十一日目
昨日は何も無かった。
だから今日も何も無いと思う。
そんな毎日が続けばいいと、トラブル系主人公以外は願って……ない! 意外とウェルカムなんでしょ?
割とみんな非日常や特別を求めるよね。奇跡も魔法も無いこの世界で。
無い、無いんだよ。それで来るのは本物のトラブルだけという現実。
美少女転校生も空落ち美少女も道端美少女も、全部ないのだ。知ってる。
日常にスパイスを求めたら激辛しか取り扱ってなくて真っ赤。あるのは鬼籍。魔法というか違法で草も生えない事態になるとかそりゃ笑うよね。
だから求めてはいけない、それが賢い生き方。
その最終形態、それが引きこもり。
しかも接触が無いからトラブルも起こらないというぼっち無双。トラブル系主人公も涙目なリテラシーモブ、それがわたくし!
存在が違うんだよ、存在が! 具体的に言うとゼロ! 存在感でも社会的にもね! 泣ける!
石ころじみた帽子なんて被らなくてもデフォでいけますけど何か? 的な我々が満テン女子中学生の追跡を躱すなんて造作もないこと! むしろ目の前に居るのに「どこいったん?」とか言われるほどですよ。ええ。涙目。
ぼっちとか言いつつも結構な高校生ライフを送ってるうえにちゃっかり美人な彼女もゲットしてるというラブコメアニメの視聴が終わり朝。
そろそろ寝なくては?! 主人公に呪いを掛けてる場合ではない。
やや夢中になってしまったのか、いつもより遅い(早い?)時間だ。いけない、肌荒れの原因になってしまう。いつもよりしっかり寝なくては!
そんなことを考えていたら響く、階段を登ってくる足音。
母だ。
恐らくは朝食を持ってきてくれたのだろう。
ふと考えれば腹が減っているような? この空腹感を抱えて充分な睡眠が取れるだろうか……いや取れない。食べよう。
食べて満腹感と共に寝よう。
素晴らしい考えだ。深夜メシなんて言ってる不健康どもに伝えてやりたい。これが健康の行き着く先だと。なんせ朝食べるんだからね。大丈夫。健康。
トントンと階段を下っていく足音を確かめてからドアをガチャ。
湯気を上げる朝ごはんを入手。
白米、味噌汁、玉子焼き、味海苔、焼き鮭、お漬け物とザ・朝食なラインナップ。
しめしめメシメシとお盆を持ち上げたところで階段のある廊下の角から生首が生えてきてビクリ。
しかも目が合ってニコリ。
こっっっわ?!
「おはよう、お兄ちゃん」
「おやすみ、母上」
降りたフリとか良い趣味ですね?
激しい動悸を見せる心臓を抑えて挨拶を返す。これが深夜だったら終わってた。漏らす方面で社会的に。
ニョキニョキと体まで生やしたクリーチャーがニコニコ笑顔で近寄ってきた。ひぃ?! こちらは両手が塞がってるうえに足が硬直していて部屋に逃げ込めない。しまった?! これは罠だ! 食われる?! 朝食だけに。
「あのね? お願いがあるんだけど……」
いつもお世話になっている母上からお願いとな?
「お願い? なるほど。ふむぅ。断る!」
「まだ何も言ってないでしょー?」
やれやれと頬に手を置いて困った子ポーズを取る母上。エプロン姿の三編みさんだ。まだ出社するには時間があるせいかスーツ姿ではない。
いやだって……絶対面倒事でしょう? こちとら朝食を取りに降りるのも面倒な十六歳なのに。
玉子焼きを一切れ摘みモシャモシャ。
「もー、行儀悪いからやめなさい」
「美味い」
「え、そう? ありがとー」
えへへと笑う母上を見てると心配な気持ちが生まれる。この人ほんとに大丈夫なんだろうか? ちゃんと会社でやっていけてる? 消火器の押し売りに会ってない? 不安だ。
お局様にイジメられてそうなイメージだが、年齢的にこの人がお局様だってんだから世の中は怖い。
外に出ないという自分の判断にいいね。
「あ、そうそう。それでお願いなんだけど」
あれれ? 母上、それ、断ったんですけど?
「今日ね、モイちゃんを預かることになったの。フィーちゃんがね、風邪引いちゃって、うつしたら大変でしょー? オト君も会社があるし。だからフィーちゃんが良くなるまでうちにおいでーって言ってあげたのね?」
まず名前からして頭に入ってこねぇよ。モイ、フィー、オトで合ってる? そもそもそれ名前で合ってる?
「わたしが今日明日と休みだから、二日も見ておけばいいかなーって思ってたんだけどー。会社から電話が掛かってきちゃったのねー? 今日はどうしても出て欲しいって言われちゃったのよ」
「断われ」
「そんなこと言わないで、今日だけよー?」
「いや断るじゃなくて、断われ。どっちか断ったらいいよ」
ガキか会社か。
「マインちゃんも部活あるって言うから、頼れるのはお兄ちゃんだけなのよー。お願いねー?」
そう言うだけ言って去っていく母を見送りつつ、味海苔をパリパリ。
ふっ、ここで動揺したり「あ、ちょっと?!」とか呼び止めるのは素人だ。
俺はちゃんと断ったという事実があるのだから、あとは部屋に籠もって三猿よ。
廊下に座り、ゆっくりと朝食を頂きつつ朝からバタバタとしている下界の音に耳を澄ます。いいBGMだ。俺だけが暇だというのだから心の余裕的に最高。下界の音を肴に朝食を完食。
さて、腹的にも精神的にも充填されたので、そろそろ就寝しよう。体力を満たし、完全体になるのだ。今ならあの緑色したセミの気持ちも分からんでもない。
お盆を廊下に放置し、感謝の言葉を述べてから部屋に入る。しっかりと施錠。ロックは三重。目視でも確認。よしよし、およし。
鉄壁の防備を誇る我が居城は何人足りとも侵せまい!
含み笑いを浮かべながら布団に入って目を閉じる。
ああ、疲労と満腹感が心地よい。至福。
トントンと再び聞こえてきた足音も、そのうち眠気に混じっていく。もう寝るのでノックされようと聞こえなーい。
ガチャガチャガチャガチャリ、トテトテ、パタン
おやぁ?
そう、親だ。足音から母上に間違いない。
しかし開いて直ぐに閉じられたドアに冷や汗。直感が目を開くなと囁く。ノックは?
トテトテ……トテトテトテトテ!
聞いたことのない、やけに軽い足音を耳が拾う。なんか凄い近くから聞こえてくるんですけどぉ? 母上の足音はそれに混ざって階下へと消えていく。待て待て。はははハハ、忘れ物だよ?
どうやって内鍵を突破したん? 卑怯だ! そんなんチートやん! 異世界転生余裕やん! 母上無双やん?!
叫び出したい心情を抑えていたら眉間の辺りがチリチリ。まるで誰かに見られているかのよう。そんな訳ないのにね? ここは僕だけの世界。それが引きこもり。
じー
なのに聞こえてくる擬音に汗が濁流。
ぺちぺち
ぺちぺちと叩かれてるような頬の感覚に頭痛。
……ちょろっと目を開いてみようかな? そしたら安心して眠れる。きっと食べ過ぎによる幻覚だと思う。うん。茶碗モリモリに盛ってあった白米が原因。うん。きっとそう。
意を決してチラリ。
ほーら――青い目がパチクリ。
ちくしょうめだ。
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