カノジョの愛は誰よりも重い

平日黒髪お姉さん

第一話:再会

「おいっ!! 佐藤、お前は何度言ったら分かるんだぁ!?」

「来月必ず取り返します」

「お前は毎回口だけなんだよ。本当にやる気あんの? なぁー?」


 気付けば、俺は大人になっていた。

 子供の頃に思い描いた華やかな生活を送る自分ではなく。

 絶対になりたくないと思っていたブラック企業勤めの社畜に。


「あのさー。お前、営業職の意味分かってんの? 客を取るのが仕事だろうが。その癖に、お前は入社してから一度もノルマを達成したことないよな?」


 その後も上司からのネチネチ説教は続いた。

 上司自身も無能な部下を持って苛立っているのだ。


 無理もない。


 大学卒業からこの仕事に就いてもう五年。

 それなのに、俺はまだ書類ミスを連発する始末だ。


「お前さ、真面目に話聞いてんのか?」


 精神的に疲弊するだけなので、はいはいと適当に頷いた。


「今日は絶対に営業を取ってこい。取れないなら帰って来るな!」


 欺くして、俺は本日も飛び込み営業に向かうのであった。


***


「帰ってください」

「あー結構です」

「営業はお断りしてるんです」

「要らないです。もう来ないでください」

「またあなたですか……いい加減にしてください」


 百軒回った。出てきたのは五件のみ。

 全て失敗。

 営業は根気と言うが、果たして本当に上手くいく日が来るのか。


 顔を上げると、もう空は紫色に染まりつつある。

 今日も一日中ずっと頭を下げてたなー。


「はぁー。俺……絶望的に営業向いてないわ。早めに転職しよ」


 溜め息混じりに呟き、俺は近場の古本屋に入った。

 仕事で疲れた心を癒してくれる唯一の場所だ。

 店内を散策し、面白そうな小説を見繕う。

 と言えど、背表紙の値段シールを見て、購入を止めた。


「350円か……た、高い……」


 古本を買うのは100円まで。

 これが俺のルール。

 他の作品を探そうと思い、俺が踵を返すと。


「だぁーれだぁ?」


 後方からの声。

 俺の視界が突然真っ暗になる。

 誰かが俺の目元を手で覆っているのだ。

 仄かに漂う甘い香り。

 背中に当たる柔らかい感触。

 女性だと確信した。新手の美人局か。


「俺と誰かを間違えていると思うぞ」


「そんなはずないと思うけどなぁー」


「俺は平凡以下の人間だ。金なら他を当たれ」


「お金目的じゃないよ。昔の知り合いに出会ったから少しだけ話してみたく」


「昔の知り合いだと? 俺は女の子にモテない。人生の中で一度だけ告白されたこともあったが、もうアレは遥か昔の話だ」


 結局、カノジョと付き合うことはなかったけれど。


 当時の俺には好きな女の子が居たから。


 それでも、今なら思う。カノジョと付き合っていればと。

 そうすれば、もう少しはマシな生活があったのではないかと。


「もうー全然信じてくれないー。それなら私を見たら思い出すかも」


 俺の視界が明るくなった。

 視界を塞ぐことを止めた彼女の手は、俺の肩を叩き、こっちを向けと指図。

 自称昔の知り合いは自信満々だ。果たしてどんな奴だろうか。

 そう思いつつ、後ろを振り返ってみると。


「…………………………」


 ダークスーツに身を包んだ黒髪清楚な美女——俺の初恋相手が居た。

 決して忘れるはずがない、俺が大好きだった彼女が。


 十年前のあの日。


『好きです。俺と付き合って下さい』


 人生初めての告白をした俺に向かって。


『ごめんなさい。佐藤君と付き合う気はありません』


 何の躊躇いも無く返答してきた高音の花が。

 今、俺の目の前に居る。柔らかい笑みを浮かべて。


「久しぶりだね、佐藤一樹サトウカズキくん」


「ひ、久しぶりだな。白川結奈シラカワユナさん」

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