ROCK STUDY!!

羽黒川流

第一部

第一話「サマー・タイム・ブルース」

                 ◇ 


 小学生の頃、俺は自分が物語の主人公だと思い込んでいた。

 あの頃の俺には大勢の仲間が居て、友達が居て。

 俺が一番に突っ走ると、みんなが後をついてきていた。

 

 だから俺は臆面もなく、何度も読み返した少年漫画の主人公たちみたいに。

 自分は“特別”で、代えの利かない唯一の存在なのだと信じていた。


 だけど、その日。俺は自分の勘違いを思い知ることになる。


「フォアボール!」


 球審が野太い声を上げる。のろのろとした足取りで三塁ランナーがホームを踏む。

 六年生、最後の夏。三回の裏。ツーアウト満塁。5点目は押し出しのホームイン。

 四球はこれで、七つ目だった。


「ドンマイドンマイ! 落ち着いてけー!」


 後ろから聞き慣れた声が飛んでくる。

 他の奴らは、もう何も言わない。

 焼けつくような日差しの中、冷え切った視線だけが俺の背中を刺す。

 視界がにじむ。汗が止まらない。悪夢の中にいるみたいだった。マウンドに日陰はない。逃げ場なんかどこにもない。ロジンバッグを放り捨て、大きく振りかぶってボールを投げる。


「走った!」


 三塁ランナーがホームスチール。舐めきったプレイ。普通に投げれば普通にアウト。なのに、馬鹿だ。タッチしやすいように低めにコースを変えたボールが際どめのワンバウンド。キャッチャーは後逸。立ち尽くしたまま、俺は目の前で六点目が入るのを見届けた。

 監督が立ち上がる。センターから智也が駆けてくる。僅かな時間。それすらもう耐えられなかった。帽子を深く被り直し、俺は無言のままマウンドを降りる。コーチが肩を叩き、ベンチの奴らが俺を励ました。生ぬるい言葉は何一つ耳に入らない。いっそ責めてくれればよかった。嗚咽を噛み殺しながら、俺はマウンドを睨みつける。


「スリーアウト、チェンジ!」


 智也が四番から三振を奪い、みんながベンチに帰ってくる。こっからだとトモノリが言った。取り返すぞとリョータは叫んだ。泣いてんなよとカズキが肩を叩き、円陣を組もうとカズナリが呼びかけて、キャプテンのくせに何も言えない俺の代わりに、絶対勝つぞと智也が叫んだ。


 それが俺達の最後の試合。忘れようもない夏の日のこと。

 

 優しいから誰も口にはしなかった。

 だけどきっとみんな分かってた。

 

 俺が居なければ、勝ってた。

 俺は何も、特別じゃなかった。


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