第61話 中部太平洋の要衝②

1944年1月上旬


「それにしても我が部隊がマリアナ諸島に撤退してから正式採用された3式戦闘機というやつはかなりの高性能機だな」


 マリアナ諸島・グアム島のほぼ中心に位置している、陸軍の滑走路の付帯設備の近くでくつろいでいた襲撃部隊司令官の荒屋俊作少佐が編隊飛行を行っている3式戦闘機「飛燕」を見つめながら呟いた。


 荒屋の視線の先には「飛燕」の4機編隊が編隊飛行をする姿が映っており、その姿を見ていれば、飛行機に詳しい者なら「飛燕」という飛行機がかなりの高性能機だということが分かる。


 現に実際に飛行している「飛燕」の姿を今日初めてみた荒屋も、「飛燕」が高性能機であるという事を即座に認識することが出来た。


3式戦闘機「飛燕」

最高時速 590km/時(高度5000メートル)

武装   12.7ミリ機関砲×4門


「この戦闘機と俺がトラック環礁から撤退する直前に見た鍾馗の新型があれば、トラック環礁から米軍部隊が押し寄せてきたとしても鎧袖一触ではじき返せるかもしれねぇな」


 荒屋は頼もしき新戦力を目撃して思わず楽観論を口走った。


「そんなことは無いぞ、荒屋少佐。私の予想だが、米軍との次期決戦はこの戦争で最大、いや、有史史上最大の戦いになると私は考えている。新型機の連中だけでは無くマリアナ諸島にいる全ての軍人が全てを出し切らなければ米軍に打ち勝ち、未来を切り開くことなど出来ないよ」


 いきなり後ろから話かけられた荒屋は本能的に直ぐさま後ろを振り向いた。そして次の瞬間大いに慌てる羽目になった。


「こっ、これは司令官殿、失礼しました!」


 荒屋は直ぐさま直立不動の姿勢を取り、第8飛行師団司令長官の加藤宗重中将に対して敬礼をした。


「楽な姿勢でいてくれてかまわんよ、私は少佐と今後の『雷雲』の使用用途に関しての話がしたくて少佐に会いに来たのだ」


 加藤の言葉に甘えて荒屋は再びその場に座り楽な姿勢になった。


「ここからかなり機密に触れるような情報も織り交ぜながら話していくので、これからお互いが話す事は他言無用で頼むよ」


 加藤がそう言って、荒屋は即座に頷いた。


 加藤が話し始めた。


「マリアナ決戦の絵図を現在進行形で描いている途中の、大本営と軍令部はこのマリアナ諸島でトラック沖海戦のような戦いはしない事を既に決めているそうだ」


「・・・? つまりどういうことですか?」


 加藤が初手から何やら意味深な事を言ったので、頭が切れる方だと自分で自覚している荒屋も思わず首を傾げた。


「つまり、大本営と軍令部はトラック沖海戦のように敵艦隊とがっぷり4つに組んで、その結果敵主力艦多数を撃沈して米軍を退けるといった戦いは今後するつもりがないと言っているんだ」


「なるほど、なら内地のお偉方が描いているのはトラック沖海戦の戦い方の真逆、持久戦ということですね?」


 荒屋が加藤の話の核心を早くも突いた。


「貴官の言う通りだ、大本営と軍令部はこのマリアナ諸島で壮大な戦略的持久戦を行おうとしている」


「でも日本とアメリカの生産能力を比較したときに、その差が隔絶しているという事はちょっと目端の利く人間なら共通認識の事柄でしょう。その相手に持久戦をしかけるというのは自ら座して死を待つようなものなんじゃないですかね?」


 荒屋は加藤の口から「戦略的持久」という戦略を聞いて即座に疑問を感じた。荒屋の言う通り日米の彼我の生産能力は隔絶(軽く見積もっても20倍差)しており、こちらが持久戦を仕掛けて相手がそれに乗ったとしても先に戦力が枯渇してじり貧になってしまうのは日本側の方なのだ。


「アメリカの生産能力が我が国のそれと隔絶しており、時が経てば経つほどアメリカ軍の戦力が拡充していくことは確かだが、その強大な戦力がすべて太平洋に向かう訳では無い」


 荒屋の疑問に関して加藤が状況は思ったよりもましだ、と言わんばかりに発言したが、その答えを聞いても荒屋は納得しなかった。


「アメリカ軍の強大な戦力の一部を盟邦ドイツ・イタリアが引き受けてくれている事は事実ですが、既に両国とも戦線が膠着している状況と聞いています。私は少なくとも敵の海軍部隊の主力は全てこっちに来ると予想しています」


「間違いなく貴官の言う通りだろう。このマリアナ諸島でいくら日本軍の全部隊が『戦略的持久』を行ったからといって先に潰れてしまうのはこちらだからね」


 加藤は荒屋の認識が全面的に正しいと素直に認めた。


「だから『ただの』持久戦はもちろんしないようだ。そこら辺の事はさすがに大本営と軍令部も考えている」


 加藤の意外な発言に荒屋の眉がピクッと動いた。


「つまり、長官が言いたいのは『ここでもって試合終了!』という期限を予め決めた上でこのマリアナ諸島で持久戦を行うという事ですか・・・」


「そのとおりだ。野球の回が9回で終わらずに10回、20回と続いてしまったら我が軍に勝ち目は無いからね」


「ふっ・・・」


 加藤の野球の例えが面白かったのか、荒屋は司令長官の発言に対して思わず少しだけ笑ってしまった。


 しかし、笑った荒屋の顔は一瞬にして真面目な顔に戻った。


 何故なら、ここからの話がマリアナ諸島での「戦略的持久」戦をまともに語り合う上で大事な事だからだ。


                            (第62話に続く)






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