第10話 迫り寄る白い腕

昼休み。今日は、購買で初めての昼ご飯購入を前田と試みていた。




「うわー、すごい人だな」




「こんなんでちゃんと昼休み中に食べられるのかな」




僕たちの教室がある校舎から職員棟へ続く1階の渡り廊下に、購買部はあった。何畳だろう……6畳くらい? の小さいスペースに、パンだのおにぎりだのお菓子だのが雑に並べられている。その間の通路に生徒たちがぎゅうぎゅう詰めになっているが、レジのおばちゃんはゆとりのある囲いの中で、口を真一文字に結んでひたすらお金のやり取りをしている。




特に入場待ちの列が作られているわけでもなく、入れそうな隙を見つけてぎゅうぎゅうの中に飛び込んでいくスタイルだ。僕と前田は、初めての購買部争奪戦(この学校は、争奪せねばならないものが多い……)に少しだけわくわくしつつも、既に半分あきらめモードに入っていた。ふと、その人ごみの中に、見覚えのある顔があった。




「あれ、たしか放送部の、副部長」




「あ、吉森さん」




前田、しっかり名前を覚えている。えらい。




「囲碁将棋部に決めましたってちょっと言ってくるわ」




「え! 律義だな」




吉森さんの元へ行こうと前を向くと、もう彼女は僕たちの前でニコニコ立っていた。




「うわあ!!!!!」




「あはは、真野くん良いリアクションだね~」




「あっすみません」




僕がしどもどしている隙にすかさず、前田がしゃべり出す。




「こんにちは。吉森さん、俺囲碁将棋部に入ることにしました」




「そうなんだ! それは残念~。でも囲碁将棋部確かにいいよね、毎年大人気だよ~。そんでもってあれかな、もしかして生徒会狙い?」




「え?」




突然「生徒会」というワードが飛び出してきて、僕も前田もポカンとする。




「あれ、違うのか。毎年ねえ、生徒会の囲碁将棋部率高いんだよ~。活動が緩いから両立しやすいのかな? そんなに詳しくないんだけど」




「そうなんですか……知りませんでした」




前田、なんだかまんざらでもなさそうだ。




「前田くん、雰囲気なんか生徒会にいそうだね! あはは」




前田が生徒会……。小学校の時も中学の時も、前田は学級委員すらやったことがなかったと思う。もちろん生徒会なんてやってない。サッカー以外のことは基本省エネで、自分の好きなことしかしない奴だ。でも吉森さんの言う通り、雰囲気だけはある気がする。というか結局どうせ、何でもできるんだろう。そういう人いるよね。




「それで、真野くんは?」




「え?!」




話を振られて、完全に油断していた僕はまたすっとんきょうな声を上げる。




「真野くんも囲碁将棋なの?」




「いや、僕はまだ……」




隣の前田も僕をじっと見る。こっち見るな。




「僕はまだ、迷ってます」




「ふふ、演劇部の勧誘受けた?」




「えっ、なんで知ってるんですか?!」




「真野くんが下校アナウンスしてくれた次の日さあ、朝イチで演劇部部長がうちのとこに突撃してきたんだよね~」




「突撃……」




「昨日の男の子は誰だ?! って。わたしたちも名前とクラス聞きそびれてたし、あと演劇部にとられたくなかったからさあ~めちゃくちゃ適当な情報を渡したんだけど、まあ絶対自分たちで見つけ出すだろうなとは思ってたんだけど」




「そうなんですか、」




「演劇部はどうだった?」




「いや、まだ体験には行ってないんです。なんか屋上に呼び出されて、よくわからないショーみたいなのが始まって……」




「うわー、まだそんなことやってるんだ。真野くん、うちは演劇部とは違うから。強引に色々やったりやらせたりしないし、そもそも演劇やりたいなんて人たちが集まったとこなんて、絶対面倒くさいに決まってるんだから。想像つくでしょ? 勧誘も強引だし、何か困ったことあったらいつでも言って! 結構うちと演劇部って因縁の仲なの」




放送部と演劇部が因縁の仲……まあ確かに想像できなくはない。面倒くさそうな部活だ、二つとも。




 




吉森さんに別れを告げて、そして彼女の話を聞いてテンションがダダ下がりした僕は前田に断って、先に教室に戻ることにした。何だか食欲が失せてしまった。




もうこれは、囲碁将棋部にさっさと入った方がいいんだろうな。




僕たちの教室は、職員棟から一番離れた場所にある。購買部がある渡り廊下の先に下駄箱があり、さらにその先にある二つ目の渡り廊下を渡り終えると格技場があって、その隣に僕たちの教室がある建物が建っている。




ちょっとボーっとして休憩しよう。僕は格技場の前に設置してある自販機の前に立った。甘い炭酸飲料を一気に飲み干したい気分だ。




チャリン。




一瞬、何が起きているのかわからず硬直した。自販機にお金を入れるためポケットに手を入れようと視線を落とすと、僕の右側から白い腕がにゅっと伸びていて、自販機にお金を入れていたのだ。




「うっ、うわああああああああああああああああああ!!!」

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