謀が手を挙げて発言許可を求めた。


 11航艦航空乙参謀の井下信也中佐だ。航空乙参謀は11航艦がトラック環礁から撤退し、マリアナ諸島に再展開したときに新しく設けられた役職であり、普段は航空甲参謀の補佐に徹しているため、自分から意見を述べる機会は少ない役職だ。


「乙参謀何か意見はあるかね?」


 草鹿が問いかける形で井下に発言を許可した。


「今回の作戦は敵機動部隊と正面から激突して、雌雄を決しようという類いの戦いではありません(戦略的持久)。故に狙う敵部隊は乙部隊がもっともいいと本官は考えます。敵戦艦部隊を無力化してしまえば、マリアナ諸島に艦砲射撃をかけることもままならなくなり、敵のマリアナ諸島攻略は遅延すること間違いなしです」


 井下の意見は対艦攻撃能力が戦闘機隊に比べて不足気味な11航艦の弱点(夜中に闇に紛れて島に艦砲射撃をかけられると、11航艦は有効な反撃の手段が無いため、目も当てられないような損害を被ってしまう可能性が高い)もケアできており、有力な案だと思われたが、その意見に対して酒巻が即座に異を唱えた。


「もし、今の時点で我が方の索敵機が、敵乙部隊しか発見する事ができていなかったのならば、航空乙参謀の案も一考の余地があったと思いますが、敵機動部隊2群の所在が判明している現在、敵機動部隊よりも敵戦艦部隊を攻撃するというのは論外です」


「付け加えて申し上げるのならば、我が軍には陸海軍潜水艦部隊のように夜間でも攻撃能力を有している部隊が存在しています。なので本官は、敵戦艦部隊の艦砲射撃の脅威を悪戯に強調するべきではないと考えます」


「航空乙参謀の案と参謀長の意見に関しては理解した。その上で更なる意見がある者はいるか?」


 草鹿が周囲を見渡した。


 手を挙げる者はいなかった。しかし、司令部内の空気的には酒巻の意見が優勢であるように草鹿には感じられた。


「では、方針を決定する」


 草鹿が口を開き、決定を述べた。










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