第15話 見送る鳥は跡を濁したがる

「えっ」


楓かえでくんが小さく声を出した。出しゃばりだと思われたかな……いや、実際そうだろう。偉そうに。自分が関係ないことでは好き放題言えるもんだ。僕は話を続けた。


「演劇とかよくわからないんですけど……全員男子キャストバージョンと女子キャストバージョンがありますって言われたら、ちょっと気になっちゃうかも。それにそういうやり方にすれば、演じるのをやりたい人が一人でも多く役ををやれるんじゃないですか?」


「うーん確かに。めちゃめちゃ大変そうだけど面白いかも。最終的にどっちが面白かったか、投票とかにすれば闘争心も燃えるし」


楓くんが、乗ってくれた……!


「そこは競いたいんだ」


「いや競いたいっていうわけじゃないけど、なんていうか張り合いがあるとまた違うというか、それでより良いものが作れるんならいいなー」


楓かえでくんがわくわくした感じで楽しそうに話し始めたので、僕はその様子を見て少しホッとして嬉しくなった。そしてもう一度、視線をあきちゃん先輩に戻す。


「……どうでしょうか」


「……」


じっと見つめ返される。僕は正直この視線から一刻も早く逃れたかったけど、目をそらしちゃいけないと何故かそう思って、さらにじっと見つめ返した。


「……いいと思う」


気づいたらみんな、僕たちの会話を聞いていたみたいだ。あきちゃん先輩が答えるまで、今この部室内にいる人全員息をするのを忘れてたんじゃないかと思うくらい張りつめていた空気が、風船が割れたみたいに一気に崩れて、みんなの戸惑ったような嬉しいような声や息遣いが聞こえてきた。


「えっあ、ありがとうございます!」


僕もその空気に押されて、何故だか元気にお礼を言ってしまった。


「真野くんは、観に来てくれる?」


「え、」


「お披露目公演、観てくれるの?」


「おう、そうだよ、お前は来いよな! もしこの企画が実現したら発案者になるんだしさ!」


楓かえでくんにポンっと肩を叩かれる。


「あ、はい。必ず観に行きます」


「男子バージョンだけじゃなくて女子バージョンも観て、ちゃんと投票までするんだぞ!」


「えっうん、」


めちゃくちゃやる気にさせてしまった気がする。楓くんの圧が強い。女子バージョンも観るのか……知らない子の演劇観るのきつそうだな。


「かな子! ごめん、提案があるんだけど」


あきちゃん先輩が声をあげた。この人も、男にしては少しだけ高めのなかなか綺麗な(めちゃくちゃ上から目線だな)良く通る声をしていた。


「なに、あきら」


「ここにいる真野くんの提案なんだけど、『三人姉妹』男子キャストバージョンと女子キャストバージョン2パターン作るのはどうかって。そうすれば一人でも多くの人がキャストや、やったことがないスタッフ部署に挑戦できるんじゃないかと。ひとり一人の負担は大きくなるしどうなるかわからないけど、僕はやってみてもいいんじゃないかと思って」


「……聞いていました、みんな」


「あ、そっか。あはは。オーディション立候補時に性別不問にします、だと僕もどういう軸で見ていけばいいかわからないままみんなの芝居を見ることになるし、それなら最初から枠組みを決めておいてからの方が僕も、立候補するみんなもやりやすいし、有意義なものになると思う。かなこはどうかな?」


 


 


「下校の時間になりました。まだ校内に残っている生徒は、消灯、戸締りの確認をしてから帰りましょう」


チャイムがなり、下校のアナウンスが流れた。今日もアナウンスに慣れた感じの、女子生徒の声だ。


木村部長が帰ろうとする僕を呼び止める。


「真野くん、この度は本当に迷惑をかけてしまって……そして、とても魅力的な提案をありがとう。何とお礼を言ったらいいか」


「いえ、そんなことないです。公演楽しみにしてます」


「ありがとう。部員全員でしっかりと検討して、最高の作品を創り上げられるように頑張ります」


「はい」


「部活はどこに入るか、決めたの?」


「あ、いえ……まだなんですけど、もうちょっと悩もうと思います」


「ゆっくり焦らずにね。わたしたちはいつでも大歓迎だから」


「ありがとうございます。それでは、失礼します」


木村部長に挨拶をして、演劇部の部室を出る。蛍の光が流れている。今日も、あっという間に一日が終わってしまった。


「真野くん」


声のする方に振り返ると、夕日色に染まった廊下に、あきちゃん先輩が立っていた。


「今日はありがとう。屈託のない意見が聞けておもしろかった」


「あ……素人が図々しくすみませんでした」


「そんなことないよ。今までにない提案だったし、部員のみんなもやる気に燃えてる感じだったしね」


「それなら良かったです」


「楓かえでとも仲良くしてあげてね」


「あ……あの、あきちゃん先輩は、前から楓かえでくんのお知り合いだったんですか?」


「そうそう、聞いたことがあるかわからないけどJHK扶桑ふそう児童劇団っていうところの出身でね、僕も楓かえでも。あと、楓と言い争いをしていた坂巻あんずもね」


「あ、名前は聞いたことがあります」


「僕はどっちかというと演じる側より演出の方が楽しいなと思って、高校に入る前に辞めちゃったんだけど。楓かえでとあんずは役者志望なんだけど、2人とも僕と同じく高校入る前に辞めて、今こうして同じ演劇部にいるってとこなんだ」


僕はふとあきちゃん先輩の足元を見た。えんじと緑の、左右色が違うスリッパ。僕はなんとなく、あきちゃん先輩がはいているこのえんじ色のスリッパは、楓くんのものなんだろうなと思った。


「聞いてたよ」


「え?」


「真野くんのアナウンス聞いてた」


「あっ……」


「真野くんはさ、どっちなの?」


「………どっちって、」


「やりたい人なの?」


「何をですか」


「人前で何かを、やりたい人?」

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