第6話 開演前
マンガみたいだ。今までの人生がそうだったから、もっと地味な高校生活を送ると思ってた。色々スタートダッシュし過ぎじゃないか?
今回のラブレター案件は厳密には僕じゃなくて前田なんだけど、でも昨日の放送部のこととかも含めると、僕自身何かとバタバタしている気がする。中学の時はこんなじゃなかった。
僕は、こういうことには慣れていない。だって日陰者だから。日陰者には日陰者なりの幸福な日々の過ごし方があるのであって、そこらへんは日向者の皆さんには目の前の人物かどちらに属する人間なのかきちんと判断いただきたいところだ。そちらの温度感に巻き込まないでほしい。「良かれと思って」というのも嫌いな言葉のひとつだ。……こういうことばかり言っていると僕が性格がねじ曲がった非常に嫌な奴に思えるかもしれないけど、いや、実際そうなんだよなあ。穏やかで慎ましい少年でいることが僕の理想です。
じゃあ前田は? 前田は日陰者か日向者か。これは実は、僕の中で今非常にホットで繊細な問題だったりする。僕は日向者の人間とつるんだりしないけど、でも、普通に考えて前田は日向属性なんだと思う。前田自身はボーっとしていて何を考えているのかたまによくわからない、つかみどころのない奴だけど、ちょっと離れて見てみるとものすごくキラキラしている人間だと思う。人に、好かれると思う。だから僕はそのキラキラに気づかないように、ずっと、彼のものすごく近くにいるのかもしれない。
お昼休み。初めて屋上に続く階段を昇っている。僕より先に進む前田は、今どんなことを考えているのだろう。僕は、ドキドキしている。きっと前田より。今から何が起こるのか、少年漫画(少女漫画か?)みたいな展開が待ち受けているのかな。前田に、彼女ができてしまったりするのだろうか。そしたら僕って本当にただの邪魔者だよなあ。でも僕から付き添いを願い出たわけじゃない、前田に付いてきてって頼まれたから一緒に来てるだけで……でも本当に目の前でカップル成立してしまったらどうしよう。「おめでとう」って素直に言えるかな。
それにしても、手紙の送り主はどんな子なんだろうか。僕に手紙を渡してきたあの子……いや、絶対そうだとは言い切れない。あの2人は両方ともお使い係で、本当の送り主はまだ姿を現していないかもしれないし……待てよ、そもそも女の子じゃないかもしれない。本当はイカツイ上級生の男子で、何かしらで前田に目をつけて、今から僕たちはシメ上げられるのかも。
前田はずっと黙ったままだ。
「ねえ、前田……なんか怖くなってきた」
「……俺も」
もしかしたら、前田も同じようなことを想像していたのかもしれない。僕たちは少し顔を強張らせながら、階段を昇った先、大きくて重たいドアを押し開けた。
目の前が光でいっぱいになる。誰が、何が待ち受けているんだろう。怖いけど、少し楽しんでいるのも事実だ。……いや、今のは訂正。一気に不安が押し寄せてきた。何故なら、光に慣れてくるはずの目が、まだ眩しくて開けられない。あれ、なんでだろう? 今日はこんなに眩しかったっけ。
ようやく目が慣れてきて、少しずつ屋上の様子を確かめる。真っ赤な一筋の道ができている。僕たちの足元から続いているようだ。ん? 赤いカーペット……なんでこんなものが屋上にあるんだろう。
「おい、なんかでかいソファがあるぞ」
前田が指さす方向を見ると、僕たちの足元から伸びている赤いカーペット(あれだ、レッドカーペットというやつだ!)の先に、ゆったり二人掛けくらいの大きなソファが置いてある。違和感が半端なくて、僕は前田に確認してしまった。
「え、高校の屋上ってこんな感じなの?」
「知らん、聞いたことないけど」
ソファの両脇には、スタンド式の照明が置いてあった。僕たちの方を無駄にカッと照らしている。さっきの異様な眩しさはこいつのせいだったのか。
「まあちょっとよくわからんし、とりあえずあのソファで待ってようぜ」
「え、座るのあれに?!」
前田はツカツカとレッドカーペットを進んでいく。何の躊躇いもなく進む姿は、レッドカーペット効果も相まってちょっとかっこいいじゃんとか思ってしまった。
「大丈夫かなあ。僕たちと全然関係ないやつでしょ、これ。わかんないけど」
「俺たち用の可能性もある訳だから、いいだろ」
そのまま、前田とソファに座って15分くらい経った。ふかふかでなかなか上等なソファということはわかるんだけど、今から何が起こるのか、僕たちはどうなるのか全く見当もつかず、ただただ前田と無言で手紙の主を待ったのだった。昼休みはあと15分だ。こんなことなら急いでぶどうパンなんて詰め込まないで、ここに持ってきてゆっくり食べれば良かった。そんな呑気なことを考え始めた矢先……。
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