第2話 魔王桜は朽木桜斎に命令を下す

 わたしが「化物ばけものづくしのはら」に着いたとき、魔王桜まおうざくら御方様おんかたさまは、かなりイラついているようでした。


 その巨体は空をおおうようにいからせ・・・・、根は大地を、枝葉えだはは天をつらぬくかのよう。


 雪よりも白い花びらが、なんとも美しく、それだけが救いですが、ああ、「みき」がね、「鬼の顔」になっていまますね。


 これは相当、おいかりのご様子……


「遅かったな、ずいぶん・・・・


「ひい、ひいっ……これでも、ぶっ飛んできたのですよ……」


朽木くちきだけに、体力がないのか?」


「それは、面白くな――」


「なんだと!?」


「ひいっ!」


「まったく、バカにはユーモアのセンスもないのか」


 バカはあんただろ?


 なにが「ユーモアのセンス」だ。


 覚えたての「横文字」を使ってみたいだけのクセして。


 かっこいいとでも思ってるのかな?


 ぷっ!


桜斎おうさいいいいいいっ!」


「ひゃあーっ! まだ読んでた・・・・んですか!?」


「人間に似せて作ったせいか、ずいぶんと生意気になってしまったようだな。やはり、もとの朽木に――」


「わあーっ! それだけはっ! それだけはどうか、お許しを!」


「ウソぴょーん」


「……は?」


「どうだ、最近はやっているのだろう、これ?」


「……御方様、それは昭和という時代の話でして、もうかれこれ30年は前の――」


「ああん!?」


「ひいっ! ご無礼を申し上げましたあっ!」


「ふん、まあよい。ときに桜斎よ、今宵こよいお前を呼び出したのは、ほかでもない」


「と、申しますと?」


「新しい『うつわ』が見つかったのだ」


「な、なんと……」


「これを見よ」


 わたしの前に映し出されたのは、畑でせっせとネギを掘る、ひとりの少年の姿でした。


「この少年は、わたしの『養分』を吐き出させる『道具』として、ちょうどよさそうなのだ」


「それはつまり、彼は常人じょうじんに比べ、大きな『やみ』をかかえているというわけですね?」


「そうだ。こいつは親に捨てられ、山の奥の、こんなちっぽけなかくざとで、育てられたのだ。同じ境遇の兄貴分といっしょに、殺し屋の手でな」


「ほう、それはなんとも」


「このガキはな、自分は人間ではない、毒虫のような存在だなどと考えて、苦しんでいるのだよ。自己否定、人間の言葉では、そう言うらしいぞ」


「ほう、ほう。なるほど、『器』としてはもってこいですな。されば、御方様?」


「ああ。こいつに、『みそぎ』をほどこす」


「ふむ。そして彼を媒介ばいかいに、人間どもから、さらなる『養分』を吐き出させるわけですね?」


「そのとおりだ。人間どもが『アルトラ』と呼ぶ異能の力。それをこのガキに、発動させようと思うのだ」


「ふふっ、面白くなってまいりましたなあ。して、この少年の名は?」


「ウツロ、『毒虫のウツロ』だ」


「ウツロ……」


「桜斎よ、この少年を監視するのだ。見張れ! わが花びらもまき散らすゆえ、手助けとせよ!」


「おお、これは……」


 御方様がその巨体をふるわすと、白い花びらが空をめつくすように舞い上がって、おやおや、雪が降っているようではございませんか。


 この花びらの、ひとひらひとひらが、御方様の『目』なのでございます。


 これを使って御方様は、『下界げかい』の様子を見ているのですよ?


「お前もゆけ、桜斎っ!」


「ははあっ! すべては、魔王桜の御方様のために!」


 いよいよ面白い。


 早く行かなくては、その少年のところに……


 楽しみですね、ウツロくん?


 あなには、そう、「地獄」を見てもらいましょう。


 うふっ、うふふっ……

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