第18話 私を野球へ連れてって
「ちょっと、どうしたの。食欲ないの?」
母さんの声で、ハッと我に返る。
「あ、いや、違う」
箸で鶏の照り焼きを口に運ぼうとしていたところで、僕はフリーズしていたらしい。
気づいたら、その日の学校は終わっていた。あんまり今日の出来事を、お昼からの出来事を覚えていない。
放送部。
あの後石川先生と色々話した。それはぼんやりとは覚えている気がする。
「あれ、2階で携帯鳴ってる? あんたの?」
また母さんの声で我に返る。意識飛びがちだ、危ない。
確かに2階で、おそらく僕の部屋で(そうじゃなかったら怖すぎる)携帯がなっている。電話がかかってくることなんて滅多にない、僕の携帯。
駆け足で階段を上がった。誰からの電話かはなんとなく予想がついている。というか、僕に電話をかけてきてくれる人なんて、前田しかいないからだ。
「もしもし」
「あ、ごめん、まだメシの時間だった?」
「いや、大丈夫。ほぼ終わった」
「なんだったの」
「え?」
「夕飯」
「鶏の照り焼き」
「へー。うまそうだな」
「なんだよそのリアクション。そんな薄さなら聞くなよ」
「ほんとにうまそうだと思ってるよ」
「ほんとに? ま、いいや」
「うん。大丈夫?」
「えっ」
「昼からずっと上の空だったし、授業終わったら速攻帰ってたし」
「ああ、全然大丈夫。今日は部活体験も別にいいかなーと思って、帰っちゃった。ははは」
「体調悪いの」
「悪いって感じでもないから全然大丈夫。ありがとう、わざわざ」
「いや、昼にあんな雑用に付き合わせたからそれのせいかなって思って。結構重かったよな。ごめん」
「あれ重かったよねー! 腕プルプルしたよ。ああいうのも生徒会が関わってたりするんだね。前田のせいじゃないから大丈夫」
「今度はちゃんと事前に内容を確認してからお前を誘うから」
「いや、なんでまた巻き込むんだよ僕を」
「じゃあまた明日な」
「あ、うん」
「おやすみ」
「おやすみ」
前田と携帯電話で話すなんて、何年ぶりだろう。ちょっとこそばゆい。なんかよそよそしくしゃべってしまった気がして、せっかく心配して電話してくれた前田に申し訳なくなった。
そんなことより、もう前田は僕が放送部に入部することになったことを知っていると思っていた。自意識過剰すぎる。だからこそ電話をかけてきたと思ったんだけど、違ったみたいだ。
前田に、自分から話した方が良かったのだろうか。向こうからかけてきてくれてるから、電話代が申し訳ないとかそういうのはあるんだけど……。
正直、今自分の気持ちがよくわからない。わからなすぎて、考えることを完全に放棄してしまっている気がする。だから、前田に話を聞いてもらったら僕が考えていることも少しは見えてくるかもしれないと思ったんだけど、全然話せなかった。
顧問の先生に、勝手に僕の入部を宣言されてしまった。
そんなのアリなんだろうか。大人に振り回される子ども……子ども……15歳の僕……。うんざりを通り越して呆気に取られてしまったけど、でも、不思議と嫌な気持ちはしないのは確かだった。
『真野くんはさ、どっちなの?』
何故かふと、演劇部のあきちゃん先輩に言われた言葉を思い出した。
僕が目立つような、人前にさらされるようなことをやりたいはずがない。そして、放送部なんて目立つ側、目立ちたい側の世界のものじゃないのか。
『自分がやるのより、人が頑張ってる姿を見る方が、ずっと楽しいし力もらえるのよ。そういうタイプなの、俺は』
今日、石川先生に言われた言葉。完全に同意……でもない自分もいた。そして、放送部は応援する側だと。ひっかかる。そこがずっと、僕の心の中でしこりみたいになっているのは感じていた。
「っうわあっ!!!」
握りしめていた携帯がまた鳴り始めた。びっくりした……僕の携帯が一日にこんなにも鳴るなんて、明日は雪でも降るんじゃないか。
いったん一呼吸おいて自分を落ち着かせてから、改めて携帯の画面を見る。真野真人。兄、真人からだ。
「……はい」
「おう、元気?」
「なに」
「ちょ、冷たくない?」
「なんでしょうか」
「え、彼女でもできたの?」
「はあ?!」
「さっきまでかーちゃんと電話しててさ、何かお前の携帯がなって大急ぎで自分の部屋に行ったから彼女からの電話なんじゃないかって、かーちゃん」
「違いますんなわけないでしょうが」
「なんだーあ」
「前田だよ、前田」
「おー前田くん。サッカー続けてんの?」
「ううん、サッカーは辞めて、囲碁将棋部」
「あはははは、ギャップがすごいな」
「うん」
「で、お前は?」
「え?」
「何部に入ったの? 絶対なんかに入らないと駄目な学校なんだろ?」
「え、うん」
「あ、前田くんと一緒?」
「いや、」
「ん?」
「……うぶ」
「え?」
「…………放送部」
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