第26話
「あ、ああ。ありがと」
どこから来たのだろう。突然現れた相手をただ見つめた。
てっきり会社の方から来ると、そちらを向いていたのに、姿を見ていない。ただ気がつかなかっただけだろうか。
相手は息を整えながらスマホを差し出すと、何かに気付き目線が下に向く。
「一つ、持ちます」と、手が差し出された。
「え、ああ。重いぞ」
「じゃあ、なおさらです」
隼大の手から杉山の手にビニール袋が渡った。
「ちょ、ちょっと川浪さん。何買ったらこんなに重くなるんですか?」
想像より重かったのだろう。腕がガクンと下がった杉山が驚いた声で言った。
そして、持っていたスマホを隼大に渡すと、両手で持ち、中をのぞいた。
「これ、ほとんど飲み物……。ビールに炭酸? あ、違うか。って、ほとんどアルコール類です、か」
最後は、呆れ声になっている。そして、袋から顔を上げ、隼大を見ると、
「見た感じ、そっちの袋も同じですよね」
何が、とは聞かなくてもわかる。
「ああ」
返事をすると、思わずといった様子で、ぷっと吹き出した。
「どんだけ飲むんですか」と、笑った。
柔らかい笑みだ。
仕事で見せる完璧な笑みも人を惹きつける。けれど、自然な笑みの方が隼大は好きだと思った。
明るい笑顔は、伝染するのだろうか。
隼大は、つられるように笑った。
「飲み物も多いけど、食い物も買ってあるだろ」
杉山はビニール袋の中をもう一度見て
「まあ、そうですけど」
と、同意はしてくれたが、苦笑気味だ。
「杉山は、買うものはないか? 必要なら買っておけ」
「いや、これだけあったら十分な気がします。必要な分はロッカーに入れてるので、特にはないですが、一つ聞いてもいいですか?」
杉山は真剣な顔をした。
「もっと近所にコンビニありますよね。これから電車に乗るのが分かっているのに、どうしてここだったんですか?」
「うっ」
隼大は、言葉に詰まった。理由はあるにはある。
けれど、それを今、言うには抵抗があった。自分自身でも何故だかわからないのだから余計に言いたくなかった。
そのまま、何も言わないでいると表情を緩め、持っていたビニール袋を差し出た。
「すみません、やっぱり買い物してきます」
「ああ」
隼大は、コンビニへと入っていく杉山の後姿を見送りながら、戻ってきたビニール袋の持ち手をギュッと握った。
その重さに自分でも呆れる。
どうして近くのコンビニじゃなかったのかと問う杉山に、
待ちたかった――。なんて言ったら、どういう反応をするだろう。
隼大自身でさえ、この気持ちをどう捉えていいのか分からないでいた。
気軽に口にできないと思った。
けれど、昨日の『顔見知り程度』ではなくなっていることは確かだった。
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