第49話:【アーシェ】知る勇気─2
「おとぎ話に聞いて、大地の魔女は私の憧れでした。恨む魔女も多く、母も祖母もそうでした。でも私は違う。お姉さまは魔女の誇りを守り、戦争の道具から解放したんです」
憎かったと前置いたのに、あたしを褒めちぎる。耳を塞ぎたいけど、奥歯を噛んで堪えた。
「巡り会えたお姉さまは、美しかった。優しくて、未熟な私などにも気さくに話してくれた。それなのにお一人で居て、及ばずながらお傍に居ようと思いました」
「魔女はたいてい独りよ。魔女の血統の男なんて魔女より見つからないし。ゆっくりと居なくなっていく運命なんだから」
魔女と人間の間に生まれた子は、魔法が使えないそうだ。魔女の血を引く同士が結ばれないと、魔女は途絶えることになる。
仮に今すぐ、魔女狩りが無くなっても。種そのものの滅びは止まらない。
それならあたし一人がなにをしたって、どんな状況に置かれたって、大したことじゃない。
と思うのだけど、ベスはぶんぶんと頭を振る。
「うん、あんたの気持ちは嬉しいよ。一人で気楽にするのは好きだけど、孤独で居たいわけじゃないし。ベスが来る日は、気合いを入れて獣を狩ったりしたよ」
「それなら私だけを置いてくだされば。魔女ならばまだしも、人間を置くなんて。噂に聞いた私が、どれほど苦しんだか」
俯いた顔から、窺う目がちらと覗いた。見下ろして視線を合わせれば、また俯く。さっきまでの勢いはすっかりと失せ、怯えの色が濃い。
「それでショタァを無きものにしようとしたの」
「いいえ。それは誓って、元の世界へ帰そうとしただけです。お姉さまの怒りを目の当たりにすれば、むしろ進んで逃げ帰ると思いました」
「でも意外としぶとく居残った?」
「そういうことになります」
その狙いは、ほとんど成功していた。ショタァは間違いなく怯えていたし、一人で生きることも考えていたと思う。
ベスの計算違いは、彼がなかなか決断しなかったことだけだ。
「追い出すまでの間お姉さまを不快にしても、総合的には良いことと考えました。もちろんこうして露呈してしまえば、私がお慰めすることも叶いませんが」
「自分で傷付けておいて、頼られようとしたの? いい根性してるわ」
コクリ、と。肯定の方向へ首が動いた。
素直で結構なこと。された側としては、ため息も出ないけれど。
「うん、分かった。あんたは、あたしの為を思ってくれたのね。魔女は魔女同士、分かり合ったあんたと居れば、この先なにを困ることもない。その通りよ」
口にした言葉に、嘘や誤りは無かった。
人間に作れて魔女に作れない物なんて、数えるほどしかない。しかもそれは、生きるのに必ず要るわけでもないのだ。
強いて言うなら、やはり一人よりも複数のほうが便利だろう。だからベスの言う通り、魔女が二人で居れば困ることなどあり得ない。
だから頷いた。覗き見る視線に、間違っていないと示した。
するとベスの顎は、何回かに分けて上向く。さすがにあたしの言葉でも、疑う素振りが隠せない。
「なんて、言うはずないよね」
「はい……」
期待に沿った答え。特に冷たく言ったつもりもないけど、ベスには効果てきめんだ。水を得た青菜が、今度は塩を振られたように萎む。
「あのね。たしかにあたしは、人間とも魔女とも相容れない。原因があって、それをどうにかしようとも思ってない。だからベスは、いっそ線を引こうって考えてるんでしょ? 一切関わらなければ、なんの問題も起こらない」
「そうです。私なら、そのお手伝いが出来ます」
真っ直ぐだなあと、うっかり笑ってしまう。
二百年前のあたしは、まだこんなだったのかな。どんなことにも必ず正解があると、考えていた気がする。なんて、自惚れてみた。
「うん。それは違う」
「えっ」
横に首を振ると、ベスは眉根を寄せつつ笑む。戸惑う声に、なんと返せば伝わるか。
「あんたじゃ役に立たない、って言ったんじゃない。でもベスでないといけないわけでもない、でしょ?」
少し返事を待ったけど、声は無かった。むしろ、きゅっと唇が窄む。
「人間にだって、付き合えば面白いのは居る。気持ちよく話せるのも居る。良くないのは、いざって時にそういう人間は巻き込まれる立場ってこと」
町で生活することを選んだベスだ。あたしに言われなくても、それくらいは知ってる。
そうでしょ? と目で訴えると、ほんの僅かに頷きがあった。
「だから、よ。昔みたいに、もっと人間と近いところで生きられるかなって。はかり続けてるの、タイミングと距離をね。でも臆病風が抜けなくて、踏み切れる気がしない」
情けないわと自嘲する。格好をつけてもなく、自分では本当にそうだと感じることだ。ベスは何度も、首を振って否定するけれど。
「ですから。お姉さまがそんな侘しい想いをされる必要は無いのですわ。人間は人間、魔女は魔女。割り切って生きれば良いと思います。そこに私の椅子が無くとも構いません」
ああ、やっぱり自惚れだった。
あたしには、これほど大切なものが無かった。なんとなく、出来ることをして生きていた。
もっと他に、報われる対象を見つければいいのに。とか考えてしまうのも無責任なんだろうけど、あたしに向けられるには勿体ない。
「そうかなぁ。きっとベスには、分かると思うんだけど」
「分かりません。いえ、分かりたくありませんわ」
膝に拳を乗せて、頑なに拒む。自分が悪いと気付いても、謝れない子どもみたいに。
分かるよ。
あたしの考えた理想の未来。なんてのにケチをつけられたら、誰だってそうなる。
「ううん、あんたは分かってる。だってさ。そこまで人間を貶すのに、どうしてショタァを殺さなかったの? 送り返すなんて、そんな面倒な方法に拘らなくて良かったじゃない」
人間との関係に、あたしが見つけようとしている希望。きっとそれと同じ物を、ベスは胸に持っている。
これには同意するしかないはず。そうなればあたしたちは、元の関係に戻れる。ショタァも含めて。
そう確信して言ったのに、ベスの答えは変わらなかった。
「分かりませんわ」
これ以上、話すことは無い。とでも言うように、彼女は膝を抱えて顔を埋めた。
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